古くから町を挙げて有機農業に取り組み、有機農業の先進地として全国的にも注目されている山都町。有機JAS認証を取得した生産事業者数もトップクラスを誇る。独立に向けて、今まさにスタート地点に立つ家族を訪ねた。
掲載:2022年3月号
自分が「おいしい」と思える野菜をつくりたい
愛知県出身の谷藤晃宏(やとうあきひろ)さん(40歳)が最初に農業に触れたのは10年前。長野県で期間従業員として働いたときのことだ。3カ月間の短い期間だったが農業の楽しさや奥深さを知り、憧れを抱いた。
「当時は独身だったので、1人でやる作業負担や費用のことなど現実を聞いて、諦めてしまったんです」
まずは資金を貯めようと地元に戻り、一般企業に就職。農業への思いを募らせる日々のなか、高知県で農業研修生を募集していることを知り、思いきって応募。1年間の研修で、農業の魅力を改めて感じた。さらに、当時大阪で働いていた聡乃(さとの)さん( 36 歳)との結婚が決まった。
「佐賀県に暮らす妻の家族から、『農業をやるならこっちでゆっくり準備したら?』と言われて。妻にとっても、なじみのない場所より故郷で結婚生活をスタートするほうが安心だと思いました」と佐賀県へ移住することに。
独立の手段を模索していたとき、以前興味を持った「BLOF(ブロフ)理論(※)」の提唱者の講演会が山都町で開催されることを聞き、初めて山都町を訪れる。このときの印象を「こんな山の中で農業をするのは大変だろうなと感じました。まさか移住するとは思ってなかったです(笑)」と晃宏さんは話す。
作物に合わせた土づくりを科学的観点から分析するBLOF理論を知るほどに、「これなら自分にもできる」と晃宏さんは確信。町の移住サポート窓口「山の都地域しごとセンター」で、BLOF理論と有機農業が学べる研修制度があることや、さまざまな作物から育てたいものを選んで学べることなどを聞いた。さらに、家探しなども同じ窓口でできることなど、サポート体制にも驚いたという。
「つくっても売れなければ生活できません。山都町は農家同士のつながりが深く、販路が確立されているのも決め手でした」と晃宏さん。町を挙げての農業への取り組みが後押しになった。
話を聞いた聡乃さんは、「佐賀に来たばかりなのに、本当に行くの!?って、びっくりでしたよ」と笑う。移住に向けて、お互いの思いをノートに書き出し、定期的に移住会議を重ねた。
「会話だけだとわからない本心も、文字にすると見えてくるんです。かなえたいことや心配なことなどを共有して、これなら大丈夫と納得してから移住を決断しました」(聡乃さん)
山都町へ移り住んだ晃宏さんは、BLOF理論に基づいて作物を育てている有機農家の鳥越靖基さんのもとで研修中だ。ピーマン、ニンジン、小カブなどさまざまな野菜を育てながら知識と技術を身につけている。農家の仲間や地元の人との関係も広がり、今後につながる充実した1年間を過ごした。
2022年4月から有機農家として独立する晃宏さん。「農家を目指した原点は食べることが好きだから。自分がおいしいと思える作物で、たくさんの人を笑顔にしたい」と意気込む。夫婦二人三脚での挑戦は始まったばかりだ。
※BLOF理論…「Biological Farming(バイオロジカルファーミング、生態系調和型農業理論)」の略で、アミノ酸、ミネラル、太陽熱養生処理の3つをキーワードとした科学的・理論的な有機栽培技術のこと。
谷藤さん夫妻に聞く「移住して大きく変わったこと」
晃宏さん「人とのつながりが深まりました。子どもが生まれたこともあり、皆さんがすごく気にかけてくれて、優しく見守ってくださいます」
聡乃さん「移住前に比べて、いただきものや譲り合いが増えて、肉や野菜はスーパーで買う頻度が減りました。子ども用品も近くのご家族からご厚意でいただき、ほとんどまかなえたほどです。とても助かりました」
山都町移住支援情報
移住支援金や住宅取得・改修費支援などが手厚い
上限100万円の移住支援金をはじめ、青年等就農資金などの農業に関する支援や、婚活支援も行っている。住宅の改修や取得に関する補助金もあり、空き家バンク制度も充実。近年は、有機農家を目指す若者から人気で、移住者同士のつながりも深い。
山の都地域しごとセンター ☎0967-72-9111
https://www.town.kumamoto-yamato.lg.jp/shigoto/
文/黒木ゆか 写真/衛藤フミオ
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