田舎暮らしをテーマにした小説『海が見える家』シリーズで知られる作家・はらだみずきさんは、3年前に群馬県安中市(あんなかし)に移り住んだ。セルフリノベーションした古民家に住み、執筆のかたわら、自然の中で、梅や野菜の栽培、狩猟などに取り組む日々を送っている。
畑付き古民家との出会いが人生を変えた!
山に抱かれるように建つ平屋。近くの山からは、山菜やタケノコが収穫できる。
収穫期を迎えた青梅。最盛期には早朝5時から収穫を始める。
木漏れ日の中、たわわにみのった梅の実が揺れている。梅雨の晴れ間、作家・はらだみずきさんは早朝から収穫作業に追われていた。この地に移り住んで3年目。農薬や化学肥料を使わない梅栽培に挑戦しており、今年は今まででいちばんできがよかったという。
「ほとんどが大きな2Lサイズの実です」
はらださんが笑顔を見せる。収穫した梅は、地元の農協へ出荷するほか、今年からは「みずき自然農園」として産直通販サイト「食べチョク」へも出品。“栽培期間中農薬・化学肥料不使用の梅”として人気を集め、見事に完売した。
育てている梅の品種は「白加賀」と「月世界」。産直通販サイト「食べチョク」では、全国各地から注文が舞い込んだ。
もともと自然や動植物が好きで、いつかは田舎で暮らしてみたいと思っていたという、はらださん。2021年の春に安中市の山里に家を持ってからは、小説を執筆しながら、農業や釣り、狩猟をし、自給自足に近い生活を送っている。
「『作家の田舎暮らし』というと『高原の別荘での優雅な暮らし』みたいなイメージを持つ人が多いようですが、うちはそんなんじゃありません」
はらださんが苦笑する。
はらださんが暮らすのは、山あいに建てられた築約50年の木造平屋(敷地面積398坪。価格200万円)だ。初めて訪れたとき、家は荒れ果てていた。人が住まなくなってから何年もたち、天井にはクモの巣が張っていた。台所の床は傾き、屋根裏にはハクビシンらしき動物の痕跡もあった。敷地内に梅林があったが、こちらも荒れ放題だった。だが、惹かれるものがあった。はらださんは決心する。そして、自ら修繕しながら、この家で暮らし始めた。
「自分自身でいじるのが好きなんです。それに、荒れているということは、それだけ自ら手を加える余地があるということですから」
はらださんの自慢が、風呂だ。もともと備え付けられていた風呂は使える状態でなかったため、新たに屋外に風呂場をつくり、中古の浴槽(5000円)を運び入れた。薪で沸かした湯につかりながら、外の景色を眺め、好きな歌をうたう。
「この風呂をひとりで作れたとき、僕はここで暮らしていけるという自信を持ちました」
自作したウッドデッキと薪ストーブ。ベンジャミン・フランクリンが発明した薪ストーブと同じデザインの製品。
薪ストーブで焼いたピザ。薪で調理すると、ひと味ちがう。
玄関わきのウッドデッキも自分で作った。ここには、アメリカ製の年代物の薪ストーブが置かれている。
「寒い時期でも外で過ごせます。それにこの薪ストーブは、燻製を作ったり、ピザを焼いたりもできるんですよ」
薪ストーブは室内にもある。もともとの持ち主はプロパンガスを使っていたそうだが、はらださんはもっぱら薪を中心とした生活をしている。室内の薪ストーブは、暖房に、そして調理に大活躍している。冬場は気温が氷点下まで下がり、雪が積もることもある。そんなとき、薪ストーブにのせた鍋でつくる「イノシシのすき焼き」は最高のごちそうだ。もちろんイノシシは地元産で、野菜は自分で育てたもの。寒い夜が特別な時間になる。
薪ストーブでつくるイノシシ肉のすき焼き。うまそうなにおいが部屋中に広がる。
お金をかけなくても幸せは味わえる
家の周囲は自然に満ちている。はらださんの1日は、野鳥の鳴き声で起こされることから始まる。春にはフキノトウやタラの芽、セリやミツバなどの山菜が採れ、秋はキノコ狩りを楽しめる。庭先には特別天然記念物であるカモシカがやってきて、近くの川ではヤマメやイワナも釣れる。
庭先で収穫した山菜。写真左から、ノカンゾウ、タラの芽、フキノトウ。
庭先にやってきたカモシカ。「山の神様のように思えた」とはらださん。
「ここで暮らしていると、お金をかけなくても、〝幸せ〟は味わえるんだということを実感します。庭先で焚火をしたり、ウッドデッキに座り、収穫したばかりのキュウリをかじりながらビールを飲む、そんななにげないことで、とても満ち足りた気分になるんです。都会の暮らしでは決して味わえなかった。もちろん不便なこともあるけれど、やっぱりここに移り住んでよかったと思います」
そう話すはらださんは、自身の田舎暮らしの様子について、YouTube「はらだみずきの田舎暮らしチャンネル」で発信している。
「ここで暮らしていて、おもしろいと感じたことをまとめています。Twitterもやっているんですが、140字では伝えられることが限られてしまいますから」
「はらだみずきの田舎暮らしチャンネル」では、梅の収穫・選別、薪ストーブの設置、お金をかけない防寒対策、日本ミツバチの巣箱(待ち箱)づくりなど、さまざまなトピックが紹介されている。
また、自然や植物との暮らしと、古民家の再生について書いた小説が2023年6月に発売された。『やがて訪れる春のために』(新潮文庫)だ。
新潮文庫『やがて訪れる春のために』 全国の書店で好評発売中!
主人公の村上真芽は、入院中の祖母から、庭の様子を見てきてほしいと頼まれる。幼少時代に暮らしていた家を訪ねた彼女が目にしたのは、荒涼とした景色だった。そして、庭と家の再生に向け、真芽の奮闘が始まる――。
主人公の真芽は、庭でとれた果実を使い、ジュースやジャム、お菓子をつくる。その姿は、梅を使ってシロップやジャムなどの加工品をつくるはらださんと重なる。また、祖母の家をリノベーションしていく様子は、古民家を手に入れようとしている人たちにとって参考になる点も多いはずだ。
はらださんは、今日も朝から農作業で汗を流し、そして執筆を始める。窓からは、さわやかな風が吹き込み、鳥や虫の鳴き声が聞こえてくる。山に抱かれるようにして建つこの家で、次はいったいどんな物語が生まれるのだろうか。
はらだみずき
千葉県生まれ。商社、出版社勤務を経て作家に。2006(平成18)年『サッカーボーイズ 再会のグラウンド』でデビュー。「サッカーボーイズ」シリーズ、「海が見える家」シリーズの他に、『帰宅部ボーイズ』『ホームグラウンド』『最近、空を見上げていない』『あの人が同窓会に来ない理由』『ようこそ、バー・ピノッキオへ』『会社員、夢を追う』『太陽と月 サッカー・ドリーム』など著書多数。YouTubeやTwitterで田舎暮らしについての情報も発信している。また、梅の収穫時期には、通販サイト食べチョクでの直販も行っている。
YouTube
「はらだみずきの田舎暮らしチャンネル」https://www.youtube.com/@haradamizuki
Twitter
https://twitter.com/startsfromhere
産直通販サイト食べチョク みずき自然農園
https://www.tabechoku.com/producers/28352
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