掲載:2022年12月号
名古屋市出身でコンサルティング会社などを経営する涌井貞朋さん。祖父ゆかりの高山村で老舗の温泉宿が売りに出されたと聞き、のれんを継ぐことを決意。手探りで運営のノウハウを構築しながら露天風呂やフィンランド式サウナを新設し、新しい温泉地の魅力をつくり上げた。
涌井貞朋さん(49歳)と奥さんの絵美さん(39歳)。サウナ新設に伴い、ユニフォームを作務衣からオリジナルTシャツに変えた。
問い合わせ先:梅の屋リゾート 松川館 http://ryokan-matsukawa.com
長野県の北東に位置する高山村。面積の約85%が森林・原野で占められ、森林地帯の多くは上信越高原国立公園に指定されている。リンゴやブドウなどの果樹栽培と観光業が盛ん。東京から関越自動車道、上信越自動車道経由で約3時間。
歴史ある温泉に登場した、絶景の「ロウリュ」
県都・長野市からおよそ20km、千曲川(ちくまがわ)の支流である松川によって形成された扇状地に集落が点在する高山村。深いV字の渓谷沿いに8つの温泉があり、信州高山温泉郷として名を馳(は)せている。
渓谷に湧く温泉の1つ、山田温泉は、小林一茶(こばやしいっさ)や森鷗外(もりおうがい)など多くの文化人に愛されてきた歴史あるいで湯だ。桃山風建築の浴場「大湯(おおゆ)」を中心に立ち並ぶ数軒の旅館が、情緒ある温泉街を形づくっている。
そのうちの1軒、「梅の屋リゾート 松川館」は、温泉に加え、ロウリュ(フィンランド式サウナ)が楽しめる宿として若者を中心に人気が高まっている。手がけるのは2018年に移住した涌井貞朋(わくいさだとも)さん。
「私は名古屋市でメディア制作やコンサルティングの会社を経営しています。曾祖母の家が高山村にあり、小さいころから休みのたびに遊びに来ていました。あるとき、老舗旅館である松川館が売りに出されていることを親戚から聞き、宿泊業という新しい分野に挑戦することにしました」
最初は旅館の賃借契約を結び、1年経って経営が成り立たなかったら撤退しようと考えた涌井さん。行きつけのレストランのシェフに料理を教えてもらったり、ネットでベッドメイキングを学ぶなどし、最初の3カ月間はすべての業務を1人で行った。
国内旅行者が多い時代に設定された宿泊料を、現状に見合った価格に引き上げるための取り組みも始めた。露天風呂を新設し、客室と内湯をリニューアル。さらに、高山村の四季が楽しめる無料のアクティビティを提供するなどして、利用者の満足度を高める努力を重ねた。
「しかし、19年の台風19号やコロナ禍で、宿泊業は厳しい状況に。どうしようかと思っていたら、若手のスタッフが『東京ではサウナが人気です。旅館でサウナを始めれば、若い人に刺さりますよ』と提案してくれたんです」
クラウドファンディングで資金を募り、21年に松川渓谷や北信五岳を望む絶景の「天空のサウナ」が完成した。すると、それまで40代以上だった客層が20〜30代中心となり、彼らが口コミやSNSで拡散することによって宿泊者数も増加した。
「松川館で、私のような素人でも旅館経営ができるテンプレートができました。今後は事業継承者がいないほかの温泉旅館を同じように運営し、引き継ぎたい人がいたら譲渡できればと思っています」(涌井さん)
構造はそのままに、浴槽やタイル、壁などをリニューアルした内湯。日帰り入浴も可能。
Before
もともとは、10.5畳のスタンダードな和室の客室だった。
After
間取りはそのままに、壁や畳、天井などを一新し、清潔感ある部屋にリノベーション。
貸し切りで利用できる「天空のサウナ」。熱したサウナストーンに水をかけて蒸気を発生させ、発汗を促す。
サウナと水風呂の後は、このテラスで北信五岳や渓谷を眺めながら外気浴。
共同浴場「滝の湯」。「お客さまがいらっしゃるときは、いつもここに入りに来ます」と、涌井さん。
敷地内に建設中の「森のポルクサウナ」は11月オープン予定。ポルクはフィンランド語で「小道」の意。
落差約30mの滝の裏側に遊歩道があり、別名「裏見の滝」とも呼ばれる「雷滝」。
涌井さんの趣味の1つはドローンで高山村の景色を撮影すること。山田牧場にて。
山田牧場にある「見晴茶屋」は、涌井さん一家お気に入りの店。「手づくりチーズの焼きカレーが絶品です」と、涌井さん。
松川館の隣に立つ「滝の湯」は、山田温泉の旅館の宿泊客と温泉組合員しか入浴できない浴場だ。
涌井さんの曾祖母が住んでいた家。現在は旅館内に住んでいるが、移住直後はここで暮らしていた。
冬は、村内にある山田温泉キッズスノーパークや近隣のスキー場でスキーを楽しむ。
涌井さんに聞く!温泉地に暮らすよさ
「旅行では、新緑や紅葉などその季節を満喫できますよね。温泉地に住むと、さらにぜいたくなことに、四季の移り変わりを楽しむことができます。あと、毎日温泉に入っていると肌がつるつるになります」(涌井さん)
文/はっさく堂 写真/尾崎たまき
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