掲載:2021年9月号
すらりとした長身と健やかな笑顔が印象的な女優の黒谷友香さん。近寄りがたいほどの美しさと、その気さくな人柄が、多くの人をひきつけます。そんな彼女、じつは25年も前から二拠点居住を実践。関東近郊で馬と暮らしながらDIYやガーデニングを楽しんでいます。
最新主演映画『祈り―幻に長崎を想う刻(とき)― 』の公開を控えた黒谷さんにお話を伺いました。
長崎という街に支えられた映画
「長崎の街はキレイでした。撮影の合間に観光したのですが、グラバー園辺りを歩いたりちゃんぽんを食べたり。街にランタンが飾られて華やかで、異国情緒があふれているんですよね」
大戦後の長崎が舞台の映画『祈り―幻に長崎を想う刻(とき)―』に出演した黒谷友香さん。高島礼子さん演じる鹿(しか)と黒谷さん演じる忍(しのぶ)、2人の敬虔なカトリック信徒がヒロイン。
「最初はマリア様への心の距離感もわからなくて。近所の教会でミサを体験したり、お話を伺ったり、史料を読んだり。準備期間があって助かりました」
偶然にも原爆の被害には遭わなかった忍だが、過酷な運命が待ち受けていた。けれど「ただ前ば向いていきましょう」と、決してへこたれない。
「私もポジティブですけど、忍ほどじゃないです。自分をひどく傷つけた男の放った『俺を見つけたら迷わず刺せ』という言葉が、奇妙なカタチで彼女の生きる支えになったのかもしれません。自分の中に確固とした芯を持たないとダメになるような、そんなピュアさを持つ人で」
戦後の混乱、純な信仰心、忌まわしい過去。未知の要素を自分のものにして、忍を生きた。
「完成した映画の最後、さだまさしさんの主題歌にもう……号泣です。さださん、美輪(明宏)さんと長崎出身の方やロケに参加してくださった地元の方、長崎という舞台に支えられました。戦争がテーマの、後世に残すべき作品に参加できたことに感謝したい。1人でも多くの方に見ていただきたいですね」
二拠点居住の大ベテラン!
「考えちゃいますよね、人間がいなきゃ戦争なんてない。動物は戦争しませんから。人間の思考はなんのため?と思うけど、音楽や絵や映画と、キレイなものをつくるのも人間ですし」
そんなことを思うのは、黒谷さんが2頭の馬と生活しているせいもあるかも。約25年前から二拠点居住を実践する彼女。東京のマンションと、関東近郊にある企業の保養所だった約600坪の敷地を仲間と共有、DIYやガーデニングを楽しむ。
「私にとって行ったり来たりは苦ではなく、自然なことで。いまのようにリモートで仕事ができるようになると、東京に住む意味ってなんだろう?って。街の価値も変わりますよね」
きっかけは、デビュー当時に始めた乗馬だった。
「みんなで乗馬クラブをつくろうよ!と。お金を出すという意味でなく、自分たちで手を動かしてつくる。それを手伝うことになり、馬を飼って乗馬もやる、そんな生活が始まったんです」
スポーツにも無縁だったが、初めて知り合いの馬に乗ったときから乗馬にはまる。
「有酸素運動で体幹も鍛えられます。汗をかいてからだを動かす心地よさがあるし、馬との交流に気持ちは癒やされますよね。犬や猫もそうでしょうが、世話をしたりかわいい顔を見たり。動物と心を通わせるのは楽しい。心で思うだけで、敏感な馬ならこちらの意図を察して動いてくれます。そうして馬と共同作業する感覚は、ほかにはありません」
元競走馬のサラブレッド、ラルちゃんは30歳を迎えた養老馬。もう1頭のヨモちゃんは22歳。東京で仕事をしていても、インストラクターから送られてきた馬の写真を見て、「何してるかな〜?」と気になるそう。
「ラルちゃんは、お兄ちゃんみたいかも。いろんなことをよくわかっているんですよね……」
馬たちを思い出してふと寂しくなったのか一瞬、涙目になったような。黒谷さんにとっては自然のなかで共に過ごす、家族のような存在なのかもしれない。
固定観念を外して広い視野でモノを見る
もう1つ、熱心なのはDIY。
「先日コンクリートの壁をハンマーでたたき壊したんですけど、そうした破壊のときに呼ばれるんです(笑)。ペンキを塗ったり、壁紙をはがしてタイルを貼ったり。森のような庭もここが日陰になるから、と木を選んで切ります。それをカットし、花壇の脇に並べたり。これで何ができる?と考えるのも楽しい」
せっかくなら、ほかにないデザインを!と内装に取り組む。
「漆喰の壁にはめようとしたら、ビー玉が重過ぎて漆喰がはがれてしまう。おはじきなら?と思いついて。同じガラス素材でも、重さが全然違ってうまくいきました。発想の転換で、イメージに近いものができるんですよ」
考えたことを形にする力をつけたい――。夢は広がっていく。
「固定観念を外したいんですよ。20歳前後で上京したころは頭も柔らかくて。何も知らないから、まずはやってみようと思えた。でも年を重ねると、それ知ってる!と感覚にふたをしてしまう。広い視野でモノを見ないと、どんどんつまらない人になるなと。アレンジや応用、想像力。そんなことを改めて考えています」
手を動かしながら頭の中では、普段なら考えないような抽象的なこと、でも生きるうえではとても大切な思考が駆け巡る。
「例えば道具って、それなりのものでないと切れ味が違います。使うとパワーがあって、短時間でこんなに!?と驚いたりします。以前はモルタルも、手で水を入れて桶で混ぜたんです。そこにピッとボタンを押すと混ぜてくれる電動のアイツがやってきて。いままでの苦労は何?と(笑)。でも階段とエスカレーターみたいなものですね。同じ目的でも、上ることを楽しみたいなら階段にすればいい。TPOを考える、それもDIYから学びました」
つながっている女優業とDIY
植物を育てるだけでなく、花を部屋に飾ったり、そのあとドライフラワーにしたり、リースやキャンドルもつくる。
「女の子っぽいことも好きなんですよ! 庭には果樹園もあってレモン、イチジク、キンカン、ブルーベリーを育ててます。いい香りで勝手にどんどん大きくなって。ほ〜スゴイな!って観察するのも楽しいんですよね」
キラキラした笑顔が、そうした生活がどれほどの喜びをもたらすかを表すよう。仕事先であっても、自然のなかに身を置くことで彼女の感性が動き出す。
「ドラマのロケで初めて登山をして、2900mの世界はパラダイムシフト(認識の劇的変化)をもたらしました。夜の海に潜ったのもそう。魚はスイスイ泳ぐのに、自分は弱い存在で完全に部外者。海にいても山にいても、人間ってちっぽけだな〜って」
自然に触れる生活と、土の見えないデジタルな都会と。両方あるのがバランスいい、とも。
「DIYで失敗したり成功したり、それ自体が充電になるし、その積み重ねを東京での仕事にどう活かそう?と考えます。それがクリエーティブな思考に発展し、仕事でももっとオリジナリティを出したいという意欲につながっているかも。両方があって1つ、かもしれません」
例えばトイレの壁に馬の蹄鉄を飾り、ポスターを配置して美術館のような空間にする。どうしたら使う人が楽しくなる?と考えながらつくっていく。
「花を育てて花束をつくるときは、花を使ってイメージしたことを形にします。女優の仕事はどういうコンセプトでどんな心を込めた作品か? 私という素材を通して泣いたり笑ったりしていただく。今回の映画にもさまざまな人物が登場しますが、作品の一部となり、皆さんとの相乗効果で表現します。私の中でDIYと女優業は、どこかつながっているんですよね」
『祈り ―幻に長崎を想う刻(とき)―』
(配給:ラビットハウス/Kムーブ)●原作:田中千禾夫『マリアの首―幻に長崎を想う曲―』●監督:松村克弥 ●出演:高島礼子、黒谷友香、田辺誠一、金児憲史、村田雄浩、寺田農、柄本明、美輪明宏 ●8月20日~シネ・リーブル池袋、UPLINK吉祥寺ほか全国順次公開
●ストーリー:1957年の長崎。敬虔なカトリック教徒で、戦争で破壊された浦上天主堂の瓦礫に埋まったマリア像を回収したいと願う鹿(高島礼子)。昼は看護師で夜は娼婦と、戦争で心とからだに傷を負った男たちを癒やそうとしていた。一方の忍(黒谷友香)は、被爆者差別を恐れて引きこもる夫(田辺誠一)と赤ん坊を抱え、昼は保母、夜は市場で詩集を売りながら鹿の客引きも担っていた……。
ⓒ2021 Kムーブ/サクラプロジェクト
文/浅見祥子 写真/菅原孝司(f.lens) ヘアメイク/Nico スタイリスト/関けいこ
写真提供/スペースクラフト・エージェンシー㈱
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