地元食材を使った献立のアイデアや栄養バランスの工夫などを競う「全国学校給食甲子園」。岩手県の遠野市学校給食センターは昨年の大会で特別賞を受賞した。市では独自の食育計画のもと、地元食材の活用や郷土食の継承を推進。学校給食が地域の農業に支えられながら農産物の需要アップに貢献する好循環をつくる。
掲載:2024年7月号
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岩手県遠野市 とおのし
岩手県南東部、北上山地に囲まれた盆地。遠野南部氏の城下町。人口約2万4300人、年平均気温11. 3℃。柳田國男の『遠野物語』で知られる民話のふるさと。稲作、畜産、野菜栽培のほか、ホップの栽培面積日本一。東北新幹線で東京~新花巻が約3時間、JR釜石線で新花巻~遠野は約60分。
給食甲子園入賞は長年育んだ地産地消の成果
昨年12月に開かれた「第18回全国学校給食甲子園」(21世紀構想研究会主催)の決勝大会には、全国1079の献立から12件が選ばれ、各チームの学校栄養士と調理員が集まった。遠野市学校給食センターは北海道・東北ブロックの代表として出場。県産のサケや山菜、遠野産の切り干し大根やエダマメを材料に選んだ献立で、「21世紀構想研究会特別賞」を受賞した。給食センターで料理長を務め、決勝に参加した運萬里花さんは言う。
「給食センターでは1日1700食以上を40人以上のスタッフで調理していますが、決勝大会では6食分を2人で仕上げ、制限時間1時間。勝手が違って大変でした。遠野の学校給食では地元の食材は普段から使われています。扱っていて鮮度のよさを感じますよ。子どもたちには、地域で穫れたものをおいしく食べてほしいと思います」
遠野市の学校給食食材に占める地場産物の使用割合は重量ベースで55.58%(令和5年度)。市の給食調理に携わって29年目になる運萬さんによれば、以前から地産地消は進んでいて、子どもたちの農家訪問なども行われ、食育への関心も高かったそう。そうしたなか、2013年には老朽化した市内2カ所の給食センターを統合、新たな施設として「総合食育センター〝ぱすぽる〞」が開設された。計画にあたっては、市民30人を委員とする懇談会が徹底議論。少子高齢化の時代を見据え、学校給食だけでなく、食育や地産地消の推進、高齢者への配食サービスなどの機能を持った施設の整備を決めた。
〝ぱすぽる〞の基本理念は「心と体の健康づくりと夢を育むおいしい給食」。施設内には最新の衛生環境と調理機器を導入した「遠野市学校給食センター」に加え、見学通路、調理実習のできる会議室、宅配弁当用の調理場も備えられている。また災害時、おにぎりを1日7500個×3日間炊き出しできるよう、非常用発電機も設置された(表1)。
遠野市学校給食センターの皆さん。決勝大会に出場した2人は、前列左から3番目の運萬里花さんと、4番目の黒田麻由さん。
朝、地元のブランド肉「亜麻豚(あまぶた)」を納品するのは市内で長年精肉店を営む笹村毅さん。「子どもたちに味わってもらえるのはうれしいです。まとまった量が使われるのは助かります」。
給食センターの見学通路から眺められる調理室。室内を乾燥させて衛生を保つ「ドライシステム」で、オール電化が採用され、2400食/日の調理能力を持つ。
大量調理の食品工場ともいえる給食センター。最新鋭の設備を備えるも、やはり頼みは人の力。1つの鍋で600食弱のカレーを煮込む。
日々の食材は校内放送で紹介。毎月19日は地産品の特別献立
市内の小・中学校では毎月19日は「食育の日」。給食の献立には地元産の旬の食材を選んだ特別メニューが組まれる。取材に伺った4月19日は端境期で遠野産野菜こそ入らなかったが、カレーには遠野に生まれ育つブランド肉「亜麻豚」が使われた。ご飯の米はこの日にかぎらず毎日遠野産。栄養教諭の黒田麻由さんは言う。
「毎日の食材などを解説した『献立メモ』を各校に配布し、給食の時間の校内放送などで紹介しています。食育の日には、私たち栄養教諭が学校を訪ねて直接子どもたちに話を聞いてもらったり。バランスのよい食事で子どもたちの成長を助けるのはもちろん、食生活の大切さや、遠野の食文化を伝えるのも、給食の役割です」
食材は毎朝8時前に給食センターに持ち込まれる。下処理室のスタッフが洗浄や下処理を行った後、調理室のスタッフが仕上げにかかる。できあがった給食は、各学級単位で指定された分量に仕分けされ、それらを積載したトラックが午前11時過ぎには市内16校に向けて走り出す。
子どもたちの給食のようすを知りたいと訪ねた附馬牛小学校は児童数32人の小規模校。市街地から10kmほど離れた山際の集落にある。食育を担当する養護教諭の八重樫満里奈さんは言う。
「教職員の間でも遠野市の給食はおいしいと好評です。いま、食育の面ではフードロスの問題について力を入れて取り組んでいます」
教室の壁には、学級として給食を食べきった日にシールを貼る記録カードが張られていた。おいしいうえに、どこで誰がつくったか、ストーリーもついた給食の完食率は高かった。
給食センターの入った“ぱすぽる”の建物の前から、できたての給食を積んだトラックが学校に向けて次々に走り出す。
山間部の入り口に位置する附馬牛小学校。スクールバスでさらに30分山奥の集落から通う児童もいる。
トラックから降ろされたコンテナを開け、学級ごとに分けられた食缶と食器を子どもたちの手で教室に運ぶ。
新1年生も自分たちで配食。入学後1週間の食育の成果。
新1年生は全部で7人。初めてのカレー給食は亜麻豚入り!
本日の献立。牛乳、ご飯、亜麻豚カレー、アンサンブルエッグ。ご飯、大鍋で煮たカレーが絶品! デザートのフルーツゼリーに感激!
附馬牛小学校の養護教諭、八重樫満里奈さん(左)と、副校長の髙橋伸幸さん。
黒田さんは給食中の各教室を回る。食べ物を身近に感じてほしいと、亜麻豚が近くの農場で育てられていることや、給食センターでの調理のようすを説明。
食育の日のほか、調理員さんや生産者さんが学校を訪れて子どもたちと一緒に給食を食べる「交流すまいる給食」も設けられている。
遠野市の給食「食育の日」のメニュー
5月 岩手の郷土料理「ひっつみ」
給食甲子園で入賞したメニューは昨年5月の「食育の日」の献立。水でこねて伸ばした小麦粉の生地をちぎって煮る郷土料理「ひっつみ」には山菜を入れ、サケはゴマ竜田揚げ、切り干し大根とエダマメはサラダにアレンジ。海山の恵みを感じるおいしい献立が評価された。
2月 遠野の伝統を食べて伝えよう「遠野早池峰菜」
遠野早池峰菜は附馬牛町の農家が代々採種を続けた在来種。寒さに強く冬においしい。流通量の少ない伝統野菜だが、地元農家の協力により、毎年給食で提供されている。
地域の農家が給食を支え給食が農家を応援する
献立のカレーに使われた亜麻豚が生まれたのは、附馬牛小学校からさらに10kmほどの山中にある北日本JA畜産株式会社の本社農場。年間3万頭を超す子豚を生産する繁殖農場は、繁殖を担う養豚農家の減少を補うため、09年に設立された。生後70日から後は、遠野市をはじめ県内の肥育農場で育てられる。豚肉のほとんどは、ストレスフリーな環境で育った安全安心なブランド品として首都圏のスーパーなどで販売されている。地元で流通する分が亜麻豚。社長の小原克也さんは言う。
「東京に本所を持つ全国農業協同組合連合会の子会社なので、地元での認知度は高くありません。給食での利用は子どもたちから皆さんに知っていただくきっかけとして、大変ありがたいですよ」
ダイコン、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、ホウレンソウなど、給食に使われる遠野産の野菜の納品を担うのは、市内の農産物直売所で組織する遠野市産直連絡協議会。給食野菜を担当する「夢産直かみごう」店長の似田貝和成さんによれば、納品日と数量が1カ月前から予定され、規格も決められた給食野菜には、直売所出荷とは違ったハードルの高さがあるという。
「市内には7カ所の農産物直売所がありますが、農家の高齢化が進むなか、給食用の生産を担う農家が限られてしまうのが課題です」
給食センターでは地元での収穫の旬に合わせた献立を工夫し、協議会と相談して発注しているそう。とはいえ年間で見ると市内産の野菜の使用率は全体の1〜2割。似田貝さんは、農家を増やし、注文に応えられる時期や品目を広げて、使用率をもっと高めたいという。
「給食野菜は取り組めばまとまった数量をコンスタントに出荷できて、これを中心にした農家経営も成り立ちます。寒暖差の大きい遠野で育つ野菜はおいしいです。新規就農を考える若い方、ぜひ遠野に来てください!」
学校給食と農家は、お互いに支え合う関係を保つ。遠野市では、給食の持つさまざまな力を引き出して、地域の元気度アップを目指している。
遠野市の給食を支えています!
夢産直かみごう
「春はゴボウやアスパラ、夏には10種類以上のトウモロコシが並びます。通行無料の釜石自動車道、遠野住田ICを降りてすぐ。ぜひお立ち寄りください!」と、店長の似田貝和成さん。
北日本JA畜産
「市の給食では亜麻豚を食材に使っていただくほか、毎年1回の無償提供もしています。農場は防疫対策のため山の中にありますが、最新の技術を取り入れた省エネ、環境保全型です。スタッフには市外から移住して働くメンバーもいますよ」と、社長の小原克也さん(集合写真前列左から3番目)。
【遠野市の子育て支援】
〇ファミリー・サポート・センター事業
子育ての手助けが必要な人と、手助けができる人とを結ぶ会員制のネットワーク事業。
〇地域子育て支援センター「まなざし」
親子で遊びたいとき、子育てで困ったときなど、無料で利用できる。
〇わらすっこの誕生応援事業
誕生のお祝いとして、市内の木材を使用した記念品と、任意の予防接種や病児保育、ファミサポ事業の利用料金などに使える1万円分の「わらすっこ応援券」を贈呈。
〇幼稚園、保育所、認定こども園などの副食費の免除および助成
国の副食費免除制度のほかに遠野市独自の助成により副食費を無償化。
〇放課後児童健全育成事業
児童館・児童クラブの利用時間終了後などに無料で学童保育を行う。全小学校区に1カ所設置。
〇わらすっこのおむつ支援事業
新生児訪問時または乳児健診時に紙おむつを支給。
〇病児等保育施設「わらっぺホーム」
病児および病後児を医療機関併設施設で一時的に預かる。
【遠野市の移住支援情報】
空き家バンクや長期滞在できるお試し住宅も
東京23区からの移住に世帯100万円(子育て加算1人につき100万円)、単身60万円を支給する地方創生移住支援金のほか、住居関連で、空き家バンク、空き家リフォーム助成金(上限40万円)、若者・移住者空き家取得奨励金(30万円)など、移住を対象にした各種支援を行っている。利用料1カ月当たり3万5000円からの遠野町移住お試し住宅もある。
移住に関するすべての相談はワンストップ窓口「で・くらす遠野」で対応。希望を聞きながら、必要なサポートを個別に行っている。オンライン相談も可(写真はイメージです。遠野市公式キャラクター「カリンちゃん」による相談は行っていません)。
「自然豊かでどこか懐かしい風景に囲まれた遠野で暮らしてみませんか?」
問い合わせ/遠野市観光交流課内「で・くらす遠野」事務局
☎0198-62-2111
https://dekurasu-tono.jp
【こども本の森 遠野】
子どもも大人もすてきなあの本に出合える
東日本大震災の際、沿岸被災地の後方支援活動拠点機能を担い、「文化財レスキュー」「献本活動」にも取り組んだ遠野市。建築家・安藤忠雄氏は、東北の復興のシンボルとして、子どもたちの未来のための本の施設をつくり、市に寄贈した。全国からの寄贈本を中心とした約1万3000冊は13のテーマに沿って配架され、子どもも大人もゆっくりと楽しめる空間。
JR遠野駅から徒歩7分の町なか、築約120年の旧呉服店を再生した木造2階建て。梁や柱などの一部に、当時の部材が再利用されている。
スタッフには保育士資格を持つ2人も。本を楽しむとともに、子育て相談にも対応する。未就学児から参加できるイベントも毎月開かれる。
文・写真/新田穂高 写真提供/遠野市、遠野市学校給食センター、北日本JA畜産
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