10月23日。「月に5万円もかけて熊に愛情を注ぎ続けたという山形の男性の話に胸がジーンとした」。天気は昨日と同じ。朝は冷え込み、日中は光豊かで心地よい。半日はイモ類の掘り取りに費やす。サトイモ、ヤマイモ、サツマイモ。掘るのも大変だが、保存する手間もなかなか。大中小に分別し、目の届く場所にそれが入った袋や箱を置く。目の届く場所とは、寝室、居間・・・倉庫に投げ込むという手もあるのだけれど、夜間活動するネズミ対策としてはこれが最も安全なのだ。ということで、イモ類に囲まれて僕は年を越し、毎年それで春を迎える。
上の写真はヤマイモである。一枚目はシークワーサーをすりおろし、前に書いたミツカンのうめ黒酢をかけたものだ。夏場、これを頻繁に食べた。気温が下がってきた今は火を通す料理で食べる。二枚目は牛肉、ヤーコン、生姜とともに煮込んだカレーである。たいていの人は、ヤマイモといえばトロロと思うだろうが、僕はほとんどそれは食べない。たぶんコメをあまり食べないことと関係するのだろう。煮込んだヤマイモ・・・これがなかなかいける。カレーだけでなく、醤油味で、普通ならジャガイモが入るところをヤマイモとする。やったことがないという方は、ぜひ一度試してみて。
熊による被害が続出している。今年は山のドングリが不作だから、あるいは、人里でたまたま食べたものの味をしめたから・・・いろいろな理由があるらしいが、その怖い熊を32年も育て、老衰で死ぬまでつきっきりで世話したという佐藤八重治さんの話が今日の朝日新聞夕刊で大きく伝えられている。まだ雪の残る山形県朝日村(現・鶴岡市)で、母熊と離れた子熊がギャーギャーと泣いていた。山形大学農学部の職員だった佐藤さんは、凍死させるわけにはいかないと自宅に連れ帰った。哺乳瓶で牛乳を飲ませ、添い寝し、散歩にも連れて行った。いずれは動物園にでも預けようと考えていたが、気持ちが変わった。条例の規則を満たす頑丈な鉄製の檻を作り、動物愛護法に基づく飼育許可も取った。そして32年、立ち上がることもできなくなった「クロ」の世話をし、最後を看取った・・・。我が胸を打つ話だ。一方にちょっと微笑むようなエピソードも紹介されていた。もったいないからと、嫌がるクロに無理やり腐りかけたリンゴを与えたときのこと、怒った様子で腕に嚙みついたという。あるいは、猟友会の仲間に誘われ、佐藤さんは熊汁を2杯食べて帰宅した。そしたらクロは1週間、何も食べてくれなかったという。佐藤さんはこう言う。(熊の)においがしたんだろう・・・。体重130キロにもなったクロのための食費と光熱費は月に4万円ないし5万円を要したという。人間と野生動物がうまく共存できる道はないのか・・・それを考えさせる朝日の記事だった。
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この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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