平成の大合併を拒み、自立した村づくりへ舵を切った岡山県西粟倉村。「百年の森林構想」を基盤に、「ローカルベンチャースクール」などで移住者を獲得し、森林を活用した多様な事業でSDGsの取り組みを次々にかたちにしている。
掲載:2024年1月号
岡山県西粟倉村(にしあわくらそん)
岡山県の北東端に位置し、鳥取県と兵庫県に接する。面積の約93%は森林で、そのうちの約84%は人工林。貴重な自然が残る「若杉原生林」は、氷ノ山後山那岐山(ひょうのせんうしろやまなぎさん)国定公園の特別保護地区に指定され、「森林浴の森日本100選」にも選ばれている。かつては因幡街道の宿場があった。大阪から西粟倉村まで車で約2時間。
森林、ビジネス、エネルギー、地域資源の価値を最大化
村の最大の資源である森林の約84%はスギやヒノキを中心とした人工林。「百年の森林構想」のもと、村が森林所有者と契約して森林整備を進めている。
岡山県の北東端にある人口約1400人の小さな村、西粟倉村。平成の大合併を拒否して村単独で自主自立の道を選んだことから、村の森林資源を活用した取り組みが始まり、SDGsの村づくりにつながっている。
その経緯を地方創生推進室の梶並塁土(かじなみるいと)さんはこう話す。
「村には将来の子や孫のために植えられた50年生の人工林が多くありましたが、木材の価格は下がり、手を入れられていない森林が増えつつありました。そこで、この先50年、森を大切に守り続けようと、2008年に『百年の森林構想』を掲げ、翌年から事業を開始しました」
山から切り出した間伐材(かんばつざい)は村内で製材し、家具などに加工することで価値は20〜30倍になる。製品にならない木材は、木質バイオマスとして温泉施設や地域熱供給施設の木質ボイラーの燃料に使用。災害に備えたガス化自立発電も用意した。
13年には環境モデル都市に、14 年にはバイオマス産業都市に選定され、さらに積極的に取り組む。既存の小水力発電をリニューアルし、村内のエネルギー自給率を高めながら脱炭素化を加速させている。
役場近くに熱エネルギーセンターを設置し、木質バイオマスボイラーによって村内の公共施設へ熱を供給する「地域熱供給システム」を導入。
持続可能な村づくりの推進には、地域課題の解決や地域資源の活用を目指したビジネスを創出するローカルベンチャーの存在も大きい。西粟倉村では、これまでに70社以上が誕生し、多様なビジネスや移住者が増えた。特に民間企業の中心的存在となっているのが、地域の資源を掘り起こし付加価値をつけて村の経済を循環させている㈱エーゼログループだ。木材加工流通事業を手がける「西粟倉森の学校」をはじめ、ローカルベンチャーの育成、不動産、福祉、イチゴの生産など、幅広く事業を展開している。
15年から始動した「ローカルベンチャースクール」では、起業家を募集し、採用者は地域おこし協力隊制度などを活用して、村が起業を支援。このスクールから「百年の森林事業」の民営化にも成功した。
21年には、村内から売り上げ1億円以上の事業を複数創出する「TAKIBI(たきび)プログラム」をスタート。村内の願いや課題を解決する事業テーマを拾い上げ、インターンやプロボノ(※)の人たちとブラッシュアップ。本格的に進めるプレイヤーを用意して始動する起業プログラムだ。村で使われる電力の100㌫自給を目指す新会社「西粟倉百年の森林でんき」を設立した。また24年には村産木材を活用した宿泊交流施設がオープン、交流人口や関係人口の増加を図る。
※プロボノ…ラテン語の「Pro bono publico(公共善のために)」が語源とされ、職業上のスキルや経験を生かして取り組む社会貢献活動のこと。
コワーキングスペースとオフィス機能を備えた「西粟倉村ローカルベンチャーインキュベーションセンター amoca(アモカ)」。ローカルベンチャー創出を目指して2020年にオープンした。テーブルやイスなどは村産材を活用し、村内業者が製作。
TAKIBIプログラムから設立された新会社「西粟倉百年の森林でんき」は、太陽光発電パネルの設置や木質バイオマス発電などの運営管理を担い、村内で使われる電力の100%自給を目指す。
「生きるを楽しむ」をキャッチコピーに掲げ、19年に「SDGs未来都市」に選定された西粟倉村は、「自治体SDGsモデル事業」にも選ばれた。「百年の森林構想」から10年以上が経った現在、村では「百森2.0」を打ち出し、森林の再構築(ReDesign)と森林の生み出す価値の最大化に向けて動き出した。林業だけでなく、山が生み出す山菜や木の実、里の田畑や川など、さまざまな自然資源を活用し、村内外の仲間とともにヘルスツーリズムや養蜂、山菜採りなど多様な視点から村を楽しめるようにしていく。小さな村の底力が未来を拓く。
廃校後は「西粟倉森の学校」のオフィスとして活用されていた旧影石小学校。現在はローカルベンチャーのオフィスや店舗などが入居している。
ブナ、カエデ、ミズナラ、トチノキなどの巨木をはじめ、約200種類の植物が生息する若杉原生林。遊歩道が整備され、ハイキングが楽しめる。
西粟倉村のSDGsここがスゴイ!
「百年の森林に囲まれた上質な田舎」の実現を目指している西粟倉村。森林資源を最大限に活用し、持続可能な村づくりを進めている。
●全国から共感を生む「百年の森林構想」
●地域の新たなビジネスを創造するローカルベンチャー
●木質バイオマスなどを活用した循環するエネルギー
●多様な産業を生み出す地域人材の流入
「持続可能な村を目指してさまざまな取り組みをしています」(地方創生推進室 梶並塁土さん)
西粟倉村のここがオススメ!
水の音・循環をモチーフとした楽器4点セット「くもとあめ かわとうみ」。村産のヒノキやスギの間伐材を使用し、楽器と音の出るおもちゃをつくっている「mori-no-oto」の商品。
ローカルベンチャースクールから誕生した「シブヤカバン」では、村で捕獲された鹿の革を使ってカバンやキーケースなどの小物をつくり、販売している。
西粟倉村移住支援情報
やりたいことに挑戦する地域おこし協力隊が多数活動中
全人口の約16%を移住者が占める西粟倉村。移住支援の補助金はないが、多様な人材を受け入れる土壌があり、50人もの地域おこし協力隊が活動中。やりたいことに挑戦する起業型や村の新たなビジネスに取り組む企業研修型など、村の未来を一緒につくる仲間を募集している。移住者の住まいとして「ユニット型実証住宅」が5棟完成した。
問い合わせ:西粟倉村地方創生推進室 ☎0868-79-2221
https://www.vill.nishiawakura.okayama.jp/
村産材でつくられたワンルームのユニット型実証住宅。
「やりたいことを受け入れてくれる、ふところの深い村です」(総務企画課 大室裕史さん)
文/田中泰子 写真提供/西粟倉村
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