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田舎暮らしの本 6月号

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田舎暮らしの本 6月号

5月2日(木)
890円(税込)

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日々是好日/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(51)【千葉県八街市】

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 3月3日「食べるということは生きるということであって、生きるための行為ではない」。

 朝、ランニングから帰ったら野菜たちの防寒の布団や毛布を外してやるのがいつもの日課。全部で6か所あるが、そのうちのひとつがレタスである。レタスは寒さで外葉が傷むもの。2月の雨量は例年になく多く、寒さプラス加湿という条件が傷みを加速させた。傷んだところを取り去ると丸いレタスは半分ほどの大きさになってしまう。それを今日は朝食に添えた。

 食べる楽しみ・・・きっとアナタにもそれはあるだろう。ただ、現在の僕の場合は、うまいものを食べるためにどこかに出かけて行くというのは皆無で、外に出かけて美味なるものを食べるという楽しみがない。そのための時間もカネもないせいだろう・・・。僕の3食は、朝がパン、昼に軽く茶碗1杯のコメ、夜は必ず晩酌で、肉や魚の料理を肴として飲むだけで、仕上げに麺類かご飯・・・ということはしない。

食べるということは生きるということであって、生きるための行為ではない。霜山徳爾

食べることは吟味するということでもあって、人間相互の信頼や人生への信念に深くかかわる営みだと、臨床心理家は言う。だから人としてある事態が受け容れられない時に、「いただけない」とか「のめない」、「後味が悪い」と言ったりする。そこには人としての自由が懸かっており、「食べることしか楽しみのない」のはむしろ最大の不幸なのだと。『人間の限界』から。(朝日新聞「折々のことば」鷲田清一氏の解説)

 単に食べ物、食べることの話を超えた、けっこう深い、哲学的なこれは談義だ。なるほど、我々の日常には食することとの関わりを踏まえた表現が数々ある。さて「食べることしか楽しみがない男」では、僕はない。しかし、日々3食たべる、その行為の半分はやはり楽しみとしてのものだ。そもそも百姓になったのは食べたいという願望から発したものだ。僕の母は早くに死んだが、母の姉は90歳まで趣味の三味線を楽しみながら生きた。農家に嫁いでいた。母の言いつけで僕は魚の煮つけなどを持って行くことがよくあった。すると叔母は数々の品を持たせてくれた。子ども心に農家って豊かなんだと思った。

 ふるさと祝島での幼少時代、食べたいものを腹いっぱい食べるということは叶わなかった。例えば卵。母の病気で家事を代行していた5つ違いの姉。学校給食がなく、昼休みいったん下校して家で昼ごはんを食べる時代のことだが、その姉が言う。おかずを作る時間がなかったから、ケンジ、卵を買おうてきんさい(祝島弁)。10円玉ふたつを僕の手に握らせる。走れば3分という農家に向かう。卵ふたつくれませえ(祝島弁)。僕の手から10円玉をすくいあげた親父さんは黒光りのする引き戸を開ける。もみ殻を敷いた箱の中から卵をふたつ僕に手渡す。その卵はすぐさま炒り卵になる。冷やご飯に入れてかきまぜる。3つ違いの弟と争いながら食べる・・・もっといっぱい卵が食べたかった。その無念の記憶は今も引き継がれ、食べたいものを腹いっぱい食べたいという願望が強くある。

 その一方で、我が食事は生きていくために必須のエネルギーという要素を持つ。機械はない、100パーセントが人力という農法では、体がダメになっては立ちいかない。だから食事に手抜きはしない。前に書いたが、誰に教わったわけでもなく、人体を健全に保つためにはこれとこれとこれが必要・・・そんなカンみたいなもの、本能みたいなものが僕には豊かだった。だから、どれほど忙しくともベストを尽くす。この上の写真、左はカニカマとヤーコンのサラダ。右は名もなきゴッタ煮。材料は人参、大根、タアサイ、キクイモ、生姜、豚肉。畑の打ち起こしの時に拾い上げたノビルも入っている。お客さんに送る時、ハネた野菜を無駄にしたくないという気持ちから、ともかく洗って切って、次々と鍋に放り込むのである。

 今朝も薄い氷が張った。しかし光は春の気配をタップリ漂わせている。ドキドキしながら現場に走った。部屋の中で電熱器で育てたインゲンの苗。いつも通り、日中は外に出して太陽光を浴びさせ、昨夕、そろそろ部屋に戻そうかと、箱に手を掛けて考えたのだ。苗はすでに20センチを超えている。小さなポットの中で根っこは窮屈な思いをしているだろうな・・・。しばし逡巡。結果は、よしビニールトンネルに植えてやろうだった。トンネルの上から古いビニールを3枚。その上から布団や毛布。今朝は、それをめくりながらドキドキしたのである。少ししおれている。しかし致命的なダメージではなかったようだ。

 どうにか寒さに耐えたインゲンを見てホッとしながら思い出した。昨夜、寝床で見た6チャンネル。4万円の大台まであと10円に達したという株価上昇のニュースに続き、転じた話題は「日本人のやる気、仕事へのモチベーション」の低さだった。アメリカの32%を筆頭に各国が高いのに対し、やる気のある日本人は5%だというのに僕は驚いた。給料が低い、頑張っても評価されない、理由は様々であるらしいが、それにしても低くはないか。百姓の僕からすると、給料の低さは理由にならない。先に書いたように、日々9時間働き、得られる報酬は5000円ちょっとだ。それでも、このインゲンの例でわかるように、我がやる気、モチベーションは常に高い。サラリーマンと百姓との違いは何だろうか・・・可視化、見える化という言葉があるが、百姓の仕事は日々、自分のやったことの結果が目の前に現れる。うまくいったら小躍りし、失敗に終わったらその理由を考え、次の方策につなげる。サラリーマンの仕事もその結果が数字になって現れる、見えることはもちろんあろう。しかし、土の下から芽を出し、寒さを乗り越えてなんとか成長する野菜栽培ほどには明瞭ではない・・・かつての自分のサラリーマン生活の記憶を手繰り寄せながらそう思う。6チャンネルのニュースでは、新橋駅前などでの街頭インタビューの場面があったが、給料とか上からの評価とかとは別に、日々接する多くの人間との関係から生まれるストレスも理由としてあるらしい。僕はトッピなことを考える。インゲンであれ、キャベツ、ソラマメであれ、種まきから土寄せ、防寒まで、その栽培に携わる人間が10人、20人といたらどうなるか。それぞれに意見が違う。よく働く者がいる一方、サボる者もいる。手柄を自分ひとりのものにする人間もいるかも・・・僕はとてもその中のひとりとしては働けない。すべてを自分ひとりの力でやる。失敗したら自分の責任。成功したらその栄誉は全部自分のもの・・・このあたりが我が性に合っている、だから頑張れるのである。

 夕暮れ、最後の仕事の前に夕食の支度をしておく。芽キャベツ、カキ、鮭の組み合わせである。カキを見て思い出した。ふるさと祝島では、岩場のカキを叩いて取って、浜辺で焼いて食ったことを。メジロを捕りに山に行ったときに食べたアケビ同様、食べたい一心で身の回りのものをせっせと食べた子ども時代だったのである。それでも常に腹はすいていた。

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