現代の「生きづらさ」を乗り越えるヒント
「努力」と社会の分断
さて今回のしめくくりは「努力」を考えること。僕は前から大統領トランプ氏の熱狂的な支持者はどんな人たちか興味を持つ。その疑問に答える専門家の論述を目にした。民主党支持者は努力して優れた大学に入り、しかるべきポジションに就く人が多い。熱狂的トランプ支持者はそれが気に入らない。あいつらのせいでオレたちはこんな立場に追いやられた・・・その不満、嫉妬心をうまくすくいあげたのがトランプ氏だというのだ。
支持者に向かって「私は君たちを守る、再び偉大なアメリカを」そう高らかに唱えるトランプ氏は不法移民者を排斥。しかし伝えられるところよると、大農場での収穫作業を担うのは移民の人たちだった。その人たちがいなくなり、収穫不可となった作物は腐敗するにまかせているという。
努力していい大学に入り、高いポジションに就く。それが人の幸せに直結するかどうかは別として、努力そのものは否定されるべきではあるまい。学校の勉強はダメだった僕だが、田舎暮らし、百姓生活においては精一杯の努力をして生きている。
先に書いたように、努力が報われる、報われない、両方ある。今日報われずとも明日また新たな努力をなす。万事が好奇心、モノを作る面白さ、自分の体を自然のキビシさにぶつけて生きる満足からである。自分は何者か考えたことはない。生きているのが辛いと思ったこともない。昨今の若者の生き辛さは、頭と心、情報主体の日々だから迷う。実体を持つモノとの触れ合いが少ないから体は疲れず心だけが疲れるのではないか。
仕方がナイチンゲール
田舎暮らしには実体がある。この野菜、この果物はいま何を欲しがっているか。ソーラーパネルの方位と角度はこのままでいいか・・・常にモノと向き合い対処する。ネットを張ったが食われてしまったトウモロコシのように、対処が功を奏さないこともあるが、つぶやく。仕方がナイチンゲール・・・。
これは借り物。広島県尾道の石井哲代さん104歳。その生活を描いた映画は100か所の映画館で上映されるほど好評らしいが、彼女はイヤなこと、不安なことがあっても仕方がナイチンゲールと駄洒落にして受け流し、すぐ気持ちを入れ替え次の場面に進んでいくのだそうだ。
ミドルライフクライシスを乗り越える!
田舎暮らしとダジャレ的健康法
数日前のNHKクローズアップ現代は「ミドルライフクライシス」というテーマだった。人生半ば、40代50代で不安やウツ、イライラに襲われる。体力が衰え子育ても一段落、さて自分はこれからどう生きて行けばよいか・・・そんな背景とともに脳とも関係あるらしい。ふだん不安・ウツを抑えてくれる脳の一部。それが委縮して働きを弱めてしまうとのことだ。
脳の萎縮は暑さ寒さの中、全身を使いモノを作ることで防げる。活性化さえする。田舎暮らし46年で体得したことだ。作るモノが食べ物であるなら達成感に「口福感」を上乗せ、さらなる活性化をもたらすはずだ。
番組では様々な解決法が示されていた。ちょっとインパクトが弱いなという印象だった。丁寧だが対処法が精神に偏り過ぎていた。もっと乱暴に前に出たらどうか。我がガールフレンドが言う原始人みたいに。体力が衰えたのなら回復・増強する手段を取る。具体的なモノと触れ合う日常とする。
いま目の前にスイカがある。頭上は豪快な雲と青い空。不思議だと思う。たったこれだけで心が満ちるなんて。この先の人生をどうするかなど迷いの入り込むスキがない。情報でも観念でもなく36度という気温を含めすべてが具体的なモノだ。そのモノと深く絡み合った時間を生きる。それが田舎暮らし。クローズアップ現代の、もし僕がコメンテーターならば言う。
裸になって光を浴び、穴を掘り、草を抜き、支柱を立て、水をやる。ボタボタ汗が流れますね。これからの人生どう生きるかなんて悩んでたら、その汗がきっと笑いますよ、言いますよ。
こっちにおいで。どう生きるかなんて悩みをアタシがさっぱり洗い流してあげるから。汗が人生の悩みを洗い流すなんてあり得ない・・・ですって? でもアリエールなの。脱臭効果はアレより落ちるかも。汗臭さは残るかも。でもアタシの洗浄効果はバツグンよ。モヤモヤ、ウツウツなんてドバッと流して真っ白なココロにしてあげる。ハッタリなんかじゃないわ、アリエールよ。ドバドバの汗を流した後の冷えたスイカは美味よ。着替えのシャツ2枚持っておいでこっちに、イナカに。イナカでアタシといい仲になって人生後半の幸せをつかむのよ・・・。ふふっ、座布団1枚がやっとね、このダジャレ。
→ もりもりのクモ
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この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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