掲載:2020年12月号
大企業を4年で退社してハワイ移住に踏み切った赤井さんは、今、東京近郊の山里を拠点にモバイルハウスで暮らしている。その生活と意見は、とても痛快で刺激的だ。
赤井成彰(あかい・なりあき)さん ●1989年、富山県生まれ、石川県育ち。生活冒険家。大手玩具メーカーを4年で退社し、モバイルハウスで全国を回る。現在は相模原市藤野地区で「モバイルヴィレッジぼちぼち」を主宰している。
モバイルハウス「トビー」で暮らす生活冒険家
藤野の山間の未舗装道路を進むと、行き止まりの広場にえんじ色のトラックが止まっていた。おびただしい数の木のウロコをまとい、どこか生き物のようなたたずまいだ。生活冒険家・赤井成彰さんが暮らすモバイルハウス「トビー」だ。
旧藤野町は神奈川県相模原市緑区にあり、北部で東京都八王子市に接する。パーマカルチャー、トランジションタウン、シュタイナー学園といった取り組みで知られ、既存の価値観にとらわれない人が多く集まる。
「ここ綱子(つなご)集落は11世帯26人の限界集落です。僕は今、仲間と一緒に『モバイルヴィレッジぼちぼち』を整備しています」
約2400㎡の敷地に整備中の「モバイルヴィレッジぼちぼち」。Facebookのグループにはハワイや北海道から参加するメンバーもいる。https://www.facebook.com/groups/mobilehousevillagebochibochi/
メンバーの漫画家・小栗千隼(おぐり・ちはや)さんは、リヤカーを改造した「可動戦家チンダム」で暮らしている。2人が並んで座るだけで舞台の幕が開いたよう。https://twitter.com/ibosamurai
トビーの車体は、マツダ ボンゴトラック(2002年式、800cc)。住居部分は、ほとんどの材料をホームセンターで購入した。1200枚のウロコは、頂き物の板材でつくった。住居部分は幅1.35m、長さ3.1m。天井高は最後尾1.9m、前方1.7mと高低差がある。空気抵抗の低減、排水の改善、室内の奥行きが遠近法で強調される効果も。
大企業を辞めてハワイ移住を決断
金沢の医師の家庭で育った赤井さんは、人生の岐路を子ども本人に選ばせる両親の方針もあり、生きる力を身につけたいという思いが強かった。北海道大学農学部に入学後は、1年間休学してカナダでワーキングホリデーをしたり、自転車で日本縦断をしたりして見聞を広めた。小学生のときに家族旅行で訪れて以来、ハワイで暮らすことを目標にしていた赤井さんは、大学3年のときにハワイ島東部のプナで2カ月間のプチ移住も実践した。プナは自給的に生活する人も多いことで知られる地だ。
大学卒業後は大手玩具メーカーに入社。仕事は充実していたが、一方でフラストレーションも募っていった。
「会社から帰って寝るだけの1DKに月額8万円、年間100万円も払うことに疑問を持ちました。仕事に追われる生活を40年続け、5000万円の家の35年ローンにしばられたくない、お金より時間の余裕がほしいと考えるようになったんです」
近年、アメリカではタイニーハウスと呼ばれる小さな住宅やモバイルハウスが注目され、安く家を建てる人が増えている。そうやって家にかけるお金を抑えれば、長時間働く必要はなく、自由な時間が確保できると考えた赤井さんは、まず家賃の安いシェアハウスに移ってお金を貯めることにした。そして4年勤めた会社を辞め、2018年5月末、ハワイ移住に踏み切った。
「日本とハワイ島を3カ月交互に往復し、モバイルハウスに暮らす計画でした。ところが渡航直前に、キラウエア火山が噴火して、プナに近づくこともできなくなりました。なんとかハワイ島に渡りましたが、全身にじんましんが出て、それが治ったら尿管結石を発症して、激痛で視点が定まらないほどでした。それでも車を買おうと手配していたら、車屋に行く前日にゲストハウスでバックパックを盗まれてしまったんです」
パスポート、パソコン、現金30万円、ドローンまで失い、赤井さんは日本に戻ることにした。
動く家で旅をして「住」の可能性を広げる
赤井さんは東京で悩みの夏を迎えた。
「自分の心と向き合って、ハワイ移住は頭だけで考えていたとわかりました。僕が心で感じていることではなかったんです。僕の本当の関心は、むしろ人の暮らしや文化そのものにありました」
再起動した赤井さんは藤野の「廃材エコヴィレッジゆるゆる」で開催されたモバイルハウスのワークショップに参加した。
「龍本司運(たつもと・しうん)さんが講師で、10人が1週間泊まり込んで1つのモバイルハウスをつくりました。それがものすごく楽しくて。ゆるゆるを主宰する傍嶋飛龍(そばじま・ひりゅう)さんに、自分のモバイルハウスをつくりたいと相談したら、ここでつくりなよ、と言ってくださったんです」
モバイルハウス居住によって、多くの人の「住」の可能性を広げることができるのではないか。そう考えた赤井さんは、クラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げた。モバイルハウス居住プロジェクトは83人から75万円の支援を受けて成立。その成果を世の中の人に還元していくことが、赤井さんのミッションになった。
赤井さんは中古の1tトラックを50万円で購入し、29万円で住居部分をつくった。
「人生初のDIYでした。ウロコのような羽根のようなモチーフは、海外のモバイルハウスからの着想です。魚でありながら飛ぶこともできるトビウオと、空を飛ぶトンビをかけて、トビーと名づけました」
天井窓から光が差し込み、スギの香りと柔らかな肌触りが心地よい。スタイロフォームで全6面を覆った気密性の高い小空間なので、厳冬期でも少しの暖房で快適に過ごせる。
前方のバンク部分に、生活必需品をコンパクトに収納している。
壁面収納テーブルを出せば、外の風景を楽しみながら料理したり、コーヒーをいれたりできる。
マットレスを折りたたんでシーツで包んで、ゆったりとしたソファに。天窓に吊り下げたLEDのソーラーライトは、暗くなると自動的に点灯する。
アオリをうまく活用した玄関(土間)。これで靴の置き場所にも困らない。水タンクを置くにもちょうどよい高さだ。
旅の期間の生活費は1日たった2000円
実家の金沢でトビーの内装を仕上げた赤井さんは、19年5月、モバイルハウスの可能性を探る旅に出た。
「動く家で0円生活すると何が起こるか。それが旅のテーマでした」
能登半島を皮切りに、長野、東北、関東、北海道、山陽地方、九州、山陰地方と回り、各地で気になる人を訪ねた。モバイルハウスのワークショップで講師も務めた。
「旅の期間の生活費は、1日2000円でした。時給800円なら2時間半働けば稼げる金額です。一番大きな出費は交通費で、支出の半分を占めました。食費は月に8500円でしたが、これは出会った人から頂く米と野菜が途切れることがなかったからです。自分が周りの人に生かされていることを実感する旅でした」
保険などを足しても1年間の支出は117万円。驚くほどスリムな家計だが、支出を減らすこと自体が目的ではなかった。必要なお金が減ると、時間の余裕が生まれる。その時間で好きなことができる。それを実践して確かめたのだった。
「出費を把握すると、稼ぐべき金額がわかります。すると心が落ち着くんです。人間は、わからないから不安になるので」
20年3月、赤井さんは金沢に戻って旅を終えた。
「人生で一番の1年間でした。東京での生活より、幸福度が格段に上でした。自分のど真ん中で生きている充実感がありました」
縁側に腰掛けて外を眺めるのも楽しい。壁の上部を跳ね上げると深い軒になる。
左の壁を大きく倒すと縁側が出現。大開口部で外とつながるアウトドアリビングだ。
モバイルハウスでつくるコミュニティ
それでも旅を続ける生活には、足りないものがあったという。
「旅先で出会う人にとって、僕との出会いは非日常で一時的。人とのつながりが希薄で、動き回っているのに引きこもっているように感じたんです」
もっと人とつながりたい。いつでも帰れるホームがほしい。ひとところにとどまって、人とかかわりたい。赤井さんは、そう考えるようになった。一方で、モバイルハウスのよさも捨てがたかった。台風のときに家ごと避難できる経験もした。そこで今、推し進めているのが「モバイルヴィレッジぼちぼち」の整備だ。
「飛龍さんのご紹介で、無償で土地をお借りすることができました。現在、Facebookのグループに52人のメンバーがいます。1000円でメンバーになると、ぼちぼちでのイベントに参加でき、運営にかかわることができます。これからメンバーと一緒に五右衛門風呂やコンポストトイレをつくり、電気も引く予定です」
自分の心の声に耳を傾け、周りの人に還元できるミッションを設定する。それを自らの活動で検証し、役立つ知恵を人に伝える。それが生活冒険家・赤井さんの仕事だ。
「部屋を持ち寄る暮らしをすると、何が起こるんだろう」
赤井さんは、今そのミッションに取り組んでいる。
最近借りた300㎡の菜園にはコマツナ、ダイコン、長ネギ、シュンギク、ニンニクなどを作付け。これで鍋の野菜が賄えると期待が膨らむ。
「モバイルハウスぼちぼち」の脇を流れる綱子川で顔を洗う。夏には飛び込んで汗を流す。
廃工場を廃材でリノベーションした「廃材エコヴィレッジゆるゆる」には、各地からさまざまな人が訪れる。主宰するのは画家・万華鏡作家の傍嶋飛龍さん(右端)。https://haizaiecovillage.amebaownd.com
相模原市は神奈川県北部に位置する政令指定都市。市北西端の旧藤野町は北部で東京都八王子市、西部で山梨県上野原市、道志村に接する。「芸術のまち」として知られる首都圏の人気移住地。新宿駅から中央本線藤野駅まで約70分。
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