田舎暮らしの本 Web

  • 田舎暮らしの本 公式Facebookはこちら
  • 田舎暮らしの本 メールマガジン 登録はこちらから
  • 田舎暮らしの本 公式Instagramはこちら
  • 田舎暮らしの本 公式X(Twitter)はこちら

田舎暮らしの本 11月号

最新号のご案内

田舎暮らしの本 11月号

10月3日(木)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

北の大地でフィッシング、山菜採り、菜園、園芸。生活のすべてを遊び尽くす【北海道別海町】

防風林がパッチワークのように牧草地をどこまでもつなぐ、見渡すかぎりの酪農地帯が広がる北海道別海町(べつかいちょう)。ライターの私(春日明子)は、エゾシカやタンチョウが周辺に現れる家に暮らし始めて5年目となる。釣りができる川や山菜が採れる森がすぐそばにある暮らしは案外、忙しい。

掲載:2021年9月号

北海道別海町
北海道東部に位置する酪農と漁業の町。人口約1万5000人に対し、乳牛は約11万頭を数え、見渡すかぎりの酪農地帯が広がる。日本最大の砂嘴(さし)・野付(のつけ)半島を擁し、ホッカイシマエビ、ホタテ、ホッキなど魚介類も豊富。根室中標津空港から別海町中心部まで車で約30分。

夫の春日和年(かすがかずとし、写真右)は別海町生まれ。幼少期から親しんだ釣りがそのまま仕事に。筆者・明子(あきこ)は東京で携わっていた雑誌編集と執筆の仕事を続けている。

別海町を流れる西別川にはニジマスが生息。

憧れていた暮らしを実現。季節仕事の山に追われ、のんびりできない

「もっと自然に囲まれて暮らしたい」。神奈川県横浜市で生まれ育った私は、物心がつくころからそう憧憬していた。森や水辺がすぐそばにあり、野菜や花を育てられる土があり、野ウサギやリスや鳥がやってくる……。そんな環境で、のんびりと暮らせたら。

 東京で紙媒体の編集や執筆の仕事をしていたとき、趣味だった釣りをしに北海道別海町を訪れ、夫と出会った。数年後、37歳で結婚を機に移住。5年目の今、なんとなく憧れていた暮らしをほぼそのまま生きている。

 ただし、「のんびり」でもない。実際のところ、暮らしのなかでやるべきこととやりたいことは年間を通して山ほどある。平地の雪解けが終盤を迎える4月末は、山菜採りのスタート。トップランナーの行者ニンニクに始まり、暖かくなるにつれてコゴミ、タラの芽、ウド、ワラビのバトンリレー。いずれも「この場所は今週でないと!」という時期を逃すと来年のレースに持ち越しとなる。

360度、牧場に囲まれた家。公道から家までは50mほどあり、大雪が降ったら人力での除雪は不可能。隣人にタイヤショベルで除雪してもらっている。

南向きで太陽光を遮る建物もないので、晴れた日中は冬でも意外と暖かい。居間の窓から見える牧場の風景も気に入っている。

 そこらじゅうに生えるフキは夏になっても繰り返し採れるありがたい存在で、わが家のように大型食料品店まで15㎞も離れた場所では大変重宝する。

 山菜採りの季節は同時に、畑の土起こしやら、野菜や花の種蒔きやら植え付けやらを天気予報とにらめっこしながら考える。それらも適期を逃すと失敗しがちだから、編集や執筆の締め切りが重なれば早春の作業は潔く諦める。

 取材で何日も世話ができないことがある私は、わりと放任でも一度植えれば毎年成果があるアスパラガスやニラやネギ、ベリー類を定番に、余力があればカボチャやトマトやピーマン、豆類を育てている程度。別海町は7月に入っても最高気温20℃前後の日が続き、夏らしい暑さになるのはほんの数日だ。お盆を過ぎれば風がはっきりと秋の気配に変わり、植物は勢いを失う。積算温度が足りずに露地栽培ではうまくいかない作物も多いため、無理せず簡単に育つものに絞ったほうが楽しめる。

 花もさまざま失敗した結果、身近な自然に咲く花をよく見て、この寒冷地に耐えられる品種を選ばなければだめだ、と納得した。冬は氷点下20℃を下回るうえに積雪が少ないこの土地では、冷たい風や土壌凍結で枯れてしまう品種も多い。それでも春になれば息を吹き返す強い野花の区別がようやくついてきて、似た性質を持つ園芸種を探すことが最近の楽しみになっている。

手前のルピナスは北海道では雑草扱いだが、裏庭に自生していたものをまとめてみた。赤紫色の花がかわいいチャイブは食用も兼ねて。

家のすぐ近くで採れるフキは、夕飯のおかずが足りないときに助かる。庭に行者ニンニクやウドもあり、春はつい山菜尽くしに。

季節の変化を教えてくれる釣りや散歩を生活の中心に

 夫はといえば、大小の湿原河川が無数に流れる別海町で生まれ育ち、幼いころからニジマスやイトウやアメマスを釣って育った。「釣りのプロになる」と夢見た結果、今は本当に釣りを仕事としている。ルアーメーカーを立ち上げ、大型のサケ・マスに特化したルアーの製造販売を始めて10年以上。釣り番組への出演や雑誌掲載、アラスカやロシアへの海外遠征など、釣りが生活の中心だ。

 春と秋にはイトウを釣りに道北へ通う。トップシーズンには往復800㎞の旅を毎週のように繰り返し、私と愛犬「わさび」も一緒に大移動。リモートでも編集の仕事ができるように準備する。もともと自宅が東京とリモートで仕事をする拠点のようなものだから、どこへ行ってもあまり違和感はない。

北海道はトラウトフィッシングの聖地。特に道東は湿原が多く、巨大なイトウやアメマスが潜んでいる。本州から来る釣り人もたくさんいる。

自然河川で大きく育ったニジマス。頰紅をひいたように鮮やかなピンク色が特徴的。(写真提供:春日さん)

「スプーン」といわれる金属製のルアーを製造。色や模様もさまざま。機械化できない工程も多く、1つひとつ手作業で地道に仕上げていく。

 2年前に犬を飼いはじめて、生活は一変した。車移動ばかりで近所を歩いたこともなかったが、散歩をする習慣ができ、自然のサイクルの感じ方が劇的に変わった。運動量が多く寒さに強い甲斐犬もこの環境に合っていたと思う。

 家の中からではわからなかった北海道の素顔を、散歩を通して日々感じている。春、雪の中で真っ先に咲く野花。6月、灰色の世界を一気に塗り替えていく新緑の勢い。騒々しいくらいに森に響く夏鳥のさえずり、一斉に命を全うする虫たち。草原を駆け回るキタキツネやエゾシカの仔。繁殖期に角やからだを真っ黒に染めた牡鹿の堂々とした立ち姿、よく通る鳴き声。初雪の前に舞う雪虫。長い長い冬の、痛いくらいに寒い朝、霧氷や雨氷にきらきらと輝く世界の美しさ……。日々のそんな変化や出来事を目にすることで、だんだんとこの土地になじんできた気がする。

 町まで遠いことを不便に思うことはないし、都会に戻りたいと思ったことは一度もない。夏の草刈りも冬の雪かきも、「大変大変」と言いながら本当は楽しくて仕方ない。

 今年植えたシラカバの木が大きくなるころ、もしそれらを心から「大変」と思えたら、本当にこの土地の人といえるのかもしれない。そのときがくるのも、また楽しみだ。

愛犬「わさび」との散歩は毎日の楽しみ。エゾシカやキタキツネが現れて大興奮することもしばしば。

自宅から車で30分ほどの野付半島からは北方領土の国後島(くなしりとう)が見える。実際の島影は本当に近く、大きい。

野付半島では夏も冬もエゾシカが群れている。ここは鳥獣保護区なので人を恐れず、至近距離からのんびり観察できる。

 

別海町移住支援情報
令和4年4月からお試し住宅を開始

 東にはオホーツク海、内陸に根釧台地が広がる。町の基幹産業は酪農と漁業で、生乳生産量は日本一、大きなホタテやホッカイシマエビなどが水揚げされる。町では、新規就農者に対する多数の手厚いサポートや、新規開業者に対する費用の一部補助などを行う。15歳までの医療費の全額助成や多子家庭の保育料の軽減策など子育て世帯に対する支援も充実。令和4年4月からお試し移住住宅の運用を開始予定。

お問い合わせ:別海町総合政策課 ☎0153-75-2111(内線2214)
別海町への移住応援ポータルサイト「ほらり」http://horari.jp

冬になると野付湾内が凍り、水平線ならぬ氷平線ができる。トリックアート写真が撮れる映えスポット。(写真提供:別海町観光協会)

別海町では、酪農研修牧場卒業後、79組(平成9年から令和2年までの実績)が新規就農している。(写真提供:別海町観光協会)

「就農、起業、開店など、移住者を全力で応援します!」と話す別海町地域おこし協力隊の原田佳美さん。

 

文/春日明子 写真/崎 一馬

この記事のタグ

田舎暮らしの記事をシェアする

田舎暮らしの関連記事