掲載:2022年5月号
航空機産業で発展してきた各務原市は、岐阜県一のものづくりのまち。市内には都市公園が点在し、子育て支援も充実している。一方で、利用者のいなくなった空き家も存在。これらを活用した独自の事業は子育て世帯が各務原市で快適に暮らすための一助として注目を集めている。
若い移住者を支援するシティプロモーション
細い路地の突き当たりから、女の子の元気な声が聞こえてきた。その声に導かれて歩いていくと、一軒の民家の軒下にポッと灯る電球の光、イーゼルには「siroi(しろい)」と描かれた看板が。「こちらからどうぞ」と家主に声をかけられ、広縁からおじゃますると、画材やドライフラワー、アンティーク家具に囲まれた空間が目の前に広がった。
ここは福岡県から岐阜県各務原市に移住してきた楠拓也さん(34歳)・綾美さん(32歳)夫妻が営む絵画教室「siroi」のアトリエで、家族のリビング的な場所でもある。スギの足場板が張られた床の上では、娘の真白ちゃん(4歳)が楽しそうに絵を描いている。
ナチュラルテイストにリノベーションされた建物は、持ち家ではなく、家賃月3万円の賃貸住宅。岐阜県各務原市が展開する「DIY型空き家リノベーション事業」を活用しているという。移住者が活用する空き家とくれば、空き家バンクを思い浮かべるが、各務原市の事業はそれとは異なる。自治体と民間業者、金融機関、大学が連携をとり、空き家の持主と借り手をつないでいく、空き家を活用した取り組みで、若い世代が各務原市で自分らしく暮らすことの実現を支援するというものだ。
この事業は、2015年度に若手職員らが市長へ事業提案を行う「あさけんクエスト」で採用されたことからスタートした。翌年に1年間、国の補助金で業務委託し、モデル事業として実施。そして、2017年度からゼロ予算ながら、本格的に事業をスタートさせた。ターゲットは若い移住希望者や、子育て世帯。入居者を募集している空き家物件には、家族が増えても部屋数に困らない一軒家も多い。
福岡県に暮らしていた楠さんがこの事業を知ったのは、第1子を授かったことがきっかけだった。当時、福岡県糸島市の絵画教室で講師として勤めていた拓也さん。
「仕事を独立し、子育てをする場所として、落ち着いて長く住める場所を探していました」と当時を振り返る。その中で、妻の実家がある岐阜県も候補地に。まずは愛知県名古屋市にある岐阜県の移住相談窓口に行き相談。自分たちの希望を伝えていくと、各務原市を紹介され、商業施設「イオンモール各務原」にある各務原市移住定住総合窓口「KAKAMIGAHARA OPEN CLASS」(※2022年3月末に各務原市役所内へ移転)を訪ねることとなった。そこで各務原市の移住支援情報、「DIY型空き家リノベーション事業」の空き家物件などを紹介してもらい、物件見学へ。数年間使われていなかった空き家は、少し湿気が多く、日当たりもよくなかったが、見学したその日に即決したという。
「ドライフラワーを手がけるのに、日当たりは悪いほうがいいんです(笑)。なにより、一軒家であれば、子どもが大声をあげたり、走ったりしても苦情を気にすることなく、のびのび過ごせると思いました」
楠さんが各務原市にひかれたのは、空き家物件だけではない。物件周辺には保育園や学校が集結していて、公園も点在。近隣には芸術科目が多く学べる高校もある。子育てや仕事の環境として抜群だった。さらに、市の担当者が親身になって移住や子育て支援の相談に乗ってくれたことも、移住を決意する後押しとなった。そんな人の温かみをさらに実感したのは、空き家をDIYする際に開かれたワークショップだ。
地元の人とのつながりを深めたワークショップ
「じつは、DIYってあまりやったことないから、どうしようかなと思っていたんです。でも、この空き家事業では、DIYをする際、市民や移住検討者に呼びかけてワークショップを開いてくれると聞きました。ただ、県外から来た、知り合いもいない自分たちのために誰が集まるんだと、半信半疑でいました。が、当日は子どもから大人まで約20名の方が集まってくださった。この事業が始まって間もないこともありますが、市長さんまで来て壁にペンキを塗っていただくなどして、本当にびっくりしました」
ワークショップは、移住者とまちの人たちをつなぐことを目的としている。当日は、DIYの技術も習いながら和気あいあいと作業が進められた。
ワークショップでアドバイスをするのは、事業に協力している民間企業。楠さん一家は、岐阜市の建築設計会社「ミユキデザイン」が担当した。また、楠さん一家の場合、2間続きの和室の畳をはがしてフローリングに変えたり、絵画教室を開催する際に必要なトイレをアトリエ横に設けたりと、プロの手が必要な箇所があったため、ミユキデザインの設計士が相談に乗り、デザインなどを提案。楠さんが描く希望を形にしていった。
貸主ともどのように施工するのかを情報共有したことで、リノベーションをスムーズに進めることができたという。施工については、設計士から紹介してもらった岐阜県の工務店「コネクト」が担当。予算に合わせて施工が進められた。
「絵画教室を開くアトリエの床材をどんなものにしようか悩んでいたため相談したところ、スギの足場板を紹介してもらいました。子どもたちが絵の具で床を汚しても味が出て、とても気に入っています。本来ない場所にトイレを設置したり、キッチンを手づくりしていただいたり、本当にお世話になりました」
家族の成長とともにスタイルを変えられる家
完成した住まいに暮らし始めて5年。移住相談担当者やワークショップのおかげで地域にすっかりなじめた楠さん一家。一軒家だから、子どもたちが多く集う絵画教室も気兼ねなく、順調に開催できているようだ。そんななかで真白ちゃんはのびのび。家の中で走ったり、ジャンプしても「ダメ」と注意することはほとんどないという。ただ、中古物件はすき間が多いため、冬は寒く、夏は暑いというデメリットもあるが、冷暖房器具を取り付けるなどして解消した。
2年前には、かつて納屋だったところに菓子工房を設け、新たにクッキーを販売する事業も始めた。子どもはもちろん、家族が成長していくにつれ家の形を変えていけるのが、DIYができるこの事業最大のメリットかもしれない。
【各務原市】DIY型空き家リノベーション事業
貸主と借主のマッチングや契約までの流れを、各務原市、民間企業、大学、金融機関が四位一体となってサポートする借主負担DIY型空き家リノベーション事業。借主負担DIYとは、貸主が修繕義務を負わない代わりに安く貸し出し、借主が自費で修繕を行い、退去時は原状回復義務がない契約を指す。
問い合わせ/建築指導課 ☎︎058-383-7218
https://www.city.kakamigahara.lg.jp/life/sumai/1001774/1001775.html
【各務原市】オススメの空き家
DIY型空き家リノベーション事業ホームページでは、空き家情報を紹介。各エリアごとに分類され、間取り図や写真とともに物件カルテを掲載しているので、チェックしよう。
https://www.city.kakamigahara.lg.jp/life/sumai/1001774/1001776.html
一級建築士の大澤佳絵さんに聞きました!
各務原市の「DIY型空き家リノベーション事業」が子育て世帯にオススメな理由
<Q1> DIYは子どもにとってメリットはありますか?
<A1>
自らの手で自分たちの住む家をつくる体験には、たくさんの学びがあり、愛着を育むよい機会になると思います。
<Q2>リノベーションする際、子育て世帯がつくるべき空間はありますか?
<A2>
新築で家を建てるときは、「ここは子ども部屋。ここは寝室」といった具合に、そのときの家族構成に合わせて必要な部屋をつくることが多いのですが、空き家をリノベーションするなら、その建物の間取りに合わせて住み方を合わせていくことになります。子どもの年齢によって部屋の使い方は変化していきますし、実際に子ども部屋を使うのはほんの数年という場合も。柱や梁など建物の構造は残しつつ、壁を取り除いたスケルトンの状態にしてしまい、必要なものを順に加えていくという方法もオススメです。
<Q3>子どもがいるなら、やはり物件を購入して自分たちの財産にしたほうがいいのでは?
<A3>
新築の家を取得するのもいいですが、子どもの成長とともにライフスタイルが変化していくあいだは、何年かごとに住み方を変えるのもオススメです。予算を抑えてリノベーションし、子どもが巣立って家が広く感じるようになったら、部屋数が少ない家に住み替える。風の時代に合った柔軟な方法だと思います。
【各務原市】移住&子育て支援情報
移住、住まい、子育て相談など各課の窓口で子育て世帯を応援
移住相談や支援情報を発信する広報課窓口では、市内の不動産事業者と連携し、住まい相談を実施。希望に沿った物件の提案などさまざまな相談に対応する。下記のような子育て支援も充実。
各務原市の子育て・教育関連事業
- こんにちは赤ちゃん訪問事業
- 産後ケア事業
- ふれあい絵本デビュー事業
- 親子サロン運営支援事業
- 一時預かり事業
- こども医療費助成制度
- 病児・病後児保育事業
- ファミリー・サポート・センター事業
- 放課後児童クラブ(小学校6年生まで)
- かかみがはら寺子屋事業2.0
文/横澤寛子 写真/田中貴久 写真・間取り図提供/岐阜県各務原市
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