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田舎暮らしの本 12月号

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田舎暮らしの本 12月号

11月1日(金)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

「強さ」と「優しさ」あるいは道徳について/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(52)【千葉県八街市】

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 3月30日「北の国からに押された背中」。

 天気は豹変した。夏日です、どこもかしこも25度超えの夏日です・・・テレビはそう連呼している。気温が低く、雨ばっかり・・・そこからいきなりの豹変である。嬉しい。40度超えでも支障ない・・・どころか喜んで畑仕事ができる僕の強さ、それは体力以前、きっと精神の方だろう。暗くてジメジメした天気よりも焼け死ぬくらいのギラギラ天気が好きという精神力、これが我が暮らしの軸だ。ビニールハウスに入った。トマトとパプリカの苗を植えるのだ。もっと先にするつもりだったが、明日は今日よりも気温が高くなり、その先もどうやら寒さのぶり返しはなさそうなので・・・。ビニールハウスの中は頭を入れただけでむっと来て、動き始めると同時に背中に汗がにじむ。そしてスコップ仕事を1時間。着ているシャツはタップリの汗を含んだ。世に快感の種類はいくつもあるが、吹き出す汗は快感ランクの上位に位置する。まだ3月という今、シャツから湯気が立ち昇るさまは生きる上でのエクスタシーかも。

全身を覆い尽くすほどの汗をかく。その汗が、生きるとはこういうことなんだといつも僕に囁く。

 別なビニールハウスに入る。そこの主たる作物はジャガイモ。その畝のそばにレタスをまいた。思ったよりも成長が早く、ジャガイモの葉にぶつかるようになっている。どうしよう・・・よっし、ジャガイモは他にもいっぱいあるから、ここはレタスのために犠牲となってもらおうか。ぶつかっているジャガイモの株3つを抜いた。うんとチビもあったが、悪くはない大きさだ。種イモを植えたのは1月半ば。薄い皮は手でこするだけで取れる。今日の晩酌の友は茹でジャガのマヨネーズ味だ。

ありふれた作物であるジャガイモ。その課題はいかに早く新ジャガを確保するかである。

 テレビが連呼する「夏日です」が我が働く意欲をいつも以上に高めた。よく働いた。足先から肩口までガタガタの疲労感。その疲労感がストレートに自覚されるのは毎朝ベッドで目を覚ました時だ。しかし、それをガンと押し返し、すくさま朝の作業に取り掛かる。老齢のくろちゃん、ケガを負っているチビちゃん。さらには連日誕生しているヒヨコの世話もある。それぞれに牛乳やパンやトウモロコシを与え、箱に入っている親子のチャボをよく日の当たるところに置く。その作業をすませてから走りに行く。いつもの変わりない風景がそこにある。昨日と変わりない今日という日。それだけを喜びとして、革新を求めずして、カラに閉じこもりつつ生きるのは、男としての強さか、それとも弱さか。

疲れた! お疲れ様! よくある職場の1コマ。日本人にとってはかくも身近な疲労であるが、欧米では疲れるまで働けば効率が落ちる故、自己管理ができていない人間と思われるという。さてさて・・・。

 朝日新聞の書評欄で見た『疲労とはなにか』(近藤一博著、講談社ブルーバックス)、その評文の冒頭である。評文を続けて読むと、疲労にはふたつのかたちがあるらしい。適切なタイミングで休めば収まる疲労。いくら休んでも続く疲労。後者は病気。慢性疲労症候群やうつ病、近年では新型コロナの後遺症が考えられる。日々、我が全身に及ぶ疲労感。しかし僕は楽観しながら暮らしている。単純なことだと思うからだ。疲労しているのは骨と筋肉。疲労させたのは過重労働。因果関係がシンプルだからだ。例えばこの下の写真の現場。竹や雑木、ツル性の太い根っこ。それらが錯綜するヤブを開拓して畑にすることとした。頑丈な大鍬をハイパワーで叩き込み、地中の根っこを大まかに撤去したあと、今度はスコップを踏み込む。幅5メートル、長さ10メートル。最後は草に紛れ込んだ切り枝をレーキで丹念に拾い出す。納得いくまで続けた作業はのべ4日、20時間に及んだ。それで肩も腕も足首も痛い。腰だって痛い。しかし長年の経験から、こうした「過重労働」が日常生活を阻害するものでないことを僕は知っている。むしろ、今日の労働が貯金となって明日の働く力に加算される。

機械を欲しいと思わない。かなりタフな仕事の場面に直面しても。なんとかなるさ、やれるさ・・・そう思えるうちはたぶん、まだ死なない。

 のべ4日、20時間をかけて開拓したヤブ、そこの土はすこぶる豊穣だった。周囲には落葉性の雑木がいっぱいある。隣の土地は植木屋さんのもので、そこからも枯葉が吹きこぼれて来る。先週目にした「折々のことば」は、2日続けて「自然、豊穣、もれ、こぼれ、あふれ」がテーマだった。

豊穣の象徴である「もれ」「こぼれ」「あふれ」  藤原辰史

植物は光合成で生じたブドウ糖を根から「漏らす」。それに微生物が群がり、生きものの死骸や糞を食い散らかして「耕す」。それは土中の「無料食堂」なのだと、歴史学者は言う。漏れる、零れる、溢れるといえばまるで粗相や遺失みたいだが、ほどこしとして社会をもまた養う。問題はこの「余り」を世にどう配分してゆくかだと。程超しだから施しなのか。(鷲田清一氏の解説)

漏れてしまうものがあるということが、社会性を生み出すと思うんです。  伊藤亜紗

木漏れ日が地面近くの植物の光合成を促すように、自然界は「あげる」というより「漏れる」ものだらけ。人間の社会も、互いの状況をある程度漏れ出させておかないと、非常時に助けあうことができないと、美学者は言う。線を引き、壁を作ってばかりでは「恵みも、出会いも、気配も生まれない」と。(鷲田清一氏の解説)

 もれ、こぼれ、あふれ・・・それは田舎暮らし、百姓暮らしにおいて日々出会うごくありふれた風景である。サイエンスとしての説明は僕には出来ないが、こぼれ、あふれたものが途切れることのない循環、大きな輪となって土を肥し、植物と、その周辺に生きているものの命の糧となっていること、それはたしかに実感される。鷲田清一氏の解説を読み、ちょっと笑ったことがある。漏れる、零れる、溢れるといえば「粗相や遺失みたいだが・・・」のくだりであった。僕の日常、とりわけジーンと冷えが襲ってくる冬場の畑、そこに頻繁に生じる現象、それがまさしく、漏れ、零れ。これぞ老化ということか。尿意は突然にやってくる。その切迫感はすさまじい。冬は特に重ね着をしているので準備に手間取る。たいてい漏らす・・・10年くらいまでこんなことは皆無だったのに。ひそかに僕はそれを気に病んでいた、ああ老人になってしまったなあ・・・。しかし・・・近頃頻繁に男女を問わない尿漏れ用のパンツの広告が目に止まるようになった。そうか、おもらしはオレだけじゃないんだな・・・ちょっと安心したのだった。

 すべての仕事を終え、いつも通りの仕上げ。ストレッチしながら夕刊を読む。その一面は「根室線の富良野-新得間、あすお別れ」という記事だった。117年の歴史を持つ根室線の布部駅はドラマ『北の国から』で黒板五郎と純と蛍が降り立ったところとして知られる。いしだあゆみさん演じる母親が帰る列車を蛍が追いかけるシーンは今も僕の記憶に残っている。木枯し紋次郎を熱心に見たと先に書いたが、それ以上に熱心に見たのがこの北の国からだった。第一話の放送は1981年だったとその夕刊で知る。僕は34歳。利根川沿いの村で最初の田舎暮らしを始めて3年目あたりのことだった。まだ会社を辞めて百姓になるとの具体案は頭になかったが、結果として、僕の背中をじわじわと押し、現在の暮らしに導いたのが北の国からだった。思えば、北の国からが描いた家族の生活、電気も水道もないという暮らしの不便さ、汚さ、時代遅れのさまは、不思議なほどに僕を魅了したのだった。単に、新しい時代の進歩に背を向けるといった単純なものではない。人が、身を置く自然の環境に、体のすべてを使ってもろに接する、ぶつかる、時に妥協する、そんな暮らしが僕の心をしびれさせたらしいのだ。77歳になった今も、不便とか汚れるとかキツイとか、それらは僕にとってネガティブな言葉ではない・・・。そうだ、もうひとつ大事なことがあった。たしか、脚本家・倉本聰氏は東京での仕事において何かテレビ局との間で悶着が生じた。それが富良野への移住となり、やがて北の国からという作品の誕生につながったのだと聞く・・・。

乾燥した高地がオリジンだと言われるトマト。そのトマトは日本の梅雨をどんな気持ちで過ごすのだろうか・・・毎年苗を植えるたびに想う。

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