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田舎暮らしの本 6月号

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田舎暮らしの本 6月号

5月2日(木)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

「強さ」と「優しさ」あるいは道徳について/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(52)【千葉県八街市】

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 3月29日「3月はライオンのごとく来たりて、子羊のごとく去る」。

 昨夜からの雨は明け方になってから風とともに強さを増した。悪天候の一言である。まことにもってひどい天候の3月だった・・・先日天声人語が引いていた「3月はライオンのごとく・・・」。この英国の格言を思い出しながら僕はいま恨み節を書こうとしている。これほど雨の日が多く、気温の低い3月は過去にほとんど記憶がないのだ。20日を過ぎても氷が張った、霜が降りた。日照時間は大幅に減り、太陽光発電は2日に一度の割合で開店休業状態だった。そして今朝はさらなるアクシデントがおまけとして加わった。午前3時半、庭の鳥小屋からけたたましい悲鳴が聞こえてきた。飛び起きた。ここ数日、深夜の悲鳴が連続している。もうほっとけない。暗い中で手探りし、眼鏡を取ろうとしたが焦る気持ちから見つからず、そのまま雨の降る庭に走り出た。何メートルかの距離に街路灯がある。ボンヤリだがそれであたりは見える。ニワトリのしっぽに何かの動物が噛みついている。羽が散乱している。暗がりの中、よく見えない目で近くにあった棒をつかみ、その動物を何度も叩いた。1発か2発、僕の棒はニワトリにも当たったようだが、ともかくここは敵を撃退するしかない。ニワトリのしっぽから離れ、小屋の隅に逃げ込んだ敵に僕は何度も棒を突き立てた。動きを止めたのを確認し、昨日の風呂の残り湯で体を洗い、もう一度ベッドにもぐりこんだ。そして今朝、目にしたのはタヌキの遺体だった。おまえだったのか・・・正直心が痛んだ。すべての生き物と平和共存を、殺生はキライ、その原則に反する行為を犯したことに呵責の念があった。ごめん、許してくれ。我が家族を守るための咄嗟の行動だったのだ・・・。

悪いことをした、すまなかった。そう詫びつつ、穴を掘って埋めてやった。

 午後から天気は回復する、気温も一気に20度に達する・・・天気予報はそう言ったのに、午後2時になっても雨、風とも一向に止まない。やむなく、部屋にとどまりチビちゃんの看護をする。生後2カ月。母親からの独立を果たしたばかりの4兄妹。だいぶ遠出をするようになっていた。昨日の朝10時ころのこと。僕は花を咲かせ始めたソラマメの世話をしていた。そこにチャボたちの悲鳴が聞こえた。距離10メートル足らず。駆け付けようとして腰を上げた瞬間、ハヤブサが飛び上がるのが見えた。その口からは黒いものがぶら下がり、うめき声を発していた。野良猫がヒヨコをくわえて立ち去ることはよくある。その場面ではかなりしつこく僕は追いかける。しかし空を飛ぶハヤブサではどうにもならない。南の方角に飛んでいく姿をただ見つめるしかなかった。ずっと、その悔しさが頭をめぐった。さほど遠い距離ではなかった。もし僕がソラマメの畝から立ち上がり、動きを見せたならハヤブサはヒヨコを捕獲することは出来なかったかもしれない・・・夕方の仕事までずっと悔しさと申し訳なさとが頭の中に渦巻いていた。

百姓仕事の他に僕には介護という仕事もある。傷を負ったチャボ、虚弱に生まれ、親の行動について行けないヒヨコ。だから介護の技術は自然に上達する。

 大きな悲しみだった。ところが、なんと、奇跡ともいえることが生じたのである。荷造りを終えた午後4時半、他のチャボたちはもう眠りについた時刻、畑の斜面を僕の方に向かって登って来る黒い姿が見えた。すぐにはそれが誰なのかはわからなかった。体を少し傾けるようにしてゆるい坂を登って来る。もしや・・・手を伸ばすと間違いなくあのチビちゃんだった。左の羽が大きく食い破られている。だが幸い、傷は羽だけで内臓には達していない。僕はすぐさまアルコールで消毒してやり、布で巻いて安静にしてやった。まさしく奇跡である。いかにしてチビちゃんは獰猛なハヤブサの攻撃から逃れることが出来たのか。ハヤブサの行動について少し説明する。彼らは肉は食わない。クチバシで腹を断ち切り、内臓を引っ張り出して、そこだけを食う。すなわち、羽は大きくえぐられ、切断されているけれど、内臓は無傷というこのさまは、チビちゃんの俊敏さゆえだったのか・・・僕が空中を連れ去られるのを見たのは自分の位置から30メートルのところまでだった。そこから先は林だ。ハヤブサから逃れたチビちゃんは、深い傷を負いながら坂道を登り、我が家に戻ってきてくれた・・・大きな悲しみの後に大きな喜びがそこにあった。僕はチビちゃんを抱きしめた。年甲斐もなく涙がこぼれそうになった。

3日間、傷を消毒し、夜は温かくして僕のそばで寝かせた。こんな傷を負いながらよくも何十メートルの距離を帰ってきてくれた。傷がふさがった今、その強さにあらためて感服する。

 ようやく雨と風が止み、明るい光が注いできたのは午後3時だった。急ぎ畑に向かった。ビニールハウス8、ビニールトンネル6を順に点検する。気温が上がりすぎるところは換気してやらねばならない。明日からは一気に気温上昇、いきなり気温25度前後の夏日になるのだという。人間も戸惑う。野菜も戸惑う。もう一度天声人語の言葉を引く。

春という言葉には、なんとも軽やかで、明るい響きがある。これが「はる」ではなく「ばる」だったら、どうだろう。ほんの少しの音の違いだけれど、私たちがこの季節に感じるイメージは、ずいぶんと異なるものになったかもしれない。日本語で、濁点を含む言葉は重たい印象を与える。単語が長くなり、音が増えれば強そうな感じになる・・・そんな言語研究について聞いたことがある。「はる」の響きが軽快さを感じさせ、重さや強さとは逆をいくのは、そうした理由もあるに違いない。

仕事しながら外に咲く花は常に眺めている。そしてたまに、部屋のテーブルに切り花を置こうかという気持ちになる。

 雨上がりの庭に出て、強風で折れたり傾いたりした木々の下でボケの花が力強く咲いているのに気が付いた。もともと障害物のない庭でゆったりと咲いていたボケなのに、僕がやたら果樹を植えたものだから日陰の身となった。そこに今日は折れた木々に押しつぶされそうな災難である。僕は枝ぶりのよいものを1本切って食卓に生けてみた。なかなかいいね。まさしく「はる」の風情である。

 春が「はる」ではなく「ばる」だったらどうか・・・「ばる」と聞いて僕がすぐに思い出したのはオネショのことだった。ふるさとの祝島では、オシッコを「する」という動詞が「ばる」だったのだ。その「ばる」が名詞化されると「ばり」となり、夜尿症のことを祝島では「夜ばり」と言った。恥ずかしながら僕はかなりのトシまで夜ばりをしていた。幼少時代の僕にはいくつかの劣等感があったが、そのひとつがオネショだった。祖母であるイシばあさんはなんとかせねばと僕の尻に何度も灸(やいと)をしたが効果はなかった。毎夜濡れた布団を干すのは病気の母に変わって家事を受け持つ姉の仕事であったが、初めの頃は人目につかない位置に干してくれていたのに、いつしか通りから誰の目にも見える場所に干すようになった。その恥ずかしさでもって、僕の夜ばりが治るのではないかとの、ある種、荒療治みたいなものであったろうかとは今は思う。そして困ったのは、原爆資料館や宮島を回る一泊二日の小学校の修学旅行が近づいていることだった。病気の母は小学6年生になった我が子が旅館の布団を濡らしてしまうことを深く案じた。それ以上に僕自身が恐怖におののいた。もう細かい点の記憶はない。おそらく旅館の夜に深くは眠れなかったに違いない。そして朝が来た・・・僕の布団は濡れていなかった。自分の、男としての弱さはいくつかある。そろそろ中学生になろうかというトシまで続いた夜ばり、それが我が弱さの大きな背景だったのは事実である。

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