関ジャニ∞の村上信五がサラリーマンになる――。それは、かなりインパクトのあるニュースだった。ジャニーズ事務所所属のアーティストとしてエンタメ業界を疾走して来年で20年。親しみやすい人柄と安定したトーク力でMCに引っ張りだこの彼が、なぜ!? しかも今年4月から所属するという「ノウタス㈱」は、農を楽しむ〝アグリテインメント(農+エンターテインメント)〞の企画開発をする会社。気になる! プロジェクト始動を知らせる記者会見に向かった。
掲載:2023年9月号
前代未聞?のサラリーマン・アイドル誕生
「きっかけは、ラジオ番組のゲストによるオフ会でした」
この日、黒縁メガネをかけた村上信五さんは、同僚とお揃いの鮮やかな紫のTシャツ姿。スター然とした華やかなオーラは潔く封印、驚くほど周囲になじむ。ドームツアーで数十万人を動員するスーパーアイドルグループのメンバーだというのに。
会社全体の事業説明を担った髙橋明久社長のあとに登壇。画面に映し出される資料を手慣れた様子で操作しつつ、笑いはごくごく控えめに、出席者の目線をしっかり捉えながらプレゼンしていく。その安定感よ! 会見後、ゆっくりお話を聞いた。
まるで熟練の敏腕営業マンですね!と会見の感想を伝えると、「ほんまですか? プレゼンはまったく初めてで。人前に出る機会は多いですけど、全然別もんやと思ってましたから」と村上さん。膝の上で手を組み、静かに語る姿はまさにサラリーマン! アイドル×サラリーマン、この聞いたこともない組み合わせはいかにして実現したのだろう?
きっかけのラジオ番組というのは、『村上信五くんと経済クン』(文化放送)。そこにゲストとして来たのが、ノウタスの髙橋社長だった。
「オンライン果物狩り」、農作業と温泉旅館でのワーケーションを組み合わせた「農+ワーケーション(ノウタスワーケーション)」、購入後に最低価格以上で支払い額を決められる〝あと値決め〞という仕組みを採用した「ノウタスモール」と、農業関連のデジタルサービスを手がけていた。
「そのあと実際に自分の目で見てみたくて、ノウタスの社員がいる長野へ行ったんです。ピンポイントで行けるタイミングがあって、日帰りで。プライベートですから、自分で車を運転して行きました。大正時代から続く農家さんにお邪魔して、奥さまともお話しさせていただいて」
ラジオ番組のゲストによるオフ会も催され、実家がブドウ農家という参加者から現状を聞いた。シャインマスカットの中国・韓国への流出、農家の担い手不足と問題は山積みだった。
「もともと農業に興味があったわけではありません。でも、エンターテインメントの世界に身を置く自分が、何か協力できないだろうか?と。髙橋から、会社立ち上げの思いを聞いたときもそう。彼も実家が農家で、このままでは家業を続けられない。でも本人は東京で外資系のコンサルティング会社に勤務していて、自分が畑に毎日出るわけにはいかない。その、身近な人を助けたい!という思いが心に刺さりました。でも中途半端にかかわりたくはないなと。そこでCMをやらせていただくというような一過性のものでなく、この気持ちをカタチにする着地点はないものかと」
農家さんに潤ってほしい! その一心で走り始めた村上さん。とはいえ事務所に話を通すのも大変ですよね?と聞くと、「そこは……このプレゼン能力のおかげちゃいます?」と笑わせる。
「関ジャニ∞の案件を話しに行った流れで、〝最近こんな話で盛り上がって〞とさっきのプレゼンのような流れで話をしたんです。すると、〝ブドウ?〞と言われました。〝はい、ブドウです〞〝ブドウを、どうするの?〞と(笑)。それで経緯を順序立てて話し、TOKIO兄さんが『ザ!鉄腕!DASH‼』(日本テレビ系)で農業に携わったようなカタチでできないかと」
そうして、非常勤のサラリーマンにしてアイドルという異例の形態が成立する。周囲の反応はどうだったのだろう?
「ちょっといぶかしげでした、そんなに儲けたいんかい!という話になりがちで(笑)。もちろんアイドル活動が主体で、本業には絶対に迷惑をかけないというのが大前提です。だから今回のプレゼン資料をつくるのも空き時間に楽屋で、スタッフやメンバーに見られないように。新曲のPRのときは、ここで会社の名刺を配れたらラクやな……と思ったけど」
村上さんはブドウの生産から加工、ブランディング、流通・販売までを手がけるプロジェクトの開発リーダーとなる。関ジャニ∞での自身のメンバーカラーである紫+村上&マスカットのM=「パープルM」。 「こんなふざけた名前をおもしろがってくださって」と言うが、なんともインパクトあるプロジェクト名。
そのスタートダッシュがまたすさまじい。複数の人で木を所有する「シェアツリー」、高級品種を手軽に味わえる「粒売り」、流通に乗らないブドウを使ったフルーツビールへの加工などが、すでに実現に向けて動き出している。また木材店と組み、裏山で取れる木材のみを使った木箱に、同プロジェクトを紹介する絵本とブドウをセットした〝リアル宝箱〞を開発。
「僕がサラリーマンになると知り、いろいろな人から連絡をいただきました。そのなかに〝富裕層に勢いがあるから、シンガポールで展開したら?〞と勧める人がいて、それとは別に現地に長く暮らす知り合いも。まあ行ってみないとわからんよなと」
そうしてシンガポールに飛び、輸出販売への道筋までつけたそう。やはり敏腕!
「今のところなかなかラッキーやなと。役者さんが〝普通に生活していたら経験できない、いろいろな人生を生きられて幸せ〞と言いますよね。でも僕はアイドルとサラリーマンと、現実で2つできてるやん!って(笑)」
ブドウの新種開発は長期的視野で
この特殊な二足のわらじを履くことで、改めて社会人として学ぶことも多いそう。
「中3でエンタメの世界に入ったので、自分が考える普通が世間一般の普通ではないと感じることもあって。例えばイベントや番組収録で、僕らは普段、スタッフがつくり上げた企画を仕上げにいくのが本業の1つ。そうして、人前に立つ人間としての責任が生じるわけです。今回、その対極を経験させていただきました。スタッフの気持ちがめっちゃわかった。企画書1つをつくるにも、ノウタス側とジャニーズサイドとそれぞれOKをもらう必要があって。こんなに確認せなあかんのか!と」
それ、サラリーマンになりたての誰もが痛いほど味わうやつ!
「でもサラリーマン・アイドルなんて前例がないから既存のやり方にあらがう、というのでもなくて。それぞれの組織のルールの中で、できることをやればいい。だから僕は何も壊していません、整理しているだけです」
プレゼンの資料づくりを本当に自分の手でやったからこその実感がこもっている。
「そりゃ〜大変でした、資料づくりのソフトなんて使ったことがないですから。普段は後輩の舞台をプロデュースするにしろ、自分たちのグループで配信をやるにしろ、打ち合わせでは〝こんなことがやりたい〞という画が浮かび、それを口頭で説明し、それを作家さんが台本にします。今回は、そのまったく逆をせなあかん。頭の中ではシミュレーションができていて、全部を10分でしゃべれる。でも普段使うパソコンと機種が違い、写真の挿入の仕方がわからない。そんなことがストレスになり、何十時間とかかってしまって。しゃべったほうが早いわ!と(笑)」
おかげで企画書を見る目も変わったそう。
「本業で頂く企画書って、新番組でも特番でもパワーワードが並びます。エンタメ業界ですから、インパクト重視の面もあって。〝だからここに黄色を使ったのか。文字のサイズを変えよった!〞とか気づくように(笑)。それで今回のような資料には、正しいデータを入れ、専門的な話題には説明を挟む必要がある。いろいろ考えてつくるうち、画面上に情報があふれてしまったり。ケースバイケースでしょうが、そのあたりの塩梅がまだわかりません。でもすべてが新鮮です、子どもが新しいおもちゃを与えてもうたみたいで」
資料づくりもこれほど手探りなのに、多くの事案が着実に進んでいるのにも驚かされる。
「確かにスピード感があります。周りのメンバーの理解力の速さのおかげです。それで基本、NOがないんです。〝いきなりは難しいけど、ここまでやってみましょう〞と、前に転がすのを前提で話を聞いてくれます。例えば栽培しやすく、おいしいブドウってできないですか?という僕の思いつきにもそう。いざ動き出すと、ブドウの新種開発って本当に大変で……。農家さんのために、という意味ではひどく遠回り。花粉交配による方法は、1年のうち3〜5日しか作業ができなかったりするんです。でも交配技術と遺伝子研究の専門チームが発足、専用の試験場も確保できそうで、新種〝パープルM〞の誕生も現実味を帯びてきました。今は流通ルートを含め、下準備をしている感じです」
ブドウに携わるプロなら、大変な新種開発は思いつきさえしなかったかも。そもそも、変化や展開がスピーディなエンタメ業界に長年身を置く村上さんだからこその面もありそうだ。
「例えばビール工場へ行っても、限られた時間の中で、ビールづくりの工程はこうで、先方はこういう人柄で。相手が伝えたいことがあるなか、こちらが引き出したいことを要点を絞って聞いていく。ひょっとしたらそうしたことは、バラエティのロケでの経験が強みになっているかもしれません。今そう思っただけですけど……そこそこいいリアクションもできますし(笑)。クラフトビールの工場って公民館の一角でやっているような感じで。工場の設備とか、めちゃくちゃ食いつきましたもん」
好奇心に満ちたあの真ん丸い目で、「これ何に使いますのん?」なんて聞かれたら、工場長も喜んで教えてくれるだろう。
「やっぱり、新鮮なんですよ。しかもラッキーなことに、僕って人より興味の振り幅が広いのかも。だから極力ネットで調べず、その場で単純に気になったことを聞く。感じたこと、心に残ったことをアウトプットします」
それはちょうど、村上さんのMCに感じることだった。なぜか、いつも台本の存在を感じない。その瞬間の感覚へ正直に、嘘がないように自分の言葉で語るよう。だから画面を見るこちらの感覚もそれにシンクロし、話にスッと入り込める。
「それ多分、台本が覚えられないからですね」と、村上さんはトボける。
「マツコさんとも、そのことをたまに話すんですよ。きちんと決められたことを話すのはアナウンサーさんの仕事で。それ以外にそういうスタイルの方はもちろんいますが、僕は下手くそなんです。〝この通りにしゃべってと言われると構えてしまい、自分の思いをきちんと届けられないと思う〞病かも。大阪時代からの、西の文化かもしれません。自分のリズムで話す、そのスタイルを許していただけるのはありがたいです」
しかも音楽もスポーツも経済も、手がける内容は幅広い。「言われてみると……僕、スゴイですね」と真顔で言う。確かにスゴイ。歌って踊ってバンドをやって、MCもこなす。役者としていろんな人間を演じ、舞台をプロデュースすることもあって、そもそもアイドルってなんでもできる人たちだろうと思っていたが、それは確信となった。
「でも普段司会をするとき、じつは僕自身はあまりしゃべっていません。相手にしゃべってもらおうとします。今回のプレゼンも、さまざまなプロフェッショナルの方に教えていただいたことを自分の中に落とし込み、自分の言葉に換えただけ。代弁者、くらいのイメージですね」
新種「パープルM」はシャインマスカットがブドウ業界に革命を起こしたように、旋風を巻き起こすだろうか?
「夢物語ではなく、長期的な視野で取り組みたい」と語る村上さんが、もはやスーパーサラリーマンに見えてきた。
「たまたまですけど、じつは髙橋も僕と同じ高槻出身で。水がキレイでシイタケ栽培が盛んな地域もあるから、ブドウ栽培もいけると思うんです。そうなったら髙橋とつながったこの縁に、より意味が生まれます。それで今後、新たな農家さんやその道のプロとご一緒できることがあるかもしれない。そんなふうにワクワクすればするほど、本業をちゃんとやらないとな、と思うんです。そうじゃないと、説得力がなくなりますので」
文/浅見祥子 写真/鈴木千佳
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