自然のなかで働きながら暮らせる場所を求めていた2人が出会ったのは、唱歌にも歌われる尾瀬。夫の寛明さんはそこで山小屋に荷物を運ぶ歩荷として働き、今年で27年。妻ののぞみさんは5年前に新規就農。豊かな自然のなかで充実の日々を送っている。
掲載:2023年5月号
山小屋を支える歩荷。尾瀬を歩けるのが喜び
登山者やハイカーの憩いの場である山小屋。山道を何時間も歩いてそこに着けば温かい食事と山の中で快適に一夜を過ごせる環境が整っている。歩いてしかたどり着けない場所に立つ山小屋に、ありとあらゆるものを運ぶのは、歩荷(ぼっか)と呼ばれる荷揚げ人である。慣れていない人にとってはただ歩くだけでも大変な山道を、多いときには100kgを超える荷物を背負って運ぶ仕事だ。
群馬県片品村に暮らす五十嵐寛明さん(46歳)は、日本最大の山岳湿地である尾瀬国立公園で、27年にわたって歩荷を続けている。
「生まれは福島県なんですが、高校で山岳部に所属していたこともあり、卒業後に尾瀬の山小屋で働き始めたんです。そのころ、尾瀬はちょっとしたブームでね。山小屋の仕事はとても忙しくて、山にいるのに山を歩く時間もないくらいでした。そんなとき歩荷さんを見て、毎日自然のなかを歩けるのがいいなと思って。歩荷が大変だと感じたことはないですね。それよりも尾瀬を歩ける喜びのほうが大きい」
妻ののぞみさん(40歳)は熊本県出身。自然が好きだったこともあり長野県の大学を卒業後、尾瀬の山小屋で働き始めた。そして、寛明さんとまったく同じような経緯で歩荷をやるようになった。線の細い小柄なからだからは、とても60kg近い荷物を背負って10km余りを歩く姿は想像できない。
「からだはやっぱりキツイですよ。でも嫌なつらさではないし、山小屋に着いたときの達成感とか、荷を下ろしたときの開放感とか、背中が軽くなった帰り道の景色とか、楽しいと思えることのほうが多かった気がします」
中古住宅を購入し、妻は新規就農
その後、2人は結婚し、のぞみさんは歩荷をやめて農家で働き始める。翌年には長男の睦泰くんが生まれ、その2年後に片品村で今の住まいである中古住宅を入手した。
「2年くらい物件を探していたんですが、ここは小・中学校へ歩いて行けるし、街の中心部にも近いので、田舎ながらに利便性がいいんです」と物件購入の決め手を語るのぞみさん。
築40年余りになる2階建ての家は、お風呂やトイレなどの水回りを改装し、一部の部屋の壁を抜いて空間を広げるなどの手
を加えて住みやすくした。
「古い家なので、冬は寒いですけどね。ストーブとこたつのある居間に家族で固まって過ごしています」と笑う寛明さん。
尾瀬の歩荷は、山小屋が営業する4月下旬から10月下旬までの仕事だ。歩荷のない冬の間、寛明さんは酒造会社で働いている。一方、のぞみさんは5年前に新規就農し、キクをはじめとした花卉と地域特産のハナマメを中心に栽培。手探りのなかで、ちょっとずつ軌道に乗り始めた。
2人が山小屋で出会ってから20年近くの時が流れ、睦泰くんはこの春中学2年生になり、次男の嵩倫くんは小学校に入学する。今年も間もなく山小屋の営業が始まる。草木が芽吹き始めると畑仕事も一気に忙しくなる。春の新緑、夏の青葉、秋の紅葉、冬の雪。山は季節の変化をはっきりと教えてくれる。
五十嵐さん夫妻に聞いた「山暮らし」のここがいい!
水がおいしい! 水道水は湧き水なんです
村を囲む山々に降った雪や雨が地下に浸透して湧出した水で、最低限の消毒でほぼ自然のままの水なんです。それから、いい山があるところにはいい川もある。釣りも好きなので、思い立ったときにすぐ行けるのがいいですね。大変なことはあまりありませんが、昔
の家なので冬は寒いのと雪は多いです。でも歩いて行ける場所に何でも揃っているし大きな不便は感じていません。
片品村移住支援情報
手厚い住まいや子育てへの支援で移住者を受け入れ中!
空き家&仕事バンクで情報を提供しているほか、定住予定者に1万円を上限として家賃の3分の1を最大36カ月補助する「片品村定住促進事業家賃補助」などの支援がある。高校生までの医療費補助や2歳児以上の保育料無料、第3子以上の出産に際し、1人につき祝金30万円など、子育て世代にうれしいサポートも。
問い合わせ/むらづくり観光課 ☎︎0278-58-2112
片品村田舎暮らし応援サイト「空き家&仕事バンク」https://katashina-iju.jp
文/和田義弥 写真/阪口 克
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