「南九州サツマイモ経済圏で起きている危機とは? 日本最大サツマイモ生産地・最前線から緊急レポート」というテーマで、さる7月20日、東京都内で「サツマイモ基腐病(もとぐされびょう)」に関するシンポジウムが開催されました。サツマイモ基腐病とは、その名前の通り、サツマイモの葉や茎やイモが枯れたり腐敗したりする感染性の高い病気のことです。今回は、産学連携コンソーシアム「みんなのサツマイモを守るプロジェクト - Save The Sweet Potato(略称:SSP)」の活動の一環として開催されたこのシンポジウムのレポート記事をお届けします。
南九州のサツマイモは危機に直面している
このシンポジウムの進行役を務めたのは、SSPの代表で株式会社welzoの後藤基文さん。そのほかに、鹿児島県の焼酎メーカーである薩摩酒造株式会社の吉元義久さん、同じく小鹿酒造株式会社の児玉拓隆さん、東京大学発アグリテックベンチャーの株式会社CULTA代表の野秋収平さんが登壇し、アイデアの共有と今後の展望について語り合いました。
左から、SSP代表・株式会社welzoの後藤基文さん、薩摩酒造株式会社の吉元義久さん、小鹿酒造株式会社の児玉拓隆さん、株式会社CULTA代表の野秋収平さん。
「全国のサツマイモ生産量の半分近くを生産している南九州では、数年前からサツマイモ基腐病の被害が深刻になっています」。まずはSSPの後藤さんから、サツマイモ市場の現状についての説明がありました。
SSPの代表で株式会社welzoの後藤基文さん。
「サツマイモの生産量は、鹿児島県と宮崎県をあわせると全国の45.8%の生産量となります。南九州のサツマイモのおよそ半分は、焼酎の原材料として作られています。その焼酎用サツマイモが、いま特に危機に直面しています。人間にとってのCOVID-19のように、サツマイモにも病気がまん延しているのです」(後藤さん)
「南九州で生産されている焼酎用サツマイモの多くが『コガネセンガン』という品種でした。芋焼酎に適した品種として知られていますが、サツマイモ基腐病には非常に弱く、この数年の収穫量は激減しています」(後藤さん)
「鹿児島県内において、焼酎用のサツマイモ生産量は、2018年は15万トンありましたが、2021年には8万トンにまで減っています。これは、焼酎メーカーの生産量ベースでいえば3500万本に相当します。売上ベースでいえば300億円もの焼酎市場が失われました。
ただし、当時はコロナ禍で飲食業界の需要が大きく落ちていたため、焼酎の減産はあまり目立ちませんでした」(後藤さん)
サツマイモに起きている危機を乗り越えるため、SSPを立ち上げた後藤さん。サツマイモ基腐病に対して、3つのアプローチで解決していきたいと語りました。
「対策の1つ目は、畑の排水性を向上させることです。基腐病は、水を介して感染が広がっていくので、雨水などを溜めずに流すことが重要です。
2つ目は、土壌の改良です。土の蓄えている力が弱まることで病気に感染しやすくなっていると考えられるためです。
3つ目が、新しい品種の開発です。『みちしずく』のように病気に強い品種が開発されつつあります。焼酎の原料に適していて病気にも強い品種をさらに研究開発していきたいと思っています」(後藤さん)
続いてトークセッションでは、まずはCULTAの野秋さんが登壇し、農業の病気に対応する難しさについて語りました。
東京大学発アグリテックベンチャーの株式会社CULTA代表の野秋収平さん。
「国内で初めて基腐病が見つかったのが2018年なので、それから5年くらいしか経っていません。農業生産は年に1回が基本なので、まだ5回しか試行錯誤できていない状況です。人間にとっては5年は長いですが、植物の品種改良をやる上では5年でできることは限られています。ですから、いまは土壌改良などに取り組みながら耐え忍んでいる状況かと思います」(野秋さん)
サツマイモにはいろいろな品種がありますが、「コガネセンガン」と「紅はるか」の2品種は特に基腐病に弱いことがわかっているそうです。病気に強い品種も見つかっていますが、品種が違えば食味や風味も変わってきます。
「品種を変えればいいじゃないかと単純にはいえない、難しい部分もあると思っています。焼酎メーカーの方に話を聞くと、『やっぱりコガネセンガンじゃないとダメなんだよ』と。病気に強くてコガネセンガンの風味に近いような品種ができるように、品種改良をスピードアップさせていく部分で貢献していきたいです」(野秋さん)
サツマイモ農家も焼酎メーカーも厳しい状況にある
薩摩酒造の吉元さんからは、サツマイモの仕入れが思うようにできないため、予定している数量の焼酎を作れないという問題が語られました。
鹿児島県の焼酎メーカーである薩摩酒造株式会社の吉元義久さん。
「一昨年の2021年は、予定していた7割強しか製品(焼酎)を作れませんでした。昨年の2022年は少し改善しましたが、予定の85%くらいの製造量でした。当社は余裕をもって商品在庫を確保する主義でしたので、なんとか品切れは免れていますがギリギリの状況です」(吉元さん)
また、生産農家の経営状況が苦しくなっていることも指摘されました。収穫量が半分になるということは、売上が半分になるということです。補助金などがあっても、農家の経営は厳しい状況なのです。
小鹿酒造の児玉さんからも、焼酎の生産量が計画よりも大幅に減ったことなどが語られました。仕入れたサツマイモが腐っていたことも多く、腐った部分は切り取って廃棄するため、廃棄処理のコストも嵩んでしまうそうです。
鹿児島県の焼酎メーカー小鹿酒造株式会社の児玉拓隆さん。
「サツマイモを栽培する農家さんが減ってきている状況もあります。昔からサツマイモ農家をされている方でも、基腐病で収穫量が減って経営できないということで、別の作物に転換するという方が増えてきています。今後、基腐病が心配なくなったとしても、一度離れてしまった農家さんがサツマイモ栽培に戻ってきてくれるか……という懸念も感じています」(児玉さん)
この危機に各社はどう対応していくのか
こうした厳しい状況にあって、サツマイモ基腐病に対してどのように対応していくのでしょうか。各社の取り組みが話されました。
CULTAの野秋さんによれば、「基腐病に強い品種がいくつか見つかっているため、遺伝的な解析によってわかることがありそうだ」とのこと。CULTAだけでなく大学の研究室などと共同で取り組んでいきたいと野秋さんは続けました。「ただし、品種改良はいくら効率よくスピードを重視しても、数年は掛かってしまいます。その間の対応としては、土壌改良などの対策を探しながら試していく必要があるようです」(野秋さん)
小鹿酒造の児玉さんは、コガネセンガン以外の品種での焼酎の仕込みを試していると話します。
「一昨年から、基腐病に強い品種での仕込みを試験的に行っています。小鹿の焼酎には『コガネセンガン』の風味がマッチしているので、そこに『みちしずく』や『コナイシン』のような基腐病に強い品種をブレンドしたときにどう変わるのかを吟味しています。地元の方に普段の晩酌用として飲まれているので、あまり味わいを変えるわけにはいかないというのも現状です」(児玉さん)
また、基腐病の感染が広がる前にサツマイモを収穫し、焼酎の仕込み時期も前倒しをするといった取り組みも、農家との連携を密にしながら進めているとのこと。薩摩酒造の吉元さんも、病気に強い品種での醸造を検討していると話しました。また、農家との連携についても次のように考えているそう。
「農家さんとしっかりとコミュニケーションを取りながら、行政からの情報を伝えたり、農薬メーカーさんなども交えた勉強会の開催も行っていきます。
さらに種イモ対策として、畑に植える前の種イモを『蒸熱処理』という方法で殺菌する手法が開発されていますが、そのための設備を薩摩酒造で用意しました。農家さんから種イモを預かって蒸熱処理をしてお返しする取り組みや、農薬散布のためのドローンを貸し出すといった取り組みも進めていきます。できることは何でもやっていきたいです」(吉元さん)
サツマイモ経済圏のためにできることは
シンポジウムの最後には、「みんなのサツマイモを守るプロジェクト(SSP)」代表の後藤さんが次のように述べました。
「ひとりの農家やひとつの酒造会社だけでは、基腐病に打ち勝つことはできません。ここに集まってくださったみなさんをはじめ、多くの方に参加していただいてSSPというコンソーシアムを活発にしていき、サツマイモ経済圏を守っていきたいと考えています」(後藤さん)
シンポジウムの終了後には、芋焼酎の試飲会も開かれました。後藤さんは「試飲会を通じて焼酎の魅力に触れていただき、少しでも焼酎やサツマイモの消費促進にも力を貸してほしい」と話しました。会場では、薩摩酒造と小鹿酒造の人気銘柄が振る舞われ、活気あふれるイベントになりました。
試飲会の様子。
サツマイモ基腐病は、私たちの食生活に大きな影響を及ぼすかもしれない深刻な問題です。
「みんなのサツマイモを守るプロジェクト」は、プロジェクトに賛同してサツマイモ経済圏を守る仲間を募集しています。
ぜひ、ウェブサイトにアクセスしてみてください。
https://www.savethesweetpotato.com/
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