大手企業での働き方に疑問を持ち、45歳で独立開業した畔柳さん。ブルーベリー農園を営み17年を迎え、現在では60日ほどで2000万円の売り上げを実現させているという。その経緯や農園運営のノウハウを伺った。
掲載:2024年7月号
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愛知県岡崎市(おかざきし)
愛知県のほぼ中央に位置し、中枢中核都市に指定されている岡崎市は、まちの再開発が進み、商業施設、教育環境、医療機関が充実。一方で、市街地から離れると自然豊かな風景が広がる。市内に東名高速道路岡崎IC、新東名高速道路岡崎東ICがあり、名古屋ICより車で30分~40分。名古屋駅から名鉄東岡崎駅およびJR岡崎駅へ電車で30分~40分。
看板の前で。左から、畔柳ひとみさん・茂樹さん夫妻、スタッフの生田琴巳(いくたことみ)さん(22歳)、西之原海斗(にしのはらかいと)さん(21歳)。スタッフ2人は岡崎市内にある愛知県農業大学校の卒業生で、正社員として朝7時から16時まで、週休2日制で勤務。畔柳さんのノウハウを間近で学び、独立を視野に入れている。
春の農作業は、花を摘む摘花。「受粉作業は山からおりてきたハチたちがしてくれるし、摘花も最低限で大丈夫です。年間を通して大きな作業は、冬の剪定作業くらいでしょうか」と畔柳さん。
畔柳茂樹(くろやなぎしげき)さん(62歳)
1962年、愛知県岡崎市生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、自動車部品の最大手デンソーに入社。40歳で事業企画課長に就任したが、その後早期退職し、2007年に45歳でブルーベリー農園を開設。2017年に『最強の農起業!』を出版。2024年6月24日に2冊目『会社から逃げる勇気』を発売。
消費者とダイレクトにつながる新しいかたちの農業
徳川家康の出生地として知られる岡崎城や、大型ショッピングモール、飲食店などが立ち並ぶ岡崎市中心部から車で約15分。のどかな田園風景のなかに「ブルーベリーファームおかざき」はある。約8000㎡の敷地には農園が広がり、ログハウスやレストスペースもあり、リゾート感あふれる洗練された雰囲気だ。来園者を出迎えてくれるのはかわいらしい木製看板。シンボルツリーのシマトネリコは、開業した2008年7月に植樹したもので、農園とともに成長してきたことがうかがえる。
小さな山の麓の田園地帯に農園がある。栽培規模5000㎡でブルーベリーは50種類1500本。駐車場は1500㎡で乗用車40台分。ログハウスやレストスペースは1500㎡。
風を感じながら快適にスイーツを味わえるテラス席は屋内・屋外を合わせて70席。水洗トイレ、洗面台やおむつ交換台なども備え、子ども連れでも安心して利用できる設計に。
園主の畔柳茂樹さんは岡崎市出身。大学卒業後は自動車部品メーカーの㈱デンソーで勤務していたが、「自分の仕事は本当に人の役に立っているのか」と疑問に思うことがたびたびあったという。
「サラリーマンとして勤めた20年間、お客さまの声を直接聞くことなく過ごしてきました。そのため、消費者とダイレクトにつながりたい、それを実現させるなら農業かな、と考えるようになっていました。ただ、当時の私は、農業経験はほぼなし。家庭菜園で作業をする時間さえない状態でした」
しかし、畔柳さんの決意は固かった。具体的に何を始めるかは決まっていなかったが、「農業をやります」と退職届を提出。上司からは「年収が2桁は下がるぞ」と言われたが、早期退職金を手にし、邁進していった。土地は両親が持っていた岡崎市内の農地を活用することにしたが、両親からも「農業なんてやめておけ」と言われる始末。だが、都会に近いのに自然豊かなこの土地に、畔柳さんは高いポテンシャルを感じていた。
栽培品目や方法については迷いがあったものの、市内にある愛知県立農業大学校に通学。そんななかで、感動的においしいブルーベリーと出合う。深く調べていくうちに、ブルーベリーはやり方次第で無農薬栽培も可能で、栄養素も豊富。輸入ものが多いため、将来的に日本で需要が伸びていくことなどが期待でき、未知の魅力を実感。新規参入するならブルーベリーしかないと確信を得ていった。
「ただ、ブルーベリーは摘み取りに膨大な時間がかかり、販売数を上げるなら、30人くらいは雇わないといけない。さらに卸価格は30%くらいになってしまう。それならお客さんにやってもらおう!と。観光農園というかたちにたどり着きました」
全国のブルーベリー農園を見学すると、日本のブルーベリーは小粒なものが多く、また有機栽培にこだわっていても味がイマイチなものさえあった。そもそもブルーベリーの原産地・アメリカでは、水はけのいい酸性土壌で栽培されている。西日本の粘土質の土には合わないのだ。そこで行き着いたのが養液栽培システム。排水性・通気性・保水性を兼ね備えた人工培地を大きなポットに入れ、そこに酸性の肥料をブレンドした液体を機械室からコントロールして流し込むことで、原産地の環境を安定的に再現することができる。
「この栽培法は設備投資にお金がかかるので、当時手がけている人は少なかったのですが、デンソーに勤めていたこともあり、私は先進技術に手をのばすことが好きなのです(笑)。気づかないうちに生産効率を考える癖もたたき込まれていたようです」
2400万円かかった初期費用は早期退職金で賄うことができ、借金なしで事業を進められた。養液栽培はブルーベリーの成長が想像以上に早く、短期間で大粒な果実が採れるように。台風被害に遭ったり、年に数本は木が傷んだりもするが、スペアの苗を備えておけば、植え替えに手間がかからない。
500円玉並みの大粒なブルーベリー。いつ訪れても10品種前後のブルーベリーを食べ比べできることも特徴だ。
樹脂製のポットに入っている人工培地(アクアフォーム)。スポンジ状で空気を含み、温度を保つ特徴があり、液肥で栽培すると根がよく張る。
防草シートが敷かれていて歩きやすく、サンダルでもOK。ブルーベリーポットは間隔を広く設けてあるので、ベビーカーや車椅子でも利用できる。
来年、再来年用に、ビニールハウスで栽培しているブルーベリー苗。地植え栽培と比較すると、植え替え作業もスムーズでロスが少ない。
セミナーで独立志願者のバックアップにも注力
記者クラブなどに農園の情報を提供したこともあり、オープン初日から評判は上々。そこから集客を向上させたのは、従来の観光農園の真逆を行くという手法をとったことが大きい。観光農園といえば、バスツアーなどの団体客をとるのが通例だが、ここでは個人客のみにターゲットを絞り、きめ細かな対応に徹している。また、制限時間を設けていないのも特徴だ。従来よりも少し高めの価格設定にしている分、品質には徹底的にこだわっている。樹上完熟したブルーベリーは大粒なことはもちろん、甘くてコクがあり、パリッとした食感もよい。市場に一般流通しているものでは体験できない味わいだ。
また、スタッフにスイーツの講師経験者も加わったことで、カフェメニューがブラッシュアップ。スイーツだけを目当てに訪れる客も多く、売り上げに貢献している。さらに、機械化で捻出した時間はホームページやブログ、SNSなどの運用に割くことができ、集客の促進となっている。
11 年に1100万円だった売り上げは、生産性向上施策でコストを削減しながら年々少しずつ伸ばしていき、16年には営業日数60日で2000万円に到達。そのタイミングで出版セミナーに赴き、企画書を提出。出版の夢もかない、「成幸する ったものの、「とにかく動画を撮りまくった」と畔柳さん。オンラインであれば現地を訪れることができない人も受講でき、セミナーの需要は伸びた。セミナーの受講生が田舎に移住し、ブルーベリー農園を開業するケースも増えている。今後、独立志願者をバックアップすることにも畔柳さんは力を入れていきたいという。
ブルーベリー畑は防草シートが敷いてあるためフラットで、快適に楽しめる。女性同士やカップルの需要も高い。
毎年、岡崎市内の幼稚園の子どもを迎えるイベントを催すなど、地域にも貢献している。
人気No.1はブルーベリーとチーズの相性が抜群な、ブルーベリー・デザートピザ。ドリンクとセットでレギュラーサイズは1600円。
入場料なしでカフェだけの利用も可能。自家製ブルーベリージェラートに自家製ブルーベリーソースをトッピングした、ブルーベリー・ジェラートパフェは900円。
妻のひとみさん(写真右、58歳)は、受付やカフェの運営なども務める。スタッフとスイーツメニューを考案することも。「お客さんに『おいしかったよ』と言ってもらえるのがうれしい」と話す。
畔柳さんの趣味はジム通い。農園を続けられる体力を持続させるために始めた。時間があれば農園の周囲を散歩することも。
ブルーベリーファームおかざき
愛知県岡崎市桑谷町猿口98
☎0564-73-9468
営業:2024年6月8日(土)~8月下旬(天候により変動あり)、9:00~16:30
定休日:木曜
入園料金:中学生以上2900円、小学生1500円、幼児(4歳~)1000円(時間無制限、食べ放題、完全予約制)
持ち帰り料金:100g700円
※カフェのみの利用は入園料不要
https://blueberryokazaki.com
ブルーベリーファームおかざきの開業資金と売り上げ
※客単価は、有料入園者数約7000人の平均
※集客には、無料の幼児、スイーツやお土産のみの利用客も含む
畔柳流ブルーベリー観光農園を成功させるメソッド
- 最高品質のブルーベリーを提供する
- ブルーベリー狩りという新しい価値を創造する
- おもてなし農業を実践する
畔柳さんからアドバイス
農業を始めるなら
40代から新規就農し、田舎暮らしを始めるなら、重労働でない農業を選択することをオススメします。私も55歳くらいまでは自分ですべての農作業ができていたのですが、今はできないことが多くなってきました。シーズンオフを長くとり、いかに楽しく過ごせるかが農業を長く続ける秘訣です。
脱サラして起業することについて
開業したらゆっくりするつもりが毎日楽しく、仕事が趣味になってしまいました。土日も冬も農園にいることが多いのですが、鳥のさえずりを聞き、1人でのんびり寛ぐ時間もとれています。サラリーマンと違って、自分でやりたいことをやれるということは素晴らしい。ちょっとしかない人生なので、やりたいことができたら挑戦を。世界は自由で広くてやさしいということに気づけるはずです。
岡崎市移住支援情報
中山間地域(オクオカ)の移住相談窓口「もりまっち」
豊かな自然に恵まれた、岡崎市の中山間地域(愛称:オクオカ)は、市街地に隣接していて、新東名高速道路のインターチェンジもあり、市外・県外からのアクセスにも優れた地域だ。このオクオカへの移住を促進するため、移住相談窓口「もりまっち」にて移住に関する相談を受け付けている。また、地域での生活や農林業を体験できるイベントの開催や、情報発信も進めている。
お問い合わせ:岡崎市中山間政策課 ☎0564-82-4123
中山間政策課 | 岡崎市ホームページ (okazaki.lg.jp)
移住相談窓口「もりまっち」 ☎090-2512-9500
オクオカの魅力発信「いった~んプロジェクト」 https://itturn.jp/
文/横澤寛子 写真/田中貴久 写真提供/ブルーベリーファームおかざき、岡崎市
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