掲載:2018年8月号
民家の軒下や車庫、商店街や駅の構内などに巣をつくって子育てをするツバメは、古くから人と共存してきた渡り鳥だ。南方からはるばる日本にやって来たツバメがどう過ごして子育てをするのか。その生態と併せ、ツバメが巣をつくってくれる家探しのポイントを紹介しよう。
ツバメが好む環境は川など水辺があるところ
春の訪れとともに日本に渡ってくるツバメ。つがいで巣をつくり、ヒナを育てる様子はほほ笑ましく、親しみやすい鳥だ。
日本で子育てをするツバメは、インドネシアやフィリピンなど東南アジア方面からやって来る。2月に入ってから、まずは九州に飛来し、徐々に北上して北海道に到達するのは4月下旬。子育てを終え、秋になると南方へと帰っていく。南国のほうが子育てに適しているように感じるが、なぜ、わざわざ日本に渡ってくるのだろう。
「一年中虫がいる南国より、春から夏にかけては日本のほうが虫が多く発生するからでしょう。ヒナを育てるには餌になる虫がたくさん必要です」
と教えてくれたのは、東京都府中市にあるNPO法人「バードリサーチ」研究員の神山和夫さん。野鳥の調査や研究、保護対策の提案などを行っている当NPOは、ツバメの調査も実施しており、多摩川沿いが重要な観察地のひとつ。
「カゲロウやカワゲラ、トビケラなど水生昆虫が無数に飛んでいる川は、ツバメにとっては格好の餌場です。足の短いツバメは地上を歩いたりするのが苦手なので、飛行しながら虫をキャッチする。ツバメが集まりやすい場所を探すなら、川などの水辺は要チェックですよ」
水田も餌場となるが、一面田んぼのような稲作地帯は、植生が単調なので虫の種類が少なく、発生時期もある期間に集中してしまう。理想的なのは、田んぼや川、水路、ため池、雑木林など多様な自然が混在する里地里山のような場所だ。いつもどこかで虫が発生している。
「田舎で増えている休耕田などの耕作放棄地もツバメにとってはいい餌場ですね。ただ、ツバメは草原の鳥なので、森の中にはいません」
人の出入りが多い場所にツバメは巣をつくる
餌が豊富にある自然豊かな環境を好むツバメだが、巣づくりには人の出入りが多い場所を選ぶ。例えば民家なら玄関近くの軒下、倉庫や車庫の中など。
「人が頻繁に行き来しているところは、ヘビやカラスなどヒナの天敵が寄り付きにくいので、安心して子育てができるんです。『ツバメが巣をつくる家は栄える』と言われるのもそのため。人が賑やかに集う家がツバメも好きなんですよ。それこそ昔は家の中、土間の梁を利用して巣をつくるツバメもたくさんいました。天敵だけでなく、雨もよけられる家の中は一番安全な場所ですから。巣がある家では、ツバメが自由に出入りできるよう、明かり取りの窓を開けておいたりと子育てを見守ったものです。ツバメは人と共存してきた野鳥と言えるでしょうね」
民家やその周辺だけでなく、商店街のアーケードや店舗の入り口、駅の構内、橋の下、高速道路のサービスエリアや道の駅など、一言で人通りが多い場所と言ってもツバメが巣をつくるところはさまざまだが、いずれも地上から2〜3mの高さに巣をつくる傾向がある。2階建ての家なら1階の軒下に、2階部分には巣をつくらない。
「ツバメが飛行しながら餌を捕まえる高さが地上から2〜3mなんです。子育てをしている間は1日に300回以上も親ツバメはヒナたちに餌を運ぶので、巣が飛行高度より高い場所にあると労力が余計にかかる。体力を消耗しないよう、ツバメも工夫しているというわけです」
安全を第一に数々の要因を吟味して巣づくりをしたつがいのツバメは、平均して4〜6個のタマゴを産む。タマゴを温め始めてから14〜16日後にヒナが誕生。せっせっとご飯を食べて、ふ化から20日ほどで巣立つ。
「巣立ちをする数日前から幼鳥は飛ぶ訓練を始めます。まだ餌を上手に捕れないので、訓練中に電線などに止まっている子ツバメに親たちが餌を運んでいる様子も見かけますね」
賑やかだったツバメの親子が巣立った後は何とも寂しいものだが、巣が残っていれば翌年もツバメが子育てにやって来る確率は高い。巣を大切に守っておきたいが、土にワラや草を混ぜてつくった巣は結構もろい。
「崩れてしまった巣は人の手で修復はできないので諦めるしかありませんが、壁から数センチ程度突き出すような巣台を付けておくと、泥を付けるとっかかりになって、ツバメが巣をつくりやすくなります。ただ、周囲に巣がない場所に設置しても効果はありませんよ」
ごまかしは利かないということか。自然とツバメがやってくる家。田舎で暮らすなら、そんな家に住んでみたい。
まずは巣がある家を見つけよう
ツバメは里山のような環境を好むため、田舎の家なら巣をつくってくれるかも!と思いがちだが、そう単純ではない。ツバメは人通りの多い場所に巣をつくるため、餌場に恵まれていても過疎化した地域には意外にもツバメは少ない。
「人の気配が少ないと巣をつくらないので、例えば、集落からポツンと離れた一軒家みたいなところにはツバメは来ないでしょうね。でも、人口の少ない地域全体が子育てに向かないというわけではありません。集団性のあるツバメは散らばって生息せずに、気に入ったエリアにある程度集まってくる。ですから、同じ地域内でも巣がある商店街の道筋の近くとか、巣がある家が数軒建っている集落ならやって来る可能性はあります」
数年にわたって使われていない古い巣でも、人が暮らし始めると再びツバメが飛来してくることもあるので、空き家バンクなどを利用して家を探すときは、巣がある家をチェックしよう。
「新築でも家を建てた1年目からツバメが巣をつくることがあります。木張りの家のように外壁がツルツルしていると巣をつくりにくいので、モルタル壁のような表面がザラザラした素材を選ぶといいかもしれません」
運がよければ家の中に巣をつくってくれるかもしれないが、巣から落ちてくるふんは厄介だ。清潔に保つためにもふん受けを設置したほうがいい。
「ふん受けは、巣から30cm以上離すように付けてください。巣に近過ぎると親ツバメが警戒してしまうので。カラスよけのネットを張って巣を守る方法もありますが、ネットはツバメがタマゴを抱いて、温め始めてから張るようにしてくださいね」
つかず離れず、双方にとって心地いい距離感を保とう。
◎巣立った後は「集団ねぐら」へ
子育て中のツバメを見かけることはあっても、巣立った後のツバメの棲み家はあまり知られていない。神山さんによると、群れをつくるツバメには「集団ねぐら」があるそう。
「水辺のヨシ原が集団ねぐらには最適な場所です。ヨシの先端に止まって寝れば、ヘビや小動物などの天敵が近づくとヨシが揺れてすぐに気づくので。最近ではヨシ原が減ってきているので、繁華街にある大きな木や電線などを集団ねぐらにしているツバメもいます。夕暮れどきに集団ねぐらの上空に四方からツバメが集まってくる様子は壮観ですよ」
◎ツバメが飛来するエリアを探すなら早朝がベスト
ツバメは日の出とともに餌を探しに巣から一斉に飛び立つので、移住先の候補地がツバメの好むエリアかどうか判断するなら、早朝にツバメの姿を確認するのも一つの手だ。巣の在り処も判断基準だが、天敵のカラスを避けるよう、巣は一見して探しにくい場所にあったりする。その際は、家の出入り口の床にふんが落ちていないかを探すといい。隠れた巣より、床のふんのほうが見つけやすい。
神山和夫(こうやまかずお)さん
NPO法人「バードリサーチ」研究員。コロラド州立大学生物学部卒業。「日本野鳥の会」から仲間と独立、NPO法人「バードリサーチ」を設立。野鳥の参加型調査の実施とデータ分析を専門にしている。共著に『ツバメ (田んぼの生きものたち) 』(農山漁村文化協会)がある。
NPO法人「バードリサーチ」
バードリサーチでは、野鳥の調査・研究を実施し、希少種の保護や生息地改善のための対策などを提案している。一般の人でも観察に協力できる参加型調査のプロジェクトもあるので、ツバメをはじめ野鳥に興味がある人は問い合わせを。
br@bird-research.jp
http://www.bird-research.jp/
東京都府中市住吉町1-29-9
文/佐々木泉 写真提供/バードリサーチ イラスト/関上絵美
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