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田舎暮らしの本 12月号

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田舎暮らしの本 12月号

11月1日(金)
890円(税込)

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移住にオススメなまち/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(46)【千葉県八街市】

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 9月25日。「空き家が増える、墓じまいも増える」。昨日よりさらに肌寒い朝だ。ランニングはせず、軽い体操をしてから自転車にまたがる。我が村をぐるっと一周するかたちで走り、最後、9時に開く郵便局に着くよう算段する。野菜の代金を引き出すのだ。それがそのまま明日引き落としのカード支払いに回される。稼いだぶんがそっくり出ていく。貯金なんて・・・しかし無力感はない。稼ぐに追いつく貧乏なしの暮らしがもう何年も続いているからすっかり慣れっこになっている。いやむしろ、強がりみたいに聞こえるかもしれないが、それゆえの緊張感が自分の支え、生きるモチベーションにさえなっていると思う。

 今から59年前、あと2カ月したら東京オリンピックという年の8月、ふるさと祝島を目指して自転車を漕いだ。東京からおよそ1000キロ。鎌倉・三島・浜松・名古屋・大阪、倉敷、三原・・・神社の床下や駅のホームで寝袋にくるまって夜を過ごす旅だった。最初の夜だけはちゃんとした布団に寝た。アルバイト先で知り合った8歳年上のTさん。小説家になろうとしているこの人に僕は大きな影響を受けた。住まいは鎌倉の大町。結婚したばかりの奥さんはきっと迷惑していただろうが、頻繁にお宅に出入りした。時には釣り竿を持って腰越の方まで行き、釣果なしのウサを海岸近くの飲み屋で晴らすなんてこともした。これプラス、のちに、多少付き合った女性が逗子の人だったゆえ、今も僕はこの鎌倉から逗子あたりには土地勘がある。東京に近いし、風景も美しいし、移住の候補地としてはAクラスであろう。ただ、手持ちの予算が少ない人にはハードルが高いかもしれないけれど。

 もうひとつ、鎌倉・湘南の海に関する話題がある。今日の朝日新聞の夕刊トップは「お帰りサザン 胸騒ぎの茅ケ崎」。桑田佳祐さんが出身地の茅ケ崎で10年ぶりにライブを行うと伝える記事だった。なんと4日間で7万枚のチケットが売れているという。その記事に37歳の男性が登場する。恋人の影響で桑田佳祐のファンになった。大学での就活ではすでに鉄道会社の内定をもらっていたが、サザンというバンドがあるうちに茅ケ崎に住みたい。茅ケ崎市役所の採用試験を受けて合格。今は市内にマイホームを建てて、かつての恋人と家庭を築いている。そうか、こういうパターンの移住もあるのか。僕は感心したのだが、まだ話にはおまけがあった。時折遊びに来ていた両親が、なんと、実家を売って転居してきたというのだ。海と富士山がいつも見えて・・・それが転居の理由だという。美しい海と山はいつも人の心をひきつける。

 自転車の旅の6日目。日が暮れる前に倉敷に着いた。駅の近くの交番に行った。自転車で旅行をしている東京の高校生です。これから銭湯に行きたいので、すみませんがここに自転車を置かせてもらえませんか・・・。対応したおまわりさんは快く了解してくれた。そして、笑ったのは銭湯から戻った時。おまわりさんはすぐには僕だとわからなかった。しばし時間を置き、おお、さっきの高校生か。見違えるくらいきれいになって帰ってきたじゃあないか・・・。自分ではあまりわからなかったが、たぶん日焼けとホコリで僕の顔は黒くて汚かったに違いない。で、その日、なぜ銭湯なんかに行ったのか。翌日デイトの約束があったからだ。田舎の同級生で、ずっと好きだった「さっちゃん」。彼女は倉敷の紡績会社に就職していた。そのさっちゃんがデイトの場所として選んでくれたのは鷲羽山(わしゅうざん)だった。僕はちょっと緊張していたが、鷲羽山から眺める瀬戸内海の島々と海の景色はとても美しかった。その後さっちゃんはどうなったか。スマホのある現在でも長距離恋愛は難しいらしいが、すべての連絡は葉書か手紙という半世紀を超える昔のこと、いつしか僕たちの仲は疎遠になった。そして20年も経ったころ、さっちゃんが別な同級生と結婚していることを僕は知った。

 一昨日の夜、TBSのNキャスという番組を寝床で見た。AKIYAの特集が面白かった。AKIYAは空き家のことだが、外国のメディアは日本の空き家をAKIYAとし、魅力あるものとして大きく伝えている。そして、様々な国から日本に来ている人たちが古民家を買ってリフォームし、生活しているというのだ。昨夜の番組によると、日本の8軒に1軒が空き家。なかには売値1円というものもある。さらには全国の土地の24%が所有者不明。家や土地を相続はしたものの、自分では必要ないという理由で放置している人が多い。固定資産税がかからないだけトク。そういった理由でタダみたいな値段で手放すのだという。

 そして今日、ランチしながら見たテレビは墓じまいのことを伝えていた。時代の影響が大きいと思うが、都会生活者が遠く離れたご先祖の墓を訪れることは確実に減っているらしい。それでもって、田舎にある墓をなくし、遺骨を便利な都会にある共同墓地みたいなところに移す。しかし、古い墓を撤去するには問題があるらしい。その第一が高額な撤去費用。百万単位のカネが必要なケースもあるというから驚きだ。僕はふと考える。膨大な数の空き家。そして墓じまい。これに人口減少を加えると、日本という国にじわじわと地殻変動が進行しているようだ。そうした状況の中で地方移住を願う人が少なからずいるというのは間違いなく喜ばしいことだと思う。ただし、ひとつ、この年寄りは憎まれ口を叩く。田舎暮らしを取り上げるテレビの番組で、ある意味、常套手法と言えるのが「いつもいつも玄関に黙って何かが置いてあるんです・・・」という移住者が見せる笑顔のシーン。置いてあるのは大根だったり白菜だったり・・・。なるほど、そういうこともあるのかもしれない。でも僕にはそれが、田舎礼賛、移住成功、濃密な人間関係を、番組を見る者に印象付ける手垢の着いた手法と感じられる。以前、たしか作家かジャーナリストだったと思うが、人に物を上げるには気遣いと知恵がいる、そう書いているのを読んだことがある。相手が本当に喜ぶ品は何かを考える。それを考えず、やたら頻繁に(安物を)プレゼントするのは先方をただ恐縮させるだけだと。白菜や大根も、自分で野菜作りをしていない移住者にはありがたい品物だろう。しかし、テレビの番組が言うとおりに日常茶飯のこととなれば有難みは薄れる。もらいぱっなしにはできないだろうから返礼の手間だって増える・・・。僕は何が言いたいのか。先にダメな事例として、村人を敵に回したような言動をする人物のことを書いたが、それが移住先での息苦しさを招くのは当然だとして、それとは逆に、都会にはない、濃密で、温かい、ほのぼのとした楽園が田舎にはきっとある、そんな期待が過剰になるのもよろしくない。周囲の人に対して礼は尽くそう。日々の爽やかな挨拶も欠かすまい。されど交流関係においては静けさ、淡さを保つ。田舎に限らず都会生活でも、ズブズブな人間関係には案外と脆さが伴う。ほどよい時間のへだたりと物理的距離を置く。しかし接する機会がたまに訪れたならばきちんと向かい合って心を通い合わせる・・・僕は43年間の田舎暮らしでこの姿勢を貫いてきた、平和に暮らしてきた、間違いではなかったと思う。

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