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田舎暮らしの本 5月号

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田舎暮らしの本 5月号

3月3日(月)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

「強さ」と「優しさ」あるいは道徳について/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(52)【千葉県八街市】

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 3月26日「あのころ子供たちは強かった・・・もちろん母も」。

 悪天候である。雨は時間とともに強くなり、気温も低い。しかしやろう。今日どうしてもやらねばならぬ理由がある。昨日からトマト用のハウスを組み立てる作業にとりかかった。この下の写真は昨日の午後5時半。まだやりたかったが日没でやむなく中断したのだった。例によって、あちこち散乱しているパイプをうまくつなぐ。曲がったり、寸法が違ったりするパイプゆえ、側面から見ると出たり引っ込んだりがあるけれど、そこは強引に、横パイプに縛り付けるかたちでなんとかする。

まだやることは残っている。意欲も残っている。しかし日没、もう手元がよく見えない。ちょっとばかりの無念さをもって今日の作業を終える。

 この強く冷たい雨の中でわざわざ作業するのには理由がある。別な場所で長く使ってきたビニール。ふだんなら大きな桶に入れてゴシゴシ洗う。しかし6×13メートルのビニールは何とか桶に押し込んだとしてもうまく洗えない。それで、まず地面に広げ、ブラシでこする。次に、組み立てたパイプに乗せて、広げて、かなり強くなった雨に打たせれば汚れが洗い流されるだろう・・・そういう算段で、晴天となるらしい明日ではなく、あえて今日、雨中での仕事というわけなのだ。

ビニールにブラシをかける。冷たい雨の中の作業が続く。

 午前中3時間で全身ズブ濡れ。部屋に戻ってすべてを着替え、ランチと熱いお茶で体温の回復を図る。そして後半戦を開始。パイプ同士をつなぐべき箇所は限りない。そしていよいよビニールを乗せる作業だ。6×13メートルをスンナリ乗せるのは難しい。あっちを引っ張り、こっちを緩め、何度も脚立を移動させながらの辛抱だ。ビニールの位置が定まったら、風でズレないよう、大急ぎでパッカーで留めていく。その数100本。かくして午後5時、完成。昨日が5時間、今日が7時間、通算12時間の大仕事だった。やり終えて、誰もほめてくれないから、自分でほめる。オレは強い・・・。体も強いと思うが、それより心が強い。こんな日に、冷たい雨と風に吹かれながらの7時間作業。10中7人くらいの男は気持ちが逃げるのではあるまいか。逃げないところがエライ・・・雨の中にときおり響くウグイスの声を聴きながら自分で自分をほめてやった。

資材が不揃いなことに加えて不器用。よって仕上がりはこんなもの。しかし、最後はそれなりにまとめるところがオレはすごい・・・と自分ぼめ。

 しかし、強い人、ほめるべき人、それは、はるか昔からどこにもいた。朝日新聞の毎週土曜日の夕刊に「朝日新聞写真館 SINCE1904」というページがある。古い時代をモノクロの写真で思い出させるものだ。先週の、5枚の写真の中で僕の目を留めさせたのはまず1961年、集団就職のため父親に付き添われて自宅を出てゆく少女の写真。10人家族の農家で育ち、宮崎県の中学を卒業後、姉2人に続いて愛知県の紡績工場に就職する。昭和36年に中学を卒業ということは、写真の少女は僕の1歳年上だ。背景に藁ぶき屋根の家。その前で20人余りの人が手を振っている。宮崎から愛知県まで。夜行列車はどれほどの時間を要したか。列車の中で少女はどんなことを考えていたか。直角の堅い木製の座席でなんとか眠ることは出来たか。将来への夢が少しでも頭に浮かぶことはあったか・・・。

 もう1枚、僕の目を引いたのは、頭を手ぬぐいで覆い、モンペを履き、左の肩には大きな袋が掛かっている母。写真はうしろ向きの姿、顔は見えない。彼女は右手の5本指を大きく広げ何か声をかけているようだ。その右手の下の方には、ボロい布団のようなものにおすわりし、母親と同じように右手を大きくパーの形に広げ、笑顔を見せている子どもがいる。こんな解説が添えられていた。

1958年(昭和33年)、阪神野田駅(大阪市福島区)近くの踏切わきで、2歳の娘に見送られる母親。夫に先立たれ、街で毎日くずを集めて回る。娘の預け先がなく心配で何度も戻るが、気にかけてくれる人もいて、娘は布団の上で笑って遊んでいるという。

 この1枚の写真を見て、僕の胸に浮かんだのは、ただ一言「強い」。母は強かった。子供らも強かった。踏切のそばに2歳の子を置いて行く・・・現在なら正気の沙汰じゃないと言われるだろう。時代が無理強いしたという部分はあるにせよ、それから66年を経た今の我々は、この親子に比べたらなんとひ弱なことか・・・率直に言うと僕の気持ちはそうなる。唐突かも知れないが、神戸大学の何十人かの学生が、バドミントン同好会の合宿で泊まった旅館の天井や障子を破りに破ったという事件。昨夜僕は、大学側がそれを謝罪するところをテレビで見たのだが、なんとも幼稚なふるまいである。しかもそれをスマホかなんかで撮ってSNSに載せる、それはさらなる幼稚なふるまいである。くず集めに出かける母を笑顔で見送る。母が帰るまでひとりで遊ぶ。あの女の子に比べたら、食べ物、着る物、娯楽、生活環境・・・すべてが優れている現代の子たちの暮らし。そんな現代っ子たちは、大騒ぎして障子や天井をブチ破る。道徳心が足りない・・・などという言葉ではもはや言い足りないだろう。精神が幼いのだ。ひ弱なのだ。衣食足りて礼節を知らず、衣食足りて人間本来の強さと忍耐を失ってしまったのだ。昔はよかった・・・独りそんな言葉をつぶやくようになったら哀れ老人になった証拠・・・世間ではそう言うが、神戸大学の学生の一件にとどまらず、現代ニッポン人はだんだんに強さを失い、幼稚化しているように・・・僕には思われる。クズ拾いというのは昭和の何年くらいまで続いたのだろうか。僕も海岸でクズ鉄拾いをやった。小石や砂を掘る道具は瀬戸貝(ムール貝)の殻。集めた鉄クズを海岸通りにある鉄クズ屋に持ち込むと、おばさんが小さな分銅の秤に載せて、5円とか10円というカネをくれた。

長い時間と苦労でもって仕上がったビニールハウス。ひとりやるバンザイ三唱。

 かくして完成したトマト用ハウス。まだまだ気温は低いので、苗を植えるのはしばらく先になりそうだ。

この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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