掲載:2021年11月号
絵に描いたような里山風景が広がる岡山県美咲町(みさきちょう)。穏やかな山並みがあるこの地域に、 林業に就くためにやってきたのが横山芳典さん。移住後、結婚し、子どもをもうけ、新居まで建てた彼に、岡山県の中山間地域での林業と暮らしについて語ってもらった。
自然のなかでの仕事を望み、岡山県の丘陵地で林業を
穏やかで低い山並みが広がる美咲町。山あいに集落が点在し、人口は約1万3500人だ。町の大半は山林で、車でドライブすると、森の迷宮に迷い込んだ気分になれる。
未舗装の林道に入り、車を降りると、ヒノキの植林地にセミの声が充満していた。
「自然のなかに四六時中いられるのが林業の魅力」と言うのが、この地域、久米郡の森を仕事場にして5年目の横山芳典さん。
美咲町に移住する前は、実家のある静岡県で工場勤務だった。
「一点物の部品を主に製造する会社でした。私はわりと仕事ができるほうで(笑)」
しかし、帰宅はいつも日没後。季節を感じられない日々がストレスになり、自然相手の仕事について調べ始めた。
「第一次産業のうち、何も持っていなくても始められるのが林業だと思ったんです」
そして、ネット検索で見つけた東京や大阪での林業就職ガイダンスに参加し、岡山県のブースに興味を持ったという。
「昔、鉄道で西日本をぷらぷらと旅したときに、岡山を含めた山陽地方はいいなと感じていましたから」
その理由の1つは陽光の豊かさ。ここ岡山県は「晴れの国」と呼ばれ、降水量1㎜未満の年間日数が276.7日(岡山市)と全国で最多だ。また、岡山県の山地があまり急峻ではないことも、林業に飛び込むには安心材料だったようだ。
そして、久米郡森林組合を選んだのは、その仕事内容から。
「私は広く浅くやりたかったんです。林業では、チェーンソーでの伐倒だけをするとか、特定の種類の重機の運転ばかりするなど、現場での作業が専門化、限定化された職場もあります。しかし久米郡森林組合では、いろんな作業にかかわれるのです」
林業就業のサポートと多岐にわたる仕事内容
芳典さんは28歳のときに美咲町に移住し、この森林組合にフォレスター(現場での作業員)として就職。実地や講習会などで仕事を学びながら、林業に必要な資格や修了証を取得していった。
「国の『緑の雇用事業』という助成制度があり、それを利用することで、3年間で林業に必要な勉強や資格取得をほぼできます。また、現場作業で必要なチェーンソーなどの道具や服といった装備品の購入もサポートしてくれます」
そして、フォレスターとしての仕事にも慣れてきた31歳のとき、組合の職員にならないかと声がかかった。
「職員になると森にいる時間が減るのですが、なるようになると、流れにゆだねてみました」
林業といえば山林での作業をイメージしがちだが、それは一部でしかない。造林にあたり、山にある木の太さや本数を調べ、山主さんに飛び込み営業をかけて伐採を提案し、森林経営計画を立て……といった調査や調整などの事務作業は多岐にわたる。芳典さんは現在、補助金申請にかかわる業務がメインだという。
仕事は充実しているが、「ときには現場に出て、からだを動かしたいことも」と、芳典さん。とはいえ、新居での家族とのだんらんにより、毎日気分は一新されているようだ。
山あいの城下町暮らしは便利と伝統と自然が同居
芳典さんが家族とともに新居を構えたのが、美咲町の隣、人口約10万人の津山市(つやまし)。岡山県北部最大のまちで、藩政時代には城下町として栄え、今も古い町並みが残っている。芳典さんの家は市街地から少し西、田んぼや雑木林が残る里山にある。
妻の佑衣さんは、生まれも育ちも県北東部に位置する美作市(みまさかし)。看護師をしている。芳典さんとの出会いは、「30 歳までに結婚しないと家を追い出すぞと親に宣言され、美咲町の町コンに参加して(笑)」という快活な人だ。
この地域での暮らしはどうですかと話を向けると、美作市の実家がまさに田舎暮らしで、と続けた。
「じつは、山の上の一軒家なんですよ(笑)」
それと比べたら、歩いて行ける距離の国道沿いに量販店はあるし、それでいて桜並木など自然もある。小中高と通学にも便利な場所だという。芳典さんは、近所にほどほどの山があることも気に入っているという。
「それから、この地域も含めて津山では、秋祭りでだんじりを引いたり獅子舞をします。そんな伝統行事が残っているのも、子どもの教育にはいいなと」
祭りだけでなく、町内のつながりもあると佑衣さん。
「子どもと散歩中におせんべいをもらったり、よく声をかけてもらいます」
そんな地域の温かさや自分の育児経験から浮かんできたアイデアを、佑衣さんは話してくれた。
「私が引退するころ、この地域にまだ子どもが多いようなら、児童の一時預かり施設のようなものをつくれたらいいなと思っています。看護師の資格も役立てられそうですし」
でもまずは、子どもとの日常をより充実させるのが目標のようだ。佑衣さんはそれまで勤めていた大病院を辞め、近所のかかりつけの病院への転職を決めた。今はまだ、芳典さんが通勤の寄り道で保育園への送迎を楽しんでいるが、佑衣さんにその座を奪われるかもしれない。
林業に就くことを考えている人たちへ
話を芳典さんの仕事に戻そう。どんな人が林業に向いているかと問うと、芳典さんは「お金が少なくても人生を楽しめる人」と、林業の現実について正直に答えてくれ、こう続けた。
「林業体験などでいろんな参加者を見てきましたが、体力や性別は関係ないです。便利な重機もありますから。50代から始めた人もいます」
ただ、どんな職場でもそうだが、コミュニケーション力はあったほうがいいという。
「現場での事故は連携不足で起きたりします。安全性を高めるには、仕事前の段取りや、互いの確認が重要ですから」
林業が求める人材については、現場に行くことが減った芳典さんの業務からもうかがえた。自然を求める人だけでなく、営業や事務の職歴を活かしたい人も、移住先での仕事に林業を考えてみてもよさそうだ。
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美咲町 移住&林業支援情報
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美咲町では、住宅新築時に県産木材を使用した場合や町分譲地を購入した場合に町独自の補助制度がある。また、美咲町空き家バンクの利用者には、購入・片付け・引っ越し・改築などの補助金制度も用意しており、それぞれのライフプランに合わせた“みさきぐらし”をサポート中だ。林業では、間伐や枝打ちに対して国や県からの補助金に上乗せする制度もあり!
地域みらい課 ☎︎0868-66-1191
https://www.town.misaki.okayama.jp/contents/akiya/akiya.htm
文・写真/大村嘉正
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