鳥取県のまんなか、人口16,000人程の小さな琴浦町(ことうらちょう)に、兵庫県から移住した人がいる。お酒にはめっぽう弱いと、はにかむ森香南子さんは、実は酒造りに携わる職人・蔵人(くらびと)。琴浦町内にある創業1872年の酒蔵・大谷酒造株式会社(以下、大谷酒造)に勤める。彼女の話を聞きに、琴浦町の地域おこし協力隊が取材を行った。
【鳥取県琴浦町】
北は日本海、南は名峰・大山(だいせん)に接し、人口は1万6,360人。東京・羽田空港から鳥取・米子鬼太郎空港まで約1時間15分、空港から琴浦町までは車で約1時間の距離にある。
豊かな食と自然、種々の産業や地元で活躍する人など、多彩な魅力を有する様を、1つの惑星になぞらえて町のリブランディングに取り組んでいる。スローガンは『小さいくせにぜんぶある。惑星コトウラ』。
わたしは鳥取県で就職をしたいと思った。
兵庫県で生まれ育った森香南子(もり かなこ)さんは、自然保全について学ぶために、鳥取市にある公立鳥取環境大学へと進学。地元に比べると人が少ないことに最初は驚いたものの、またそれも魅力に感じたと話す。それまでの生活では神戸の高層ビルや人の多さで常に息苦しさを感じていたからだ。
「鳥取県の自然が豊かなところがすごく好きで。実家に帰るたびに、都会の息苦しさを感じるようになって、就職をするなら鳥取県でしようと在学中に決めていました」
鳥取県の豊かな自然に日々癒やされると話す、森さん。
伝統的な日本のものづくりをする仕事を探していたときに大谷酒造に出会った。琴浦町に縁やゆかりがあったわけではない。就職活動時の企業訪問で酒蔵に行った際、現専務である大橋さんの言葉が森さんの背中を強く押してくれたという。それは「酒造りなどの作業や会社の運営方針を見直して、働きやすい環境を作っていこうとしているんだ」ということ。
大谷酒造の酒蔵の様子。
森さん曰く、「見学に行くまでは、酒蔵には昔ながらのこだわりの強い職人さんたちが働いていて、重苦しいイメージがあった」。しかし、実際は若い社員も活躍し、みんなが働きやすい環境を自分たちで作っていこうとする社風に惹かれ、就職を決めたのだった。
「勤め始めて、今年でちょうど3年が経つところですね」
最初は携わる工程も少なかったが、今では精米から発酵させたお酒を絞って瓶詰めするところまで、酒造りのすべての工程を行っている。詳しく聞くと、上司が積極的に新しいことに挑戦させてくれる方なのだそう。
そのうちのひとつに「責任仕込み」がある。ひと冬に全部で40~50本のタンクのお酒を造るのだが、森さんは、その中の一本のタンクの管理をすべてひとりで行い、イチから一本のタンクを仕上げることにも挑戦している。
「先輩に教わりながらのチャレンジ。そのお酒もできたときは、味が薄かったり辛すぎたりしたんですけど、1年の熟成がすすんで、『おいしくなったね』と言われるようになりました」と、森さんは嬉しそうに笑みをこぼす。
大谷酒造では、醸造期間中の11月から翌年4月まで、蔵人たちの作業風景が実際に見学できる。(要予約/所要時間:約1時間)
昨年(2022年)には酒造技能士2級の資格を取得。学科も実技もある試験で、成績が優秀だったことが認められ、成績優秀者としての賞も受賞した。お酒は弱いが、それ故、少し口に含めばお酒の特徴が分かるように日々練習中だという。お酒本来のおいしさを伝えていきたいと意気込む。
大学時代は自然保全について学んでいた。微生物学の授業で学んだ、酵母やコウジ菌に関する知識が酒造りにつながる部分もあると話す。
「地域らしさを大切にした、“ローカル酵母”を使った日本酒造りにも力を入れていて。これは日本初の取り組みなんですよ」
ローカル酵母とは、鳥取大学の児玉基一朗教授が研究を進める、地域に由来する植物から採取、分離、培養された酵母のこと。これまではローカル酵母を用いてパンやピザなどが作られてきたが、日本酒に用いたのは大谷酒造がはじめてとのことだ。
「地元に根ざした珍しい酵母で、さらに、琴浦町の桜の木、大山のミズナラの葉から採取した特別な酵母です」と、森さんが教えてくれた。
酒米や仕込水、酵母のどれもが鳥取県産の純米酒。琴浦町の桜の木から採取された酵母で造られた『桜咲』(写真左)と、大山のミズナラの葉から採取した酵母で造った『涼』(写真右)。どちらもオンラインショップで購入することができる。
森さんのように女性が活躍している大谷酒造だが、「女性が蔵の中に入ることすら許されなかった歴史もある」と、5代目社長・大谷修子さんは話す。大谷社長が嫁いだときにも、まだその風習は残っていた。その理由は、力仕事が多くて危ない仕事だから、女性はお漬物を作っていたので、別の菌を酒蔵に持ち込んでしまう恐れがあるから、など諸説あるそうだ。
「今は女性がお漬物を漬ける習慣もなくなった。子育ても男女が共同でするように、職場でも男女ともに働きやすい環境を作っていきたい。すぐには変わらないが、変えていかないといけない」と大谷社長は真剣な眼差しで語る。現に、大谷酒造では女性の従業員が半数をしめており、女性専用の休憩室ができたほどだ。少しずつだが、着実に時代は変わってきている。
大谷社長(写真右)が嫁いだ当時は女性が酒蔵に入ることはできなかったため、蔵人10人分の料理を毎日作るなど、女性は外から献身的に支え続けていたという。
休日はのどかな田舎暮らしを満喫
「都市部では手に入らない、旬で新鮮な食材が手に入るのは琴浦町のいいところ。収穫するのも楽しいし、この季節だからこれを食べようって、旬を楽しむことができる」
美味しいものを食べるのが大好きという森さん。休日には知り合いに山菜採りに連れて行ってもらったり、これまでにタケノコ掘りや栗拾いなども体験してきたのだそう。野菜を分けていただくことも多いという。また、「趣味の自転車で、自宅から5㎞ほど離れた『道の駅ポート赤碕(あかさき)』までサイクリングを楽しんでいます。そして、そこで鮮度のいい魚を買って帰る。琴浦町での暮らしは食べるものには困らないんです」と話してくれた。
道の駅ポート赤碕。建物の奥には赤碕漁港があり、赤碕港で水揚げされた新鮮な魚介類を購入できる。写真の白ハタはハタハタの地方名。赤碕港で水揚げされたハタハタは脂がよくのっており、とろけるうまさ。
「わたしのお気に入りの場所を紹介してもいいですか?」。そういって森さんが教えてくれたのは、塩谷定好(しおたに ていこう)写真記念館の中にある米蔵を改装したカフェスペース。
明治生まれの写真家・塩谷定好の生家である写真記念館の奥にひっそりとたたずむ、カフェスペース。蓄音機やレコードなどの古道具がおしゃれで心地よく、まるでタイムスリップしたような気分が味わえる。
明治5年建設の落ち着いたレトロ感が楽しめる空間。お店の方の優しい雰囲気が、森さんがお気に入りの場所として通うきっけかけになっている。縁もゆかりもなかった琴浦町に、森さんは心地のよい居場所をみつけたのだそうだ。
「琴浦町は、わたしだけの空気がいっぱいあるみたいで、好きなんです」
兵庫県の市街地で生まれ、高層ビルや人の多さに息苦しさを感じてきた森さん。今はのびのびと琴浦町で田舎暮らしを楽しんでいる。
ふるさと納税返礼品に
大谷酒造で造られている『鷹勇』。酒造りにおいて最も大切とされる水には、中国地方最高峰の名峰「大山」から流れてくる清らかな伏流水を贅沢に使っている。米も場所と質にこだわり、鳥取県産の上質な酒米を使用している。山陰の澄んだ冬の寒さのなかで、じっくりと時間をかけて醸造されたお酒は辛口でキレのある味わいに仕上がっている。
『鷹勇 純米吟醸 なかだれ』。もろみを絞る際に自然に流れ出る最良の部分、“なかだれ”のみを瓶詰めした、いいところ取りのお酒。なめらかで繊細な口当たりのあと華やかな香りが口中に広がり、キレのある辛さが後味を締める。冷やでも燗でも芳醇な辛口が味わえ、次から次へと杯を重ねたくなる。刺身との相性が抜群!
ここで紹介した大谷酒造のお酒は、直営の販売所はないものの、酒蔵やオンラインショップで買うことができる。鳥取県琴浦町にふるさと納税をすることによって、返礼品として手に入れることもできる。また、酒蔵見学(要予約)も行っている。時代とともに変化を続け、だれもが働きやすい会社作りをめざす大谷酒造。ぜひ、応援してほしい。
ふるさと納税の案内はこちら!
▷鳥取県琴浦町 ふるさと納税サイト
大谷酒造オンラインショップから購入することもできる
▷大谷酒造オンラインショップ
写真・文/琴浦町地域おこし協力隊:谷敷友香(写真左)
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