南九州で農家が苦しい戦いを強いられている「サツマイモ基腐病(もとぐされびょう)」をご存じでしょうか。現在、有効な農薬がなく、サツマイモの収穫量が3分の1になるほどのダメージをもたらしている病気で、ここ数年、サツマイモ農家とサツマイモ業界に大きな打撃を与えています。
取材・文/田舎暮らしの本 Web編集部
【この記事のポイント】
- 焼酎用のサツマイモでは焼酎メーカーの生産量ベースで約3,500万本、売上高ベース換算で約300億円もの市場が失われ、国内大手メーカーでも一部販売休止に
- サツマイモの主要産地である鹿児島・宮崎では、サツマイモ基腐病を主因として最大25%収穫量減
- 現状、サツマイモ基腐病に対する有効な手立てが見つかっておらず、将来焼酎が市場から消えてしまう可能性も
サツマイモ基腐病に侵された根の部分。明らかに色が変わっているのがわかります。
実際に、霧島酒造の人気芋焼酎「黒霧島」はこの病気の影響で2023年2月以降販売を休止。 焼酎好きの間で大きな衝撃が走りました。
霧島酒造株式会社のホームページ「一部商品の販売休止について」より
こういった状況に危機感を抱いた農園芸のイノベーションカンパニー・株式会社welzoが、鹿児島・宮崎を中心としたサツマイモ経済圏を支えていくため、産学連携のコンソーシアム「みんなのサツマイモを守るプロジェクト-SAVE THE SWEET POTATO-」を設立し、正しい知識の普及や、病気に強い品種の開発などを行っています。本プロジェクトは、薩摩酒造株式会社(鹿児島県枕崎市)、小鹿酒造(鹿児島県鹿屋市)、九州大学大学院農学研究室/土壌環境微生物学研究室、東京大学発アグリテックベンチャーのCULTA(東京都渋谷区)のほか、鹿児島県の農家などが賛同して活動しています。
【株式会社welzo】
食・農業を通して、持続可能な社会と人々の暮しを豊かにする商品やサービスを提供する、農業資材・家庭園芸用品・飼肥料原料を中心に取り扱う専門商社。創業 101 年を迎えたニチリウ永瀬が、2023年1月1日に「株式会社welzo」に社名を変更。BtoB を中心としたビジネススタイルを築き、国内に 19 拠点を置いている。社内外のビジネスパートナーと共創し、ITやAIの技術を活用しながら、日本が直面する課題にも積極的に取り組んでいる。
さて、サツマイモ基腐病とはいったいどんな病気なのか、また、プロジェクトで何を目指しているのでしょうか。同プロジェクトの古賀正治さんにお話を伺いました。
サツマイモの本場・南九州を襲う「サツマイモ基腐病」とは?
「サツマイモ基腐病」という病名を聞いてピンとくる人は、あまり多くないかもしれません。この病気は、2018年頃から鹿児島県を中心に南九州で確認され、今も全国に拡大している恐れがある植物の病気です。
「サツマイモ基腐病は、サツマイモに感染する糸状菌による病気。カビの一種が原因で、サツマイモが感染すると株基から黒ずんでいき、葉、実まで腐敗し、収穫量が激減してしまいます。鹿児島県の発表では県内の75%の畑がサツマイモ基腐病に感染しているというデータもあるんです」(古賀さん)
農林水産省農産局の資料に基づいて作成されたサツマイモ基腐病が確認された地域の変遷図。年々拡大していることがわかります。
サツマイモといえば、焼き芋やスイーツが思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。しかし、実はそれ以外の様々なシーンでサツマイモが活用されています。
「サツマイモは加工食品の原料として幅広く使用されていて、焼酎、かりんとう(芋ケンピ)に利用される比重が高く、それらの生産量が減少しています。
また、麺類や春雨の原材料名に記載されている『デンプン』もサツマイモが原料。
実は幅広い分野ですでにサツマイモ基腐病による影響が出ているのですが、ここ数年はコロナ禍で需要が落ち込んでいたので、その影響があまり表に出てこなかったんですね。コロナも落ち着いてきたので、そろそろ原材料不足で苦労するメーカーが増えてくるかもしれません」(古賀さん)
農林水産省農産局の資料に基づいて作成された、鹿児島県と宮崎県をあわせた用途別のサツマイモ生産の割合。約半数が焼酎の原料で使用されており、一部商品の販売休止を余儀なくされた酒造も出てきています。
サツマイモ基腐病を防ぐ方法は、まだ確立されていない
では、サツマイモ基腐病は何が厄介なんでしょうか。
「一般的に野菜の病気は農薬が有効ですが、初期段階で、農薬散布したり、その株を抜いたりすれば止めることができます。
サツマイモ基腐病は一度畑に入ると、かかった株で病原菌を止めることができず、どんどん広がっていって、周りの畑にうつっていってしまうんです。さらには実にまで影響をおよぼすので、収穫が減ってしまう。そこが一番厄介なところなんですよね」(古賀さん)
しかも、今のところ、サツマイモ基腐病を完全に止める農薬がないという状況が続いているそう。
「もちろん、農林水産省で農薬が開発されていますが、実際の畑ではちょっと効果が低いかなという印象を受けました。株基や土壌に菌が潜んでいるので、サツマイモのように平たく地面を覆う性質の植物では、薬液が効果的に届かないのかもしれません」(古賀さん)
農薬以外の対策として、多くの農家では無菌で育てられた「バイオ苗」を購入する対応が取られていますが、これもサツマイモ基腐病に効果的とまではいえないようです。
「圃場に病原菌を『持ち込ませない』観点から、感染した苗の持ち込みを防ぐため重要な対策ですが、バイオ苗を植える畑が汚染されていれば、結局、感染を起こしてしまうんです。前年のサツマイモのツルや畑に放置された実に菌が残っていたり、隣の畑から感染してしまったりして……。一度菌が入ってしまうとなかなか除去できないんですね。
感染した畑で利用した機械を他で使ってしまうだけでどんどん広がっていきますし、台風や暴風雨も病気が広がる要因となります」(古賀さん)
サツマイモ基腐病は一般的に地際の株基から株全体に広がり、実に症状が出るという段階を踏むため、早めの収穫が推奨されています。しかし、早く収穫すればその分、実の肥大が制限されてしまい、結局収穫量は落ちてしまうのだとか。
一面に広がるサツマイモ畑(かんしょ圃場)。
しかし、サツマイモ基腐病にはまったくのお手上げ状態なのか……というとそうでもありません。少なくとも南九州では「畑の排水性の向上や土壌改善によって被害の軽減が見込めるというデータが出ている」と古賀さんは語ってくれました。
「サツマイモ基腐病はカビの一種ですから、水によって胞子が広がるため、水はけがよい畑では広がりを抑制できます。排水性と同時に土壌の環境を良くすることも有効のようです。
他の土壌内に有効な菌が多くいれば、病原菌の増殖を抑えることができ、畑の土壌内バランスが良くなるということですね。
そのための土壌改良資材を入れるとか、輪作(同じ畑に異なる種類の作物を繰り返し栽培すること)して単一の細菌だけが増えないようにするということが大切だと思います」(古賀さん)
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