10月18日。「高齢化が進み、深い穴を掘るのが難しくなったせいです」。気温26度、湿度は30%台。申し分ない天気である。10月に入ってからずいぶん柿は収穫したが、10本ある柿の木にはまだかなりの数が残っている。下から見上げ、色づいているものを収穫棒で引っ掛けて取る。今は昔ほど好んで柿を食べる人がいなくなった、そう何かで読んだことがある。僕は大好物だ。毎日、仕事の合間に4個くらいは食べる。柿が赤くなると医者が青くなる・・・まさしくそうだと思う。六条河原の刑場に引かれる途中、お供の者が柿はいかがでございましょうかと声を掛けたのに対し、「柿は腹に冷えるでのお・・・」そう言ったとの逸話があるのは石田三成だったか。確かに腹には冷えるが、うんと汗をかいてから食べる、あるいは温かい部屋で食べれば、リンゴよりも、ミカンよりも、梨よりも美味である、僕はそう思う。
たのもしき今宵や卓に柿と栗 森澄雄
その日の夕食に誰と何を食べるか、これは人類にとって大問題だった。ときには食べられないこともある。食卓に柿や栗があるだけで「たのもしい」。稔りの秋への感謝。飽食の現代でも大事な心懸けだろう(今日の読売新聞「四季」より、長谷川櫂氏の解説)。
栗はかぶりついて食べるわけにいかないので柿よりは手間だが、秋、バラバラと地上に落下する栗と、青空の下で朱色が映える柿、このふたつが「たのもしい」ものであることは間違いない。さて一方、今日の朝日新聞で僕の目を引いたのは「中学校庭にイノシシの頭、事件かと思ったら・・・」という記事だった。神戸市の中学校の校庭でイノシシ2頭の切断された頭部が見つかった。事件かと騒ぎになったが、調べてみると、市の委託を受けた捕獲業者が仕留めたイノシシ4頭を切断し、穴に埋めた。それをどうやら何かの動物が掘り出したらしいとわかった。駆除した動物を埋設すること自体は違法ではない。穴の深さにも決まりはないらしい。僕が興味を持ったのはその先の話。昔は深い穴を掘って埋めていたが、今はせいぜい外から見えない程度の浅い穴ですませている。どうしてか。50年ほど前は狩猟免許を持つ人の多くが20代から40代だった。しかし今は60代以上。それゆえに埋設する穴を深く掘ることが難しいのだという。
いきなりこんな写真を載せるのは気が引けるのであるが、穴掘りと関係があるのでお許し願いたい。ヤマイモを掘る時、僕はいつもスコップを2本用意する。1本は穴を掘るため、もう1本はこびりついた土を叩いて落とすため。50センチより深いところの土は粘土質。それがしつこくスコップにからみつき、切れが悪くなる。だから地面に寝かせたもう1本のスコップに激しく叩きつけるのだ。その、ルーチンワークとも言える作業でまさかのアクシデントが生じた。叩いた瞬間、叩かれた方のスコップが宙に舞い上がって1回転。僕の頭を直撃したのだ。一瞬、何が起こったのかわからなかった。鼻筋に血が流れた。とりあえずタオルで拭いて、石鹸を泡立て頭全体を洗った。それからアルコールティッシュを傷口に当てた。アルコールティッシュは出血が止まるまで5回くらい取り替えねばならなかった・・・で、穴掘りのこと。傷の写真の下の写真が、たった2本のヤマイモを掘るために出来た穴である。直径60センチ、深さ80センチ。ほぼ毎日のようにこの作業をやる。仕留めた害獣を埋設するための穴掘りが高齢化のために難しくなった・・・自慢話みたいになるが、僕ならまだイノシシ1頭くらいを埋める穴はきっと掘れると思う。
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