服飾を学び、手仕事への思いを抱き続けてきた猪又裕也さん。100年以上前に岩手に伝わった伝統の毛織物「ホームスパン」と出合い、その世界に魅了された。そして、盛岡市にある老舗工房の厚意で、貴重な技術を学ばせてもらい、独立。今夏、自身の工房兼ショップを構えた。
掲載:2025年10月号
岩手県雫石町 しずくいしちょう
県内最高峰・岩手山(標高2038m)を望む、人口約1万4800人のまち。秋田新幹線こまちで東京から約2時間半。温泉やスキー場、日本最大級の民間総合農場「小岩井農場」(写真)など、観光スポットも点在する。
糸紡ぎ体験をした瞬間、「これだ」という確信が
旅する羊 猪又裕也さん
千葉県出身、41歳。杉野服飾大学で服づくりを学んだのち、高級婦人服のアパレル企業に就職。役者を経て雫石町の地域おこし協力隊に。2020年よりホームスパンの工房「旅する羊」を立ち上げる。趣味は量子力学の本を読むこと。猪又さんの隣にあるのは、中村工房から譲られた織り機。「新しい息子へ」という先代からの手書きのメッセージが入っている。https://tabihitsuji.com Instagram/@tabi_hitsuji
明治時代、イギリスの宣教師によって岩手に伝えられた、手紡ぎ・手織りの毛織物「ホームスパン」。すべての工程を手で行うていねいなものづくりに心ひかれ、今夏、念願の店をオープンさせた若き職人がいる。千葉県出身の猪又裕也さんだ。
服飾の大学で服飾を学び、卒業後はアパレルに就職。商品企画部に配属されたが、いつしか「手を動かして服をつくる」ことから遠ざかっていた。
「大学では、デザインから縫製までのすべてが楽しかったんです。でも就職後は仕様書を書いて発注するばかり。それが味気なくて、退職を決意しました」
もうひとつの夢だった役者として7年間活動。そろそろ落ち着こうと考えていた矢先、妻の祖父母が住んでいた雫石の家を売る話が持ち上がった。
「妻は雫石が大好きだったので、それなら僕たちが住もうということに。ちょうど地域おこし協力隊の募集があり、2人で応募しました」
配属先は、グリーンツーリズム推進事業。引っ越しも決まり、改めて岩手県について検索していたとき、岩手で100年以上の歴史がある「ホームスパン」の記事が目にとまった。
「知った瞬間、手仕事の文化がそのまま残っているなんて、と衝撃を受けました。服飾が好きだからこそ会社を離れた僕にとって、『これこそやりたいことだ』と思ったんです」
とにかく仕事の現場を見たいと、検索で見つけた盛岡市の中村工房に連絡を取り、見学へ。そこで体験させてもらった糸紡ぎに、心の奥が反応した。
「動輪が回り始めた瞬間に感じたんです。『これだ』って。決意というより、欠けていたものが戻ってきた感覚でした」
糸を手紡ぎする猪又さん。一定のリズムでペダルを踏みながら、手で糸の太さを調整していく。「旅する羊」のツアーで体験可能だ。
マフラーやストールなどを中心に展開。実店舗のほか、オンラインショップやクラフトフェアなどで販売する。雫石町のふるさと納税の返礼品にも指定。
猪又さんが生み出す特産品【ホームスパンとは?】
「ホーム(家)スパン(紡がれた)」の名前の通り、すべて手作業で羊毛を紡ぎ、織る技術。もともとはスコットランドなどで発展し、明治時代に宣教師によって日本に伝えられた。機械と違ってゆっくりていねいに織るため、やわらかく丈夫、そして温かいのが特徴。
中村工房では職人の募集はしていなかったが、猪又さんの熱意に心を動かされ、「来てくれれば、いつでも教えるよ」と声をかけてくれた。猪又さんは、協力隊としての仕事をこなしながら休日は工房に通い、ホームスパンの技術を学んだ。
「皆さん、まるで家族のように温かく迎えてくれて、じっくり教えてもらえました」
2020年、協力隊の任期が終わると同時に、自身の工房「旅する羊」を立ち上げた。
「とはいえ、当初は機材がなかったので、独立後も中村工房に通わせてもらっていました。2年後、先代が『そろそろ独り立ちできるよ。好きな場所でやりなさい』と言って、織り機を譲ってくれたんです」
はじめは自宅の応接間を工房として使っていたが、今夏、クラフト作家の仲間とともにショップを開くことになった。現在は、そこが猪又さんの工房兼ギャラリーとなっている。
「協力隊時代の経験を生かして、ホームスパン体験ツアーも開催しています。商品だけでなく、それが生まれる工程や、〝なぜ岩手県でホームスパンなのか〞という背景まで伝えられたら、岩手の毛織物をもっと好きになってもらえると思うんです」

猪又さんの工房兼ギャラリーがある「HOUSE SHIZUKUISHI」。住所/岩手県岩手郡雫石町長山堀切野8-35 ☎019-691-2340 https://www.facebook.com/HOUSESHIZUKUISHI/
宮城県仙台市出身の妻、岩手で誕生した長男と。まち最大の夏祭り「雫石よしゃれ祭」に参加。
特産品を生み出すためのアドバイス
「僕は、『腑に落ちる』という感覚を大切にしています。それは『楽しむ』気持ちがいつもセットで、進む方向を確かめる軸になります。伝統を継ぐとか地域の役に立つというのは、その結果としてついてくるもの。まずは、自分がやりたいことを心から楽しめるかどうかを大切にしてみてください」(猪又さん)
雫石町の魅力はここ!
- 自然との距離が近く、畏敬の念を抱きながらも、どこか見守られているような感覚がある
- 自分が“地球の一部”として生かされていることを、日々の暮らしのなかで実感できる
- なぜかクリエイティブな気持ちになる土地で、ものづくりにひかれる人たちが自然と集まってくる
【雫石町 移住支援情報】
移住を検討中の若者&子育て世帯に旅費の一部を補助!
「雫石町若者定住活動支援助成金」は、移住を検討する人を対象にした交通費の支援事業。39歳以下の若者または子育て中の人や、同行する同居家族を対象に、1人最大1万8000円を支援する。1室3040円から利用できるお試し住居は、1LDKと2LDKの2室を用意。1泊から最長30日間利用可能だ。
問い合わせ/観光商工課都市交流推進室 ☎019-692-6499
自然豊かなロケーションに立つお試し住居は、高断熱仕様で冬も快適に過ごせる。
Instagram「Shizukuishi Life」でイベントや観光、移住定住情報を発信しています!(雫石町イメージキャラクター「しずくちゃん」)
文/はっさく堂 写真提供/猪又裕也さん、雫石町
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