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田舎暮らしの本 5月号

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田舎暮らしの本 5月号

3月3日(月)
890円(税込)

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移住にオススメなまち/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(46)【千葉県八街市】

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 9月20日。「あなたの自己肯定度は高い? 低い?」。午前中は昨日までと同じ、強い光と蒸し暑さだった。天気予報では夕刻から雨になるとのこと。しかし空を見ると信じがたい。念のために発芽間もない大根などに水やりしておいた。さて、秋ジャガはどうだろうか。春のものに比べて収量が少なく、面積を取る割には経済効率が良くないが、ジャガイモは基本野菜。3か所に分けて作っている。本来、冷涼な気候を好んで育つジャガイモ。連日の強い光と34度という高温にどれだけ辛い思いをしていることか。

 一昨日、ロシアのダーチャのことを書いた。今日、畑の見回りでジャガイモの様子を検分していて再びモスクワのことが思い出されたので書く。19歳、東京銀座の映画館で見た映画「ドクトル・ジバゴ」。先に、温暖・常夏の場所には興味がなく、我が意識は寒い地域に向かう・・・そう書いたが、その寒冷地志向の原点になったのが映画「ドクトル・ジバゴ」である。原作はパステルナーク。1991年、モスクワ滞在中、バレリー・ショルーノフに頼んで彼の車で僕はパステルナークが暮らしていた家に行った。モスクワ中心部からかなりの距離。パステルナークの旧宅はジャガイモ畑に囲まれていた。時は7月の終わり。日本ではとっくに収穫が終わっているが、まだジャガイモの葉っぱが青々としているのが強く印象に残った。

 『ドクトル・ジバゴ』は反体制的であるとしてソ連国内では出版が許されなかった。ノーベル賞を受賞しながら、パステルナークは政府から受賞を辞退するよう強制された。そんな作家に興味を抱くニッポンの百姓にバレリー・ショルーノフはどんな印象を持ったか。バレリーはもともとモスクワ大学のフランス語教授だった。しかしソ連崩壊で教授の職に見切りをつけた。彼の新しい仕事はロシア情勢やロシア語学習に興味のある外国人を受け入れるエージェントだった。配下に30くらいの民宿を持つ。そこにドイツ、フランス、イギリスなどからの「生徒」を振り分け、宿泊と語学教授を行う。前にモスクワ市民の多くは粗末な、日本なら50年くらい前に造られた都営住宅みたいな家に住んでいると僕は書いたが、バレリーのようなキャリアを持つ人間は建物こそ古いが、エレベーターがあり、部屋数も4つくらいあるハイクラスの生活をしていた。そして、どういういきさつなのか、他の「生徒」が別の民宿に振り分けられたのに、僕だけがバレリー宅に宿泊することになったのだ。ロシア語学習はそっちのけ。僕は毎晩のようにバレリーとウオッカを飲んだ(それで生涯ただ一度のイボ痔になった)。

 いきなりの話だが、最近笑えることがあった。昨年アイリスで買ったテレビが壊れた。保証期間内なので無料で交換してくれる。下請け業者が巡回しているのでしばらくお待ちください・・・電話したメーカーからの返事だった。待つこと1カ月。なかなか来ない。そしてある日、畑仕事の合間、ふと道路に目をやると荷物をいっぱい積んでいるトラックが止まり、運転席で携帯を操作している男性が見えた。もしや・・・案の定、テレビの修理業者だった。彼は言った。何度も電話したのですが応答がなく・・・たぶん僕が畑にいて聞こえなかったからだろう。笑ったのは次のこと。以前、たまたま近くに来る仕事があったので住所を頼りにうちに寄ったそうだ。しかし・・・もちろん冗談半分ではあるが、僕に向けた彼の言葉をそのままで書くとこうなる・・・「人間が住んでいるような感じじゃなかったので、違うかな、ここじゃないのかな、そう思って帰りました」。たぶん彼はブルーネットでぐるっと囲まれている我が家の塀や屋根を見てそう思ったのだ。瓦屋根にはちぎれかけたブルーシートや土嚢がいっぱい乗っている。空き家か廃屋か。こんなところに人が住んでいるわけがない、ここじゃないな・・・そう思ったとしても不思議じゃない。感じの良い人だった。帰り際に聞いたらなんとじき80歳になるとのことだった。オレも頑張らなくちゃ。

 さて、こんなことをいきなり書くというのは、我が家が、とても人間が暮らしているとは思えないボロであるのに対し、移住実践者の家々がみな素晴らしい、明るく綺麗なリビングやキッチンだからである。『田舎暮らしの本』の2年余り前の号だったか、我がふるさと祝島のすぐ近く、山口県柳井市を移住地と定めたご夫婦(当時58歳)の住まいを見て僕は感動した。改築に850万円を掛けたと記事にはあったが、うちとは天と地の違い。ああ、こんな家に暮らせたら毎日気分がいいだろうなあ・・・。我が住まいは何ゆえこのようなひどいありさまとなったのか。39歳でこの家と畑を買った。退職金を含めた手元のカネは、二人の子の大学入学金を支払ったあたりですっからかんになった。百姓としての暮らしはまだ軌道に乗らない時だ。昼休み時刻に弁当屋の配達をし、畑仕事を終えた夜には英語塾をやったりもしたが貯金できるほどの暮らしではない。そうするうちに地震で屋根がズタズタになり、台風で壁や雨どいが壊れ、木造の家はどんどん劣化していった。業者に頼めば修復できただろう。しかしそんなカネはない。自分でやるしかない。屋根に何枚もシートをかぶせ、100近い数の土嚢で押さえつける。その土嚢からは草がぎょうさん生える・・・まさしく、人間が住んでいるようには思えない、もしやこれは廃屋か・・・いつしかそんな姿になったのである。

 先ほど触れた、柳井市に移住したご夫婦。そこを移住の地にしようと決めたのは、標高100メートルの高台にある家の庭から眺める瀬戸の海と島々が「エーゲ海のような風景で一目ぼれしたんです・・・」この言葉は、14歳までそのすぐ近くの島で暮らした僕にはとてもよくわかる。霜が降りることはない。気候温暖で、外洋と違い津波に襲われることもないだろう。もちろん風景も美しい。移住地としてはトップレベルだと僕は思う。

 さてここで「自己肯定感」という言葉が登場する。僕が好んで目を通す朝日新聞の「取材考記」。田中ゑれ奈という女性記者は、連載が始まる社内会議の席で、「私、自己肯定感が高いんです」と“口走った”そうである。その「こころ」は、自己肯定感が高いに対し、低いは、「自信がない」の単なる言い換えのような気がして違和感があった、自分は欠点ばかりだと知っているが、それでも自分の存在を肯定している、彼女はそう主張したかったのだという。田中記者はそのことをいま「取材考記」の中で修正、反省している。自分はひどく傲慢ではなかったかと。

 では、僕の自己肯定感はどうであろう。じつはかなり高いのである。さっき書いたように、家は廃屋と見間違うほどにボロ、貯金もない。なのに自己肯定感が高いんだよ、そう言えば逆説を弄しているように聞こえても不思議じゃないが、でも、掛け値なしに我が肯定感は高い。どうしてか。この家と畑を買って、会社を辞めて、百姓になってからそろそろ38年。「立派に」生きてきたからである。財布の中は常に自転車操業。365日休みなし。夏には11時間労働、日暮れの早い冬でも9時間労働。季節を問わず日々種をまき、荷物をこしらえ発送する。エアコンなし、ストーブなしの暮らし。それでも生きてきた。医者の世話にならずに77歳近くまで生きてきた。いいじゃないか・・・僕が自分を肯定するのはかような貧しさに耐えているという理由だけじゃない。この暮らしが楽しい、生きているという手ごたえがそこにあるからだ。ボロ家の修理や電気の確保を含め、100%を自分の手足と頭だけでこなしている、その満足感があるからだ。

 そこで、先輩移住者として一言、蘊蓄を垂れることとなる。長生きも芸のうち・・・。この場合の長生きは単に命だけの意味ではない。移住する。田舎暮らしそのものを長生きさせるのだ。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉がしきりと使われているが、移住者の意識は環境問題とともに自分が選択した暮らしの持続可能性にも向かうべきだ。新しい暮らしには予期せぬ困難がさまざま生じる。負けずにそれに立ち向かう。移住して3年、5年で心変わりしたり弱音を吐いたりしてはダメだよね。移住当初に見せた「こんな素敵な場所に移り住みましたよ」というあの満面の笑み、それが短い歳月の間にどこかに消えてしまうようじゃ本物の移住ではない。何事も10年、20年かけてその本質がわかってくる。移住「しました」に価値があるのではなく、移住地での困難に立ち向かい、自分の意志をとことん「貫いた」ことに価値がある。

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この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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