全国の学校給食の質や献立についてたびたび話題になる昨今。酪農と畑作が盛んな足寄町(あしょろちょう)では町内産や北海道産の食材をふんだんに使った大人もうらやましくなるような給食や授業を取り入れ、食育に力を入れている。この地域独特の〝ラワンブキ〞を使った野外授業と給食の時間にお邪魔した。
掲載:2022年9月号
足寄町でしか穫れないラワンブキの生産現場へ
食料自給率が2021年に1339%となった〝食の王国〞十勝。日本全体がわずか37%という事実を考えると、平均値を押し上げ日本の食卓を支える食料基地といえる。その一翼を担う足寄町には螺湾川(らわんがわ)沿いを中心に巨大なフキが生育し、〝ラワンブキ〞と呼ばれる食材として古くから生かされてきた。
特産品となっているそのフキを畑で生産し、小学生に向けた授業を毎年行っているのが鳥羽(とば)農場。2年生の生活科で青空授業を開催する日、農場を訪ねると、2台のバスから37人の子どもたちが続々と降りてきた。
「おはようございまーす!」と元気いっぱいな挨拶の声が響く。
「このちっちゃい苗、なんだかわかりますか〜? この苗が大きなフキに成長します」
小さなポット苗を代わる代わる手に取り、子どもたちは興味津々。手づくりのイラストを見せながら十勝の農産物とフキの成長について優しい言葉で説明する鳥羽昇子(とばしょうこ)さんは、2002年からこの授業を行っている。
「本州にも生えているアキタブキの一種とされていますが、ラワンブキの大きさは2メートル以上。自生でそこまで大きく育つのは道内でもなぜか足寄町の螺湾地区だけです。螺湾川の水のミネラルが関係しているんじゃないかという説もあります。洪水などで数が減り、今は天然物はほとんどありません」
鳥羽さんがそう教えてくれた。足寄町だけで穫れる貴重な食材を子どもたちに伝えて20年、社会人になって地元を離れた子から「ラワンブキを送って」と連絡があることも。故郷の食を思い出してくれることが何よりうれしいそうだ。
絵本のようなフキに触れ穫れたてを給食に
授業は場所を変え、実際の畑へ。大人の背丈も優に超すラワンブキが、森のように広がっていた。絵を描くため、子どもたちがフキのジャングルの中に分け入る。その姿はまるで、アイヌの伝説に登場するフキの葉の下の妖精〝コロポックル〞だ。
「なんで白い毛が生えてるの?」と、茎を覆うフワフワした毛のようなものに質問が飛ぶ。
「よく気づいたね! フキは水が好きだから空気中の水分を集めてるのかな?」と鳥羽さん。観察することで植物の生命力に触れ、それを口にして生かされていることを自然に感じていく。
現場には学校給食をつくるスタッフも訪れていた。子どもたちの食の安全を担う彼らが、調理に使う食材を自分たちの手で収穫までするのだという。
どちらかといえば大人が好む香味の山菜だが、鳥羽さんがゆでたフキの試食体験に、「シャキシャキでおいしいね〜!」「もっと食べたい!」と声が上がる。町を代表する特産品ながら「初めて食べた人は?」との質問に、なんと7割くらいが手を挙げた。
「山、川、海、畑でとれるものには食べておいしい時期、旬があります。皆さんは旬のわかる大人に育ってくださいね」
青空授業は鳥羽さんのそんな願いで締めくくられた。
給食で感動を与えたい! 現場スタッフの熱い思い
学童保育所だけでなく家庭内での有料保育を含めた保育料の完全無償化、中学生以下の医療費全額無料など子育て支援に力を入れる足寄町は、給食センターを改築した2015年度から学校給食も無償化に踏み切った。
「小中学校だけでなく公立高校まで給食が出る自治体は全国でも珍しいと思います。秋のふるさと給食月間では羊肉やハチミツ、シイタケ、長芋など町内の特産物を軸にした献立を考えています。また、ラワンブキ青空教室のほかにも、中学校では生徒が選んだ地元食材でピザづくりをしたりと、小中学校独自の食育も盛んです。札幌からシェフを招いて地場産食材のフランス料理フルコースを振る舞う中学卒業記念の食事は、有志の地域おこしグループが企画したもので、皆さん楽しみにしているようです」
翌日訪れた足寄町学校給食センターの所長、赤間教儀(あかまのりよし)さんはそう話す。生産者の圃場(ほじょう)をスタッフが訪ね、直接取引するなど、学校と地元農家との関係も深い。2020年11月に行われたふるさと給食月間の地場産率(道内産含む)は、食材数ベースでなんと63 .7%に上るという。
7年前にリニューアルした給食センターは機能的で美しく、玄関を入るとすぐに、大きな壁面ガラスから清潔に整えられた調理場の中を見渡すことができた。てきぱきと立ち動くスタッフは皆、プロの料理人の顔つき。入念に味見を繰り返し、安全や栄養だけでなく「おいしい」と思ってもらえることも大切にしていることが伝わってくる。
この日のメインは鳥羽農場のラワンブキ入りタコライス。給食メニューは500種類前後あり、鳥羽農場にも足を運んでいた栄養教諭の辻陽介(つじようすけ)さんを中心に、スタッフみんなでバランスや予算を考えて決めているという。同じく畑でお会いした調理スタッフの廣田裕美(ひろたひろみ)さんに、わざわざ農場へ赴き収穫までする理由を尋ねてみた。
「自分たちで収穫したほうがよいフキを選べますし、穫れたてをすぐに使えますよね。下処理済みのものを買うと子どもたちが食べやすい食感に仕上げることができないし、大きいものを選べばスジ取りなどの作業効率もよくなります。それに、直接取引したほうが仕入れが安い!」
無償化したからこそ、限られた予算の中でのやりくりも要求されるのだろう。ニンジンやトウモロコシ、カボチャなども圃場へ収穫に行くそうだ。
「残さず食べてもらえたときが一番うれしい。食べ残しが多いときは必ず原因があるので、味の調整や香りを再考します」と廣田さん。ただつくるのではなく、新鮮でおいしく安全な給食をつくることへの使命感が、言葉の端々ににじみ出ていた。
大盛り希望者も続出!楽しい給食の時間
給食センターと渡り廊下でつながった足寄中学校は、地場産の木材が各所に使われた温もりあふれる明るい空間。職員室の前に置かれた黒板に、本日の給食メニューがレストランさながらに記されていた。
待ちに待った給食の時間、給食当番のほかに「ボランティア」と呼ばれるお手伝いの生徒も自主的に手伝いながら、並ぶ生徒たちに食事をよそっていく。
全員に給食が行き渡り、「いただきます」の挨拶のあと、先生から「大盛り希望の人!」のかけ声。一斉に希望者が並び、あっという間に保温コンテナや鍋がカラになった。
タコライスは人気があり、フキ入り以外でも頻繁に登場するメニュー。この日は刻んだフキやミニトマトもたっぷりのり、生徒たちは「おいしいです!」と元気にもりもり食べていく。
おなかいっぱいになった昼休みには、吹き抜けのホールに置かれたグランドピアノで生徒の自由な演奏会が始まり、コンサートホールのようにギャラリーが集まった。豊かな食に満たされ、仲間との時間を共有し、十勝の自然のなかで、子どもたちはのびのびと育っている。
足寄町移住支援情報
十勝の雄大な自然と暮らしやすさを両立。移住体験住宅は1日1500円
美しい山並みや清流、温泉も楽しめる足寄町。中心部には道の駅や大規模な公園、地産の食材を生かした飲食店、生活用品を扱う店舗や町立病院も揃っている。Wi-Fi完備の移住体験住宅を3棟設置しており、足寄町での暮らしを快適にお試しできる。期間は4日〜3カ月、光熱費込みで1日1500円(10月〜翌4月は暖房費1日500円追加)。
問い合わせ/総務課企画財政室 ☎︎0156-28-3851
足寄町の子育て支援
- 出産祝い金(第1・2子10万円、第3子以降20万円)
- 保育料無償
- 学校給食無償
- 中学生以下の医療費を所得制限なしで全額助成
足寄高校に通う生徒へは通学支援や下宿開設、受講料無料の公設民営塾も。カナダ・アルバータ州ウェタスキウィン市と姉妹都市であり、高校生によるオンラインカナダツアーなどの交流で国際感覚を身につける教育支援も行っている。
「足寄で子育て」https://www.town.ashoro.hokkaido.jp/kosodate/
文/春日明子 写真/崎 一馬
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