「日本一女性が住みたくなる町へ」を合言葉に、子育て世代に向けた手厚い政策を展開する長野県飯綱町。セミナーやコワーキングスペースで働くママをサポートする「みつどんのお家」や、スタッフの育児を尊重する町内のオフィスを取材した。
掲載:2023年3月号
女性の多様な働き方最初の一歩のきっかけに
県都・長野市の北側に位置する飯綱町は、北信五岳の1つである飯縄山(いいづなやま)山麓の緩やかな丘陵地に広がる小さなまち。リンゴの名産地として知られ、町内で栽培されているリンゴはなんと50種類以上。公式のゆるキャラは蜜がどーんと入ったリンゴの妖精「みつどん」で、まちの子どもたちから絶大な人気を誇る。
そんなキャラクターの名前を冠した「みつどんのお家」は、2021年にオープンした子育て世代支援施設。子育て支援センターと託児所付きワークセンターが一緒になった、まちの働くママをサポートしてくれる場所である。
「飯綱町では『日本一女性が住みたくなる町へ』を合言葉にした政策を展開してきました。その一部としてお母さんの働きの支援を担っているのが、2017年に立ち上げたワークセンターです」
そう話すのは、教育委員会こども子育て未来室の大山多恵子さん。
「当初から、ワークセンターでは求人紹介や就労相談、在宅ワークに必要なパソコン中心のスキルアップセミナーなどを行ってきました。さらに、近年では仕事の多様性にも注目。『自分らしい働き方と子育ての両立をサポートすることが、女性が住みたくなるまちづくりにつながる』という意識で、女性、特にお母さんたちのさまざまな働き方を支援する事業を実施しています」
令和3年度は「好きなことを仕事に」をテーマに、女性の起業を支援する「わたしの小商い講座」を開催。全6回のセミナーを通じて、8人の参加者がやりたいことを整理し、仕事につなげるアイデアの出し方やビジネスモデル構築を学び、4カ月後にはまちの有志メンバーが主催するマーケットイベントに出店できるまでになった。その結果、参加者全員が好きなことを収入につなぐ第一歩を踏み出し、その後もそれぞれの活動を続けているそう。
「みつどんのお家の2階にはワークスペースと創作室があり、仕事や作業をするために利用することができます。また、働く子育て世代向けの各種セミナーも開催。移住してきた方がセミナーに参加することで、地域とのつながりをつくることもできます。1階は子育て支援センターと託児スペースが併設されており、お母さんが館内で仕事をしている間は保育士が子どもをケア。この施設で、子どもの成長はもちろん、スキルアップや仲間づくり、人生についてゆっくり考えるなどして、お母さんも成長してほしいと思っています」(大山さん)
小商い講座がきっかけで「自分」を思い出す
2歳の息子を持つ古川葉子さんは、小商い講座がきっかけとなり、自分の好きだったことをあらためて仕事にしたひとり。多摩美術大学を卒業し、中之条ビエンナーレなど、国内外で出展した経歴を持つ古川さんは、結婚し産後まもなく飯綱町に移住。呼ばれ方が「古川さん」や「葉子さん」から「奥さん」、「かずくんママ」に変わり、「自分が透明になって、アイデンティティが揺らぐような」感覚になったという。
「そんなとき小商い講座に参加して、これまでやってきたことをたどるうちに、自分がどんな活動をしてきたか、作品を生み出すことが自分にとってどれだけ必要なことだったのかを思い出しました。そして講座の中で、『3年後に胸を張って〝私は彫刻家です〞と言えるようにする!』という目標を決めたんです」(古川さん)
美術作品のほか、子育て経験を生かして木製の離乳食カトラリーなどの制作も開始。自宅でも作業するが、息子のかずくんをみつどんのお家の託児所に預け、2階の創作室で木彫することも多い。
「同じ施設内にいることで安心感もありますし、保育士さんやお友達とこんなふうにかかわっているんだということが知れてうれしいです。窓からお散歩風景が見えたりすると、癒やされます(笑)」
2階から木を彫る音が聞こえてくると、かずくんは「ママ、トントン」と木づちのまねをすると、あるとき保育士さんが教えてくれた。お互いに家族の気配を感じながら過ごせる施設を運営できるのは、小さな町の強みなのかもしれない。
子育て中のスタッフを会社が全力でサポート
旧小学校を利用した「いいづなコネクトWEST」は、食堂やコインランドリー、企業のオフィス、サッカー場などが集まる複合施設。長野市に本社があるコーティング剤の総合メーカー、株式会社サフィックスの飯綱オフィスもテナントとして入居している。
元教室を改装した部屋に入ると、作業スペースと同じくらいの広さにフロアマットが敷かれ、子どもたちがおもちゃの車やお絵描きなどで遊んでいた。
「面接時に社長から、『この会社では、子連れについて文句を言わないことがルールです』と言われました。小さな子どもがいることを話すと、『幼稚園のお迎えの時間に合わせて仕事時間を決めていいよ』とも。だから、4人のスタッフがいますが、勤務時間はバラバラなんです」
そう話すのは、6歳の娘を連れて出勤中の長澤詠子さん。
就労時間には子どものお世話をする時間も含まれているので、必要なときに作業の手を止めてあやしたり授乳したりしてもいいし、子どもの行事には休暇をもらうこともできる。子どもが急に熱を出しても、快く休ませてもらえる。
「幼稚園や小学校が長期休みのときに、子どもを連れて出社できるのもうれしいです。一緒にいられるし、スタッフみんなで子どもを見守れるので安心です」
1歳の息子をあやしながらそう話すのは、小山京子さん。
「子どもが熱を出して休むとき、どうしても罪悪感を持ってしまいますよね。それが、『大丈夫だよ』というみんなの言葉がけで救われます」(小山さん)
本社勤務の杉浦花音さんも、「2歳2カ月の子どもを連れて出社しています。なんなら子連れで営業にも行きます(笑)」と話す。
「社長も2児の父親で、人材をとても大切にする人です。子どもが小さいから働けないお母さんの中にも素晴らしい人材がいて、そういう人が活躍できる場をつくるために、子育てしながら気持ちよく働ける会社にしたそうです」(花音さん)
育児を尊重した勤務形態が評価され、令和4年度の長野市男女共同参画優良事業者にも選ばれたサフィックス。幼稚園など受け入れの場を増やすだけでなく、企業が柔軟に対応することでワーキングママの活躍の場が広がる好例だろう。
まだある! 飯綱町の働く女性へのサポート
ママと企業をつなぐ就職イベントも
飯綱町ワークセンターでは、働く意欲のあるママと近隣の企業とのマッチングを図る「お仕事マッチングイベント」を毎年開催。就職を希望する人だけでなく、将来の仕事について参考にしたい人も参加可能だ。子育て中のママたちが「好きなことを仕事にしているママ」と交流しながら学べるセミナーやマーケットなどのイベントも開催。また、みつどんのお家で月1回程度開催される「ミシンカフェ」は、ミシンを使って小物をつくるワークショップ。ミシンを使い慣れていなくても、スタッフがていねいにサポートしてくれる。ほかの参加者とワークグループをつくり、作品をイベントで販売しても楽しそうだ。
飯綱町の子育て支援
学用品を買う前にリユース品をチェック
若者世帯と子育て世帯の賃貸住宅の家賃に対し、最大3年間の助成がある。みつどんのお家内子育て世代包括支援センターでは、妊娠初期から子育て期にわたって切れ目のない支援を実施。妊婦教室や乳児健診、離乳食講習会も実施している。コミュニティスペース「ZQ(ズク)」は、学用品リユースの拠点。卒業やサイズアウトで不要になった制服などを使いたい人につなげるエコでお得な取り組みだ。教室やサロン、交流会なども開催されるので、友達づくりにも。
飯綱町の移住定住支援情報
1週間利用可能な古民家の体験住宅あり
テレワークやワーケーションにも対応した古民家の移住体験用住宅があり、移住を検討している人は無料で利用可能(清掃料別途、寝具のレンタルは有料)。移住・定住を目的とした住宅の購入やリフォームに対して補助金もある。オンライン移住相談は、土日や平日夜も対応可能(要予約)。農家民泊や援農制度(ワーキングホリデー)も好評だ。
飯綱町 問い合わせ先
教育委員会子ども子育て未来室 ☎026-253-4769
企画課人口増推進室 ☎026-253-2512
https://www.town.iizuna.nagano.jp/ijuportal/
文/はっさく堂 写真/村松弘敏
写真提供/飯綱町、飯綱町ワークセンター
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