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田舎暮らしの本 6月号

最新号のご案内

田舎暮らしの本 6月号

5月2日(木)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

老いと幸せ/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(49)【千葉県八街市】

執筆者:

 12月29日「運は100%自分次第」。朝は相変わらず寒く、畑は霜だらけだが、日中は少しばかり背中がポカポカした。午前中は、夏以来ずっとほったらかしにしていたイチゴハウスの手入れをした。土はカラカラに乾いている。草や竹もいっぱい生えている。それでもイチゴたちは花を咲かせ始めている。まずは草取り。そして40メートルのホースを引っ張りタップリ水やりした。裾をまくっていたビニールを下ろし、強風で破れた箇所を補修。さあみんな、これで今夜から心地よく眠れるぜ。

 今日が荷物発送の仕事納めである。畑仕事は大晦日も元日もやるが、荷物発送、すなわち、外部とのつながりでやる仕事はこれで年内終わり・・・その気分はやはりホッとしたものである。今月作った荷物は31個。売り上げ9万3000円。つい昨日だったか、テレビがこの冬の、公務員や企業のボーナス額を伝えていた。昨年よりいくらか増えて平均90何万円だとかいう。僕が1年かけて売り上げる野菜代金とほとんど同額だ。株取引も高値で終了したらしい。いいなあ、いいなあ・・・とは羨まない。こっちは、ゼニカネでは表せないシアワセを天からもらっているものネ・・・いささか負け惜しみの感もあるけれど、ほとんど正直な気持ちである。屋外で光や風に当たりつつ働く、食いものを作る。それは人間に幸福感をもたらす。その幸福感をゼニカネに換算すると年額300万円くらいにはなるかもしれないぞ(ふふっ、ちょっと大げさか)・・・。

はらわたとたましひを以て年迎ふ  正木ゆう子

 読売新聞「四季」で目にした句だ。長谷櫂氏はこのように解説する。

肉体と精神あるいは体と心。人間について考えるとき、しばしばこの二つに分ける。それがまっとうな考え方かどうかは別として、作者は腸(はらわた)と魂という。肉体と精神をさらに突き詰めた言葉だろう。癌手術後の新年の句。

 田舎暮らし、そして百姓生活。それは、ふだんから、はらわたと魂でもってなされる。土の打ち起こしも野菜の冷たい水洗いもそれをもってなされるのだが、365日、ちっとも代り映えしないその作業が、思えば、はらわたと魂をさらに、よりふくらませ、磨いてくれるらしいのだ。まっ、なんでも良い方に考える僕ならではのこれは思考かもしれないが・・・。で、今日の荷造りをしている時、「運は100%自分次第。強運は行動の結果です!」という文字が目に入ってきた。脳科学者・中野信子さんの『科学がつきとめた運のいい人』(サンマーク出版)。大きな広告だった。いくつか見出しが並んでいたが、僕が眼をやったのはこのふたつ。

運は偶然じゃない!  考え方や行動パターンで決まる。

自分を運がいいと感じている人は死亡リスクが35%低い。

 ほおっ、オレは死亡リスクが低いのだな・・・。そう思い、続けて、運は偶然じゃない! というのには素直にうなずいた。僕は自分が運のいい男だと思っている。77歳の今日まで、全く体の不調を感じず生きてきた。職場での行き詰りでうつ病予備軍みたいな時が5年くらいあったのだけれど、マラソンにおけるタイム更新という目標を掲げることでうまくやり過ごした。田舎暮らしにおいてはいくつかの不運を経て、最後は幸運にたどり着いた。最初に買った長野の山林は、地元の不動産屋のカモにされ、ほんとは半値くらいの金額で買えるものだと後で知った。次に買おうとしたのは農地で、若い僕はいきなりの素人は農地を買えないことをまだ知らず、金を払い「仮登記」しても、もし所有者が死んで所有権が、例えばその息子なんかに移った場合、うやむやにされてしまうこともあるのだと、やはり後で知った。そして3つ目にあたる物件は利根川のすぐそば。築50年余。ちょうど今頃、年賀状を書く手に息を吹きかけねばならないくらい寒いボロ家だった。1000万円、10年ローン。その6年目、現在住んでいる家と畑の物件を新聞広告で見つけ、我が人生が大きく転換することとなる。そして、ここらあたりから僕にはヤキが、いやツキが回ってきた。利根川そば。うちから徒歩15分くらいのところに女子大学のキャンパスが出来た。まだバブル期でもあったせいで、周辺地価が高騰した。現在住んでいる家と畑は2400万。僕は100万円の手付金を払い、地元の不動産屋を通して利根川の家を売りに出した。しかしなかなか売れない。正直あせった。思いついたのは、当時あれこれ原稿を書かせてもらっていた「自然食通信」に紹介記事を載せてもらうことだった。そして数か月が経過。もうこれ以上は待てない、手付金100万は捨て金になるかも・・・そう観念しかけたところで買い主が現れた。

 運がいいとは・・・思うに、あきらめないこと。これがオレの人生だ、そう覚悟を決めたら少々のミス、躓きにもめげず、突き進むこと。その執念とパワーが運を引き寄せる。そう、運とは、何もしないのに勝手に転がり込んで来るんじゃない。コケそうになっても後には引かない。愚痴をこぼさない。がむしゃらさが手繰り寄せてくれるものだ。最初に手にした長野の山林から50年を経た今、静かに、振り返って、そう思う。

 12月31日「珈琲とドラ焼きが届いた、タヌキもやって来た」。冷たい雨の朝である。しかし、いつもと変わりなく僕は過ごし、動く1日である。1日の始まりはランニングだ。一種の儀式。朝の教会の鐘みたいなものだろうか。健やかな1日でありたい。朝食を美味しく食べたい・・・その思いで走り、朝の空気をいっぱい吸う。朝食をすませ、今日みたいな雨の日はビニールハウスという殻に籠り、雨音を聴きながらスコップ仕事をする。デンデンムシやタニシが殻にすっぽり収まる、そんな感じ、そんな気分。それが年寄りにはなかなか心地よいのだ。2枚下の写真のビニールハウスにはジャガイモを植える。ジャガイモのハウスはこれで合計3つだ。まず、土壌改良のために木灰およそ100キロを運び込む。10日連続でやった焚火。燃やした木はおそらく2トン車一杯くらいの量であったろう。それが完全に燃え尽き、出来た灰は深さ30センチくらいの層をなしている。

 ビニールハウスの中。外の雨音にまじって、先日読んだ朝日新聞「耕論」のことが頭に浮かぶ。タイトルは、「何もしない」は得なの?  タイトルに続けてこうあった。「さあ挑戦しよう」と言われても、保身を考え、二の足を踏む今日このごろ。まわりの視線を気にしつつ、「何もしない」方が得なのか。むしろ、「何もしない」ことが価値なのか・・・。3人の論者のトップが組織学者であることからも、これはどうやら企業論、組織論を主眼とするテーマであるらしい。

皮肉を込めていえば、いまの世の中、何もしない方が得です。無理をして価値を生み出そうとするより、まわりと調和しながら波風をたてない方がいい。これは個人が組織に適応するための冷静な計算に基づく合理的な行動であり、だからこそ厄介なのです。(組織学者・太田肇氏)

 組織とまるで無縁なのが個人百姓、ビンボー百姓の暮らしである。調和も波風も全く無縁。自らが指示を出し、その指示を受けて自らが動く。その指示は、時には強引、強制、また時には不合理なものではあるが、上司と部下が同一人物であることをもって、異論、反論、オブジェクションは出て来ようがない。天才バカボンみたいに、それがいいのだ・・・と思うか。なんだかんだ言っても組織は個人を守ってくれる、ボーナスだって出る・・・そっちがいいのだと思うかは、人によって違うだう。そして「耕論」。僕がいちばん面白いと思って読んだのはシングルマザーでオランダ在住のライター山本直子さんの、「自分軸」の生き方もいい・・・だった。山本さんはオランダ語「ニクセン」という言葉を紹介する。何もしないという意味の動詞で、ぼーっとすることだという。山本さんによるとオランダ人は長期休暇をしっかり取り、手の抜き方を心得ているそうだ。そしてこう言う。

忙しい人ほどニクセンは効果があるそうです。仕事の手を止め、ぼーっとしていると、自然に頭が整理されて、いいアイデアが浮かんできます。忙しい中で効果的に休むのが幸福感のカギとも言われています。コーヒーを入れたり、洗濯物をたたんだりするだけでもいい。朝起きたらしばらくスマホを見ないのもおすすめです。お香をたき、雲を眺めながら、きょうの空気を感じます。何にも縛られない、自由な時間・・・。

 山本さんがおっしゃる具体的事項、仕事の手を止める、スマホを見ない、お香をたく・・・これらは残念ながら僕には当てはまらない(スマホはないから)。それでいて、全体としては「山本論」がそのまま我が暮らしにかぶさる。どういうことか・・・。僕は朝のランニングに始まり、畑仕事を終えてからの腹筋、ストレッチ、晩酌を終えてからのブログ書き、さらに今こうしてやっている原稿書き・・・いっときも休まず手足が動き続ける。静止時間がない。それなのに、けっこういいアイデアが浮かぶ、自由な時間を生きているとの感覚にも満ちる。だから、必ずしも動きを止めてボーっとしていることが幸福感につながるわけではないと思う。だとすると大切なこととは何なのか・・・上に使った、「指示を出すのは自分、その指示に従うのも自分」だと思う。こんな例えをするのは面映ゆいが、田舎暮らしにおける百姓生活とは、画家や彫刻家、あるいは登山家に近いかもしれない。冬山の登頂を目指すクライマーは進むべきか、引き返すべきか、その判断を自分で下し、生じた結果はすべて自分の責任とする。田舎暮らしの百姓には冬山登山ほどの危険とハードさはないが、基本的には似ているかもしれない。

 ビニールハウスの中でけっこう激しいスコップ仕事をしているところで、クロネコヤマトの馴染みのドライバーが中村さあーんと呼ぶ声がした。手渡された荷物は古くからのランニング仲間で、野菜のお客さんでもあるAさんから。中には珈琲とどら焼き。そしてきれいな字で書かれた手紙。珈琲もどら焼きも僕の好物であることを承知しての心遣いである。そして、再びハウスに戻って30分ほどした頃だったか。庭にいるニワトリたちがいっせいに警戒音を発した。ハヤブサが襲うときには激しい悲鳴を発するが、それとは違う。でも気になるので作業の手を止めて行って見た。なんとタヌキだった。売り物にはならず、もう何日も前に投げ捨てた大根をかじっている。よほど腹がすいているのか、僕がすぐそばにいるのも気づかず大根をかじり続ける。そして、やっと僕の気配を感じたか、振り向いた。その表情が、特に目が、愛らしかった。それにしても痩せている。毛も抜けている。僕は急ぎ台所に向かい、マグロの煮たのを持って来てやった。生きとし生けるもの・・・何かを食べて、最期の日まで懸命に生きなければならない。また明日も来いよ、美味しいものを用意しておくから。そう言って林の方にゆっくりと歩くタヌキの後ろ姿を僕は見送った。

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