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田舎暮らしの本 6月号

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田舎暮らしの本 6月号

5月2日(木)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

「強さ」と「優しさ」あるいは道徳について/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(52)【千葉県八街市】

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 3月23日「木枯し紋次郎と必殺仕掛人」。

 これでほんとに桜が咲くのかよ、これでほんとに3月なのかよ・・・そんな感じの空模様である。日中の気温5度。そして小雨。2時間ほどはその小雨に濡れつつ外での仕事をしたが、このままじゃいかんな。ハウスの中も今日は寒いが、でも濡れないだけマシだ。人参の草取りと土寄せに励む。タネをまいてから50日。順調な生育である。その草取り作業をしている時、バッタが1匹、目の前に現れた。大きく飛べるほどの力はない。しかしひどく寒さに参っているふうでもない。手の上に乗せながら、僕は声をかける。強いなあ、おまえは・・・外は5度。ハウスの中もさほど外とは変わりない。夏に行動する昆虫にとっては生死ギリギリの気温だろうに、おまえはこうして生きている、強いぞ。仲間はいないのか、おまえ独りなのか・・・。

ビニールハウスに顔を入れると同時に眼鏡が曇る。前方が見えなくなる。泥のついた手でレンズをこする。半分泥だらけの眼鏡でいつも仕事する。

毎年1月に種をまく人参。発芽して、水と温度をうまく施せば桜の咲くころから一気に成長する。

 手に乗せたバッタに語り掛けながら思い出したのは、昨夜寝床で見たNHKアナザーストーリー『木枯し紋次郎VS必殺仕掛人~時代が求めたアウトローたち~』だった。このふたつのテレビ番組が放送されたのは、僕はもう忘れていたのだが1972年、僕が25歳の時だったらしい。あさま山荘事件の終息でもって激しかった学生運動が終わりを迎え、田中角栄氏が総理の座についた、そんな年だったという。「あっしには関わり合いのねぇこって」・・・恥ずかしながら25歳の僕はそんな紋次郎の孤独と強さにすっかり入れ込んでいた、熱心にテレビを見たのである。これまた知らなかったが、この「木枯し紋次郎」の人気に他局が対抗心を燃やした。そこから生まれたのが「必殺仕掛人」だったという。へぇ、そうだったのか。木枯し紋次郎の人気を支えていたのは女性視聴者だったと今回知り、僕はもう一度驚いたのであるが、その紋次郎人気を打ち破るにはどうすればよいか。他局が考えたのは、うんと男臭い、紋次郎の孤独と清廉さとは対極の、カネをもらって人の命を奪う汚れた男たちが登場する荒っぽいドラマをやろう、それが「必殺仕掛人」だった。

 もうひとつ思いがけないことだったのは、アナザーストーリーの最後に内田樹(たつる)氏が登場したこと。ご存じのように、内田氏は作家であり武道家でもある。その内田氏は言った。いくら悪人とはいえ、カネをもらって人殺しをする、しかも大いに残虐に。紋次郎の静かな清らかさに比べると眉をひそめる人もいるわけですが、でも、あの人殺し請負人たちにも「いくらかの道徳観、倫理観はあったと思いますよ・・・」。僕は必殺仕掛人をたまには見たが、木枯し紋次郎ほどには熱心な視聴者でなかった。思えば、社会に背を向けた渡世人、木枯し紋次郎に惚れ込んだ我が精神、あれはたまたまのこと、いっときのことだったのではない。幼少時代に始まり、百姓の今にまでつながる一本の、割合太く、不思議と劣化もせず、生き続けている男の芯棒みたいなものが体の奥に包み込まれている。なるべく人間とは関わらず、野山を巡り生きてゆく・・・あえて逆説として言うならば、巷(ちまた)では生きてゆけない「男の弱さ」みたいなものが自分にはある。

 田舎暮らし、あるいは移住、それにはいくつかのパターンがあるが、僕の印象としては、地方移住して、カフエ、レストラン、あるいは宿泊施設を営むという例がかなり多い。そのような例を目にするたび僕はうらやましく思うのだ、「強い人たちだなあ・・・」と。それに対して僕は「弱い」男。どこが弱いのか・・・先ほど書いた、なるべく人と接することなく野山を独り歩き続ける・・・我が定義として、それは男としての弱さ・・・。“中村紋次郎”はそう考えるのだ。では、移住して、接客業を営む人たちはなぜ「強い」と思うのか。当然のことながら、毎日のように人を迎える商売には勝手気ままが許されない。緊張感に切れ目がない。例えば今日のラストオーダーを受け、それを出し終えたら厨房の片づけがあり、明日の準備もしておく必要がある。客商売ゆえ笑顔も絶やせない・・・これをずっとこなせる人は・・・間違いなく強い、僕にはそう思われる。

 僕もある種、客商売だ。かつ忙しさにおいてもカフェ、レストランを営む人と変わりはあるまい。しかし、玄関から人が次々と入って来るわけではないので、何時に寝ようが、何時に起きようが好き放題。むろん、現実には無茶はほとんどせず、寝る時刻、起きる時刻にさしたるブレはないのだが、何時に寝ようが、何時に起きようが、部屋や庭をどれだけ散らかし放題にしておこうが、何ら不都合はない、留保されたこの勝手気ままさが僕の性にはピタリ合う。この勝手気ままさこそが田舎暮らしの真骨頂なのだとさえ思う。この自由気まま精神を失くしたら、オレにとっては田舎暮らしの意味がなくなってしまうんだ・・・。と言いながらも、人と接することを極力避ける、畑というカラに閉じこもって暮らす、そんな生活態度はやはり男の弱さであるに違いない。けして人間嫌いというわけではない。半年に1回くらい、初見という来客がある場合、僕は朝から見苦しくない程度に掃除や片付けをし、ふだんはやらない皿や珈琲カップを丹念に洗い、庭のテーブルに軽い食事を用意する。そして言葉を交わす。客人の話を聴く。手土産としてもらったお菓子の返礼として卵や野菜を袋に詰めて、車を見送る。かように人との交わりには全力を尽くす。しかし・・・半年に一度くらいのことだからそれが出来る。見知らぬ人の来訪が決まったら、その日が近づくにつれて緊張感が高まる。片付けておくべき所はあそことあそこ。畑仕事に追われる中、ずっとその作業手順を考えている。もし客商売を始め、定休日以外は連日来客があるという暮らしだと、とても僕の精神はもたない。疲れる。すなわち弱いのである。ひるがえって念願の田舎暮らしを始めて飲食や宿泊の業務を営む人はとても「強い」人たちだ・・・そう思うのである。

 さて、夜のNHKニュースで意外な情報を得た。まず画面では高速道路が農業トラクターで埋め尽くされている。EUの農業者たちによる抗議デモだという。その背景を知って僕は少なからず驚愕した。発端はEUのウクライナ支援。軍事的な支援にとどまらず、EUはウクライナの農産物にも支援の手を差し伸べている。関税をかけず、EU加盟国は積極的にウクライナ産の農産物を輸入している。結果、安いウクライナ産に比べて割高となる各国の農家は打撃を受ける。すでに紛争の影響として肥料や飼料の高騰があり、ウクライナ産の品物の安さと相まってEUの農家はお手上げ状態。それが今回の抗議デモの理由なのだという。EU加盟国の中には、旧ソ連による支配や侵略を受けた国が多い。ハンガリー、チェコ、ポーランド、バルト三国・・・過去の歴史から、まさしく不法侵略を受けたウクライナに支援の手を差し伸べようとする、それは力に対しては力をという闘争心であるとともに、悲しみ、苦しみを同じように受け止めるという道徳心からでもあろう。しかしそれが、自国の一部国民、すなわち農家という人たちを苦しめることになっているというのは皮肉なことだ。

気温5度という日、人間は暖房を入れて過ごす。バッタは寒さに耐えて春の暖かさを待つ。強い。

 ロシア人の体質は「強くてカッコイイ男を好む」という説がある。プーチン大統領もそのことを意識し、自らをそう演出しているように僕には見える。ロシアには6回ほど行った。報道の自由はなく、メディアはこぞって政権寄りとの当時の印象は、たぶん今もあまり変わってはいないのではないか。1991年の夏、モスクワから、大丈夫か、落ちないか、そう心配するくらいのぼろのプロペラ機でバルト三国に行った。エストニアの首都タリンを散歩している時、数十人のデモ集団に出会った。集会が一段落したあたりで、僕はハンドマイクを持っている初老の男性に声をかけた。たまたま彼は英語が話せる人だった。僕の問いかけに一瞬彼は緊張の表情を見せた。周囲を伺うそぶりを見せた。そして言った。ここでは話が出来ない。しばらくここで待っててくれ。後でうちに行ってゆっくり話そう・・・。自宅に向かった。彼は妻とふたり暮らし。ソ連からの独立を目指す活動家だった。2時間くらいお茶を飲みながら会話し、「日本に帰ったらぜひ我々の現状を人々に伝えてほしい・・・」そう言って過去の活動を記す文書や写真を僕は手渡された。外はもう暗くなっていた。玄関で見送ってくれた夫婦は最後に声をひそめてこう言った。気を付けてください、帰り道。あたりに注意しながら、なるべく急いでホテルに戻って・・・。ロシアにおける、ナワリヌイ氏をはじめとする反政府活動家やジャーナリストたち。彼らには命を奪われるかもしれないという恐怖感がある。それでも信念を曲げない。真の強さとはそういうものを言うのであろう。

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