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田舎暮らしの本 1月号

最新号のご案内

田舎暮らしの本 1月号

12月3日(火)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

会社員から漁師に転職! 経験ゼロ。横浜から家族で移住【鹿児島県日置市】

掲載:2020年4月号

水産庁の調査によると、漁業就業者数は減少しているものの、漁業者1人当たりの生産量や産出額は増加。就業や移住への支援の効果もあるのか、新規就業者も微増傾向にあるという。都会でのキャリアを手放し、鹿児島県で漁師として新たな挑戦をする移住者を訪ねた。

父親と共に漁に出る佐々祐一さん。浅黒い顔に個性的なヘアスタイルと穏やかで冷静な話しぶりが印象的。

鹿児島県日置市は鹿児島空港から車で約50分。鹿児島市に隣接する山と海に囲まれた都市近郊のまち。マリンスポーツや釣りでにぎわう海があり、薩摩焼をはじめとしたアートにも親しめ、おしゃれなカフェも点在。シラス漁で知られる江口漁港には漁協が新鮮な魚を提供する江口蓬莱館(えぐちほうらいかん)があり、列をなす人気だ。

本当にやりたいことは何か? 導き出した答えが漁師だった

 毎朝5時半に起きると、薪ストーブに火を入れて2歳から10歳までの4人の子どもを起こし、朝食をとって漁に出る佐々祐一さん(43歳)。鹿児島県の西岸、日置市江口浜沖で漁をする船長1年生だ。

 横浜に住む佐々さんは、大手経営コンサルティング会社に勤めるエリートサラリーマンだった。妻の茜あかねさんも大手企業勤務。そんな夫婦が南の静かな漁村で漁師を目指すことになろうとは、誰が思っただろう。

 激務で知られる仕事に就いたのは、「自分の能力を使い切ってもなお上を要求される職場で働きたかったから」というガッツの持ち主。仕事はとても面白かったが、クライアントに誘われて金融界に転職。「少し余裕が生まれて今後の人生を考える時間ができた」と佐々さん。本当にやりたいことは何かを見つめ直すなかで「漁師」という答えを導き出した。

 じつは父の尚武さんは、彼が2歳のころまで捕鯨船の機関士。佐々さんは幼いころから磯遊びやサーフィンに親しみ、無類の魚好き。子どもたちと過ごす時間が短い当事の働き方には疑問もあった。豊かな自然環境で自分の思うような漁や暮らしができたらと考えたのだ。

1週間の体験で消えた不安。3年の研修を経て独立

 早速、漁師になるべく情報を集め、各地で漁船に乗るなど動き出した。しかし、将来船長として籍を置く漁協探しは難しい。そこで出会ったのが江口漁協。吾智網漁(ごちあみりょう)で生計を立てる専業漁師が多いことにも注目した。吾智網漁は、船を走らせながら600mの2本のロープと網を海に入れて包囲型をつくり、それを狭めながら魚を網に追い込む漁法。1度の漁でこれを数回繰り返す。漁具を海に仕掛けて船に揚げるまでが30分と短いため魚が傷みにくいのが特徴で、稼げる漁法のひとつだ。

 移住の決断は、冬休みに家族で江口浜の民家を1週間借りて、漁に出た経験がきっかけとなった。漁師への思いは確かでも、自宅マンション、安定した収入、人間関係などを手放すことには迷いがあった。しかし、体験移住で不安は吹き飛ぶ。昼ごろには魚を手に帰宅し、家族が顔を揃える毎日。店はないが砂浜がある。なにかと世話を焼いてくれる隣人の優しさも心に染みた。

 移住して鹿児島県や日置市の支援を利用し、3年間の研修を開始。縁もゆかりもない地で、よい師匠と出会えたのは幸運だった。移住の先輩でもある漁師の船に乗せてもらえたのだ。技術を得るだけでなく、地元漁師ともつながれた。

 研修を終えた昨年4月、水産庁の船の購入費半額補助を利用して念願の船を手に入れ独立した。まだ1年未満のため年収は未知だが、手元に残るのは前職時の年収1500万円の4分の1にも満たないかもしれないと言う。しかし、「真面目にやってきた結果、1年目の楽観的目標の9割は達成」と焦る様子はない。漁のたびに潮の速さやロープの引き方、魚の獲れ具合などを記録し、パソコン管理で数値化。分析し仮説を立てる戦略的な漁は、漁師仲間に刺激を与えている。

船が深く沈めば大漁の印。昼前後には漁を終えた船が次々と港へ戻る。

水揚げは漁港の空気がピリリとする瞬間。魚の鮮度を保つべく、きびきびとした動きだ。

次々と選別されていく魚。船頭手カギを手にした漁港の職員が施しているのはタイの活〆。

この地特有のツキヒガイの商品価値を上げようとネット販売にもトライ。手応えは上々だ。https://poke-m.com/producers/53169

両親も移住。受け入れてくれた人たちに恩返しがしたい

 影響はほかにも及んでいる。佐々さんの両親が子どもや孫の力になろうと横浜の終の棲家をたたんで移住してきたのだ。

「ご近所から野菜が軒先に届けられるから買うのは肉ぐらい。ほんとに豊かです」と話す妻の茜さんは、興味を持っていた陶芸の里で作陶の手伝いを始めた。日置市は佐々さんの提言を受け、空き家を利用する体験移住制度を検討中だ。

 当の佐々さんは、早くも先を見ている。吾智網漁で豊富に獲れるタイを、処理の工夫でブランドに育てるもくろみだ。「まずは自分でやってみて、みんなにも乗ってもらえたらうれしい。迎えてくれた漁協、過疎に悩む村に恩返しできたら」と話す佐々さん。家族と過ごす時間を大切に、自分の裁量でチャレンジできる喜びを実感。移住当初は腐心もした、漁師仲間と酒を飲む時間にも楽しみを見いだしている。

借家を300万円で譲り受けたのはこの地になじんだ証。二世帯住宅に建て替えを検討中だ。

物置部屋をDIYでリフォームした「アスレチック部屋」は、子どもたちのお気に入り。

漁から帰ると、畑やバイクを楽しみ、孫と過ごす時間に喜びを感じる父の尚武さん。

【日置市移住支援情報】

農林漁業への新規就業者への支援が充実!

 日置市には農林漁業新規就業支援金制度がある。①日置市が指定した研修施設で2年間研修すること、②年齢が50歳以下で市内に住居があること、③市指定の就業計画認定を受けることを条件に、研修手当として単身者に月額12万円、夫婦に月額18万円を支給。住居手当として月額1万5000円(限度額)、住宅改装費の支援(限度額100万円)が受けられる。

 また日置市には空き家バンクや補助対象地区に住宅を新築・購入すると支給される補助金もある。

 なお鹿児島県には、漁協による漁業や経営の知識や技術を座学・実習で短期間学ぶ「かごしま漁業学校」や1~3年の長期研修がある。

問い合わせ先/日置市総務企画部地域づくり課定住促進 ☎099-248-9408

 

【漁師に転職するには?】

まずは漁業.jpと漁業就業支援フェアで情報収集

 漁師に転職しようとしたとき、まず頼りになるのが「全国漁業就業者確保育成センター」が運営するウェブサイト「漁師.jp」。初心者に向けて漁業についてわかりやすく紹介されていて、全国の漁業求人情報や漁業就業支援フェアに関する最新情報も得られる。一口に漁業といっても、漁場や漁法は多種多様。まずはどこにどんな種類の漁業があるのか知るところから始めたい。

 同センターの馬上敦子(まがみあつこ)さんによると、「雇用形態も自ら船を所有する独立型と、大規模な漁を行う会社などに就職する雇用型とがあります」とのこと。雇用型は技術が習得でき給料も保証されるのがメリットだが、独立型でも、自治体によっては研修制度や各種補助金などの支援制度を利用することが可能だ。

 同センターが主催する漁業就業支援フェアには、新人漁師を募集する全国の漁協や団体が出展。現役漁師からリアルな現場の声を聞くことができるまたとないチャンスだ。毎年夏に、福岡・東京・大阪で開催される。参加は漁師として就職先を探す人はもちろん、なんとなく漁業について知りたいという軽い動機でもOK。漁業や漁師の仕事についてのガイダンスや展示、ちょっとしたことでも質問しやすい総合相談窓口、求人団体による募集ブースなどが設けられる。開催日時など最新情報は「漁師.jp」で確認を

問い合わせ先/一般社団法人全国漁業就業者確保育成センター
東京都港区赤坂1-9-13三会堂ビル地下1階
☎03-5545-1617
「漁師.jp」https://www.ryoushi.jp/

 

文/前田真理 写真/岩松敏弘

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