海・山の幸に恵まれた“美(うま)し国”三重県のなかでも、古くから大和や京の都に通じる街道の要衝として栄えた伊賀市。大阪でパン店を営んでいた夫妻は、適度な利便性と豊かな自然環境を兼ね備えたこのまちでの再出発を決めた。
掲載:2023年6月号
【三重県伊賀市(いがし)】
伊賀流忍者や松尾芭蕉のふるさととして名高い、人口約9万1000人のまち。江戸時代には城下町や伊勢神宮参詣の宿場町としてにぎわった。鈴鹿山脈などに囲まれた盆地の気候が伊賀米や伊賀牛といった特産品を育む。大阪、京都、名古屋から車で約80分。
仕事だけの生活に疑問。物件探しに悪戦苦闘
マームベランダ
武藤邦弘(くにひろ)さん・晴美(はるみ)さん
武藤邦弘さんと晴美さんはともに大阪府出身。邦弘さんは兄と京都でケーキ&パン店を立ち上げたのち、独立して大阪で晴美さんと「パン工房 マームベランダ」を開業。11年間の経営を経て移転を決意。
伊賀上野城がそびえる中心市街地のほど近く、田園風景を見晴らす国道沿いに「パン工房マームベランダ」がたたずむ。切り盛りするのは、2017年3月に移住した武藤邦弘さん(48歳)・晴美さん(46歳)夫妻。
大阪では駅前に店を構え、多くのスタッフを雇って忙しい日々を送っていたが、体力的な限界を感じていた。「このペースだとあと10年も続かないと思いました」と話す晴美さんに対し、邦弘さんもこう振り返る。
「週1回の定休日も仕込みがあるから半日しか休めず、睡眠は2〜3時間。高い家賃や人件費も負担に。仕事だけの生活に疑問を感じ、移住を決めました。田舎でのんびり暮らしたいという憧れもありましたから」
選んだ伊賀市は、晴美さんの妹が先に移住していたことがきっかけだが、訪れると個性的な店が多く面白そう。大阪の常連客にも足を延ばしてもらえる場所であるとともに、のどかな田舎の雰囲気にも魅せられた。
当初今とは別の物件を借りたが、予期しない問題が発生。
「大黒柱が切られていて補修に多額費用が必要だと判明し、別の物件を探す事態に。その間も厨房機器を預けている費用が発生し、本当に焦りました」
と、邦弘さん。半年ほど物件を探し回り、ようやく不動産会社から紹介されたのが今の物件だ。敷地からの眺めも、名阪国道上野インターから車で約2分という利便性も、申し分なかった。まずは来客用駐車場を確保するため離れを減築し、2LDKの自宅にリノベーション。傷んだ母屋は解体し、店舗を新築して10月に開業した。スロースタートを考えて告知は一切しなかったが、新しいもの好きな地域の人たちが噂を聞き付け、初日から大盛況の船出となった。
無理せず店を営みながら、オフは近隣の自然を満喫
パンづくりへのこだわりを邦弘さんは次のように話す。
「例えばフランスパンなどのハード系は、誰もが食べやすいようやわらかめに。かみしめたときの深い味わいと風味が感じられるよう、北海道江別(えべつ)産の小麦粉を採用しています。そのほか地元の三重県産小麦粉も取り入れ、米麹、ブドウ、ライ麦などの自家製天然酵母も、パンによって使い分けています」
オススメ商品の1つの長熟バゲットは、外がカリッと焼き上がり、中身はモッチリ食感。香ばしいカレーパンは、キーマカレー用のタマネギを自家栽培。定番の約50種類のパンに加えて、毎月第1土曜に伊賀上野地域で開催される「伊賀上野まち百貨店」に参加し、その日限定のパンが毎回登場する。
「経営は順調で、製造を抑えているくらい。無理をしたらここへ来た意味がありませんから」
と、晴美さん。移転後は週休2日を実現し、邦弘さんは趣味のマウンテンバイクや山登り、晴美さんは仲間とのカフェ巡り、さらに市内の温泉での湯あみなどを満喫。憩いの環境が身近にあり、2人とも顔色も体調もすっかりよくなったそうだ。
パン工房 マームベランダ
住所:三重県伊賀市木興町2160-2
☎0595-51-6996
営業時間:7:00~17:00
定休日:水・木曜
Instagram:@maam_hm
田舎でお店を開くためのアドバイス
出店候補地のリサーチは何回もしたほうがいいと思います。私たちも、交通の利便性を調べたり、同業のお店を訪れたり、時間帯によるまちの様子を確かめたり。その結果、周辺のお店の多くは18時ごろに閉まるので、そんなに遅くまで営業する必要はないと判断しました。
利用した開業支援&補助金▶空き家取得の補助金は対象外でしたが、商工会議所からの事業開始に対する50万円ほどの助成金を利用。また、商工会議所の部長さんが私たちの以前の経営実績を評価して保証協会や銀行に声をかけてくださり、なじみのない地域でも融資をスムーズに受けられました。
伊賀市移住支援情報
移住コンシェルジュが手厚くサポート!
大阪、京都、名古屋から車で約80分の距離にあり、「豊かな自然に囲まれながらほどよく便利な生活ができるまち」として県内有数の移住実績を誇る伊賀市。移住前から移住後まで移住コンシェルジュによる継続したサポート体制が整っているほか、移住に関する各種支援金も充実している。今年度からは奨学金等返還支援金制度もスタートした。
問い合わせ先:伊賀市地域創生課 ☎0595-22-9680
https://www.city.iga.lg.jp/style
文・写真/笹木博幸
この記事のタグ
田舎暮らしの記事をシェアする