中村顕治
2022年が残り3日となった。今日12月28日、発送作業をすべてやり終えた。いい気分だね。サラリーマンであれ百姓であれ、やるべきことをやり終えた年末、さあほどなく新しい年だ、その喜びはみな同じであろう。12月に作った荷物は36個だった。たかが36個だが、1個の荷物に野菜の説明を加えた挨拶状を書き、箱をガムテープで留めるまでに3時間を要する。すなわち僕は荷造りだけで108時間働いたことになる。そしてその売り上げは・・・偶然同じ数字で、1個当たりの手取りは3000円だから、総収入は10万8000円である。この金額は、壊れたテレビを買い替え、椅子3つとのセットとなったテーブルを買い、他にもいくつか買い物をして、みごとに消えちゃったのだが、働いて得たカネで欲しいものを買う・・・誰にとっても喜びである。
今年最後の原稿は、強い寒風が吹き続く今の時期、畑はどんな様子であるか。そして百姓はどんなことをしながら年末年始を過ごすのか。そういったことを手短に書いてみようと思う。この下の写真は12月18日まで収穫が続いていたトマトとピーマンのハウスである。ずいぶん頑張ってくれていたが、先週以来の強烈な寒風の中でついにジ・エンドとなった。明日からこの茶色の残渣を片付ける。そして新年早々、ここに人参をまく。去年も全く同じスケジュールで人参を作ったが、水やりさえきちんとやれば低温の中でも発芽・生育する。
毎年、大晦日、僕は紅白歌合戦は見ずに、録画してある映画やドキュメンタリーを見る。紅白歌合戦を見なくなって何年ほどになるか。もしテレビをつけても歌い手の名前がわからない。若い歌い手の声や踊りは賑やかすぎて気持ちが休まらない。すべてはトシのせいであろう。この下の写真は、たぶん2月終わり頃に出荷となるだろうキャベツのハウスである。キャベツはあえて苗づくりを分散し、1月から3月にかけて収穫が続くようにしてある。そのキャベツのハウスにエンドウの種をまいてみた。エンドウも数か所に分けて作ってあるのだが、いくらかでも収穫が早くなるようにと、こうして一部はハウスに種をまく。ただし、僕の経験上、ハウスの中は露地に比べ、たしかに花は早く咲くけれども、実の数は少ない。
新しい年を迎えて・・・僕はお節料理も雑煮も食べず、ふだんと同じ暮らしをする。無粋な男と思われるかもしれないが、そのような気持ちにはなぜかならない。30年、40年ほど前の昔は、正月休みは決まって新幹線に乗って妻の実家に行っていた。決まり事をきちんとやる家庭で、居並ぶ家族の前で義父が新年の辞を述べ、豪華なおせちが食卓を飾ったものだ。今の僕がそのようなおせちと無縁なのは独り身のせいでもあろう。しかし理由はそれだけではない。正しい言い方になるのかどうか・・・・僕は作り置き料理があまり好きではないのだ。ふるさと祝島(いわいしま)では父が魚の仲買人だった。食べる魚はいつも生で、干物というのさえ口にしたことがない。もしかしたらそのせいか。年内に加工されたおせちには箸が進まないのだ。独り身とはいえ、カネさえ出せばおせちはたやすく手に入るけれど、そうはせず、元日の朝もふだんどおり、畑から取ってきたキャベツやブロッコリーや人参で料理を用意し、あとはチーズをのせたトースト、そして珈琲なのである。
イチゴ栽培は金銭的には割りの合わない作物だ。それでも懲りずに毎年やるのは夢が感じられるせいであろう。ビニールハウスを設置し、苗を植え付けるのが10月から11月。イチゴは水切れを嫌うので定期的な潅水が欠かせない。また、外は寒くとも、ハウスの中は心地よいゆえ雑草が生えて蕾を取り囲む。雑草取りも手が抜けない。そうした苦労が立春の頃から報われる。2月の空気はまだ春遠し。そんな中、イチゴたちが赤い実をつけてくれるのは、かつ、その実を口に入れるのは、僕にとって甘い「夢」なのである。
「畑は楽しい自然のおもちゃ箱」。この見出しの付いた記事を朝日新聞で読んだのは3日ほど前だったか。記事の主人公は檀晴子さん(79)。晴子さんは、作家・檀一雄の息子さん、エッセイストの太郎氏の奥さんだ。ご夫婦は、檀一雄氏が晩年暮らした福岡の能古島(のこのしま)に東京から移住する。晴子さんには以前から「半農半X」の夢があったという。東京ではプランターで花や野菜を育てていたし、移住前には農業体験農園で3年間の経験を積んだ。しかし現実は厳しかった。それでも努力を続け、今では、当初の「半農半X」から一歩前進、「ほぼ農」の暮らしだという。そんな檀晴子さんが言う。畑は命の不思議と驚きと発見が転がっているおもちゃ箱。畑仕事は大変な労働ではなく、楽しい遊びです・・・・。僕は冒頭に、12月の荷造りは36個、得た収入は10万8000円だと書いた。この金額なら、コンビニのバイトでも稼げるのではあるまいか。寒風ふきすさぶ畑で土を掘り、サトイモ、ヤマイモ、人参、大根を水洗いする。紋切り型で言うなら今の時期のタンクの水は肌が切れるように冷たい。そのキビシサからすると割りの合わない仕事・・・と誤解もされるかも。しかし違うのだ。檀晴子さんの言葉通り、畑には驚きと発見が転がっている。労働でありつつ、楽しい遊びの場でもある。だからちっともイヤじゃない。ひどいあかぎれに苦しみつつもシアワセなのである。
今日は出荷のためにジャガイモを掘った。春のジャガイモの掘り残しというのは案外多いものだ。それが晩夏、芽を出す。10月になったらビニールトンネルで保温してやる。しかしそれだけでは足りない。11月になったらビニールの上から古い布団や毛布を掛けて夜の冷え込みを防ぐ。この下の写真のように。
そして、12月になってからの冷え込みは途切れることがなく、もはや布団・毛布の効果もなくてごらんの通りに枯れてしまった。それでも、ほどほどのイモは出てくる。Mサイズを商品とし、チビは自家用。やはり新ジャガは美味である。
今日は白菜にありあわせのものを掛けてやり、大根に土盛りをしてやった。ほっておくと、そろそろ寒気で凍みてくるから。この大根たち、10月に、間引いたものの半分を植え替えてやった。移植当時は元気なく心配したが、今では立派なもの。味もパーフェクトである。
本年最後である今日の荷物に入れた品は、大根、白菜、キャベツ、サトイモ、ジャガイモ、黒大豆、チンゲンサイ、生姜、ユズ、人参、間引き菜、ヤマイモ、キウイ、長ネギ。来月後半までは品数に不足はない。問題はそれ以降だ。2月、3月の端境期をどううまく乗り切るか。僕の苦労は毎年そこにあり、あれこれと工夫する。スーパーの野菜売り場に品物が途切れることはないが、あれは全国の産地の、それぞれのプロが作ったものが集まっている。単独で、常に最低10品目をキープするというのは気の抜けない作業を要する。もって、僕には正月休みというものがない。元旦にも、トーストを腹に入れ、珈琲を飲んだらただちに畑に向かう。
荷造り完了は4時だった。もうひと仕事できるな。日中も寒いが、陽が落ちるとその寒さは倍になる。だから、暗くなるまでの仕事はあえて鍬やスコップを使う作業を選んでやる。ああ、そうだ・・・畑に行きかけたところで晩酌の肴を用意しておこうかと思う。小さくてお客さんには出せなかったタケノコ型のキャベツ、ニンジン、大根を豚肉とともに煮る。使うのは今日1日で満充電となった2000ワットの蓄電器、そこに山善の鍋をつなぐ。この鍋は若い独身男をターゲットとしたものらしく、即席ラーメンも、ごはんも、珈琲用の湯沸かしも、すぐにできますといううたい文句で売られていた。僕は電気の鍋はいくつも持っているのだが、手間もかからず、素早くできるこいつは確かに優れモノである。消費電力は600ワットあまり。2000ワットの蓄電器はわんわん音を立てながらも頑張ってくれて、午後6時、仕事を終えて部屋に戻るころにはきれいに煮物は完成していた。電気は、そして太陽光は、なるほどありがたいものである・・・。
前回、ロシアによるインフラ攻撃でウクライナの国民は電気なしの暮らしを強いられているという話を書いたが、目下、連日のようにテレビが伝えているのは、日本海側の大雪による停電と、アメリカでの零下20度に達する大寒波による停電である。日本を含め、世界のどこもエネルギー危機にどう対処するか悩んでいる。それによってやや影を薄くしてきた感もあるが、地球温暖化の弊害こそが問題として大きいと僕は思う。アメリカのように大寒波に見舞われる一方、アフリカではもはや農業が成立しないほどの旱魃が襲い、ヨーロッパでは大洪水もある。岸田内閣は、二酸化炭素の排出削減とエネルギー確保を狙いとして原発再稼働を打ち出し、一部には強い反発・批判もあるが、国民すべてがこのへんで真剣に考えてみる必要があるだろう。原発再稼働という政府方針を伝えるニュースの中に上関(かみのせき)原発のことがあった。僕のふるさと上関町祝島は漁師を中心とした原発反対運動が何十年にもわたって続けられてきた。岸田首相の声明を受けて、上関町長は建設再開に期待を寄せる言葉をテレビで発していた。すでに人口300人を切るまで減少した我がふるさと祝島はこれからどうなって行くのか・・・。
現代人は、もはや電気なしでは暮らせない。電気への依存は今後さらに高まっていくだろう。日本の発電量の70%は火力発電によるものだという。暑さを避けるため、寒さを避けるため、エアコンのスイッチを入れる時、この70%という数字を意識する人はどのくらいいるだろうか。北極の氷が解け、赤道以南の島国では砂浜が消滅し、水没の危険さえあるという事実を少しでも頭に浮かべるという人はどのくらいいるだろうか。
ほどなく新しい年が始まる。新しい年が始まってすぐ、僕は76歳になる。80歳までは百姓現役でいたい。この願いはかなうのか。今はともかく全力を尽くすのみだ。そして時々、心を癒す。庭のチャボ、水槽のウナギ、ドジョウと遊ぶ。鉢植えの花にも接する。ガーフレンド「フネ」が最近おもしろいことを言った。お父さんは小さいけれど、大きい男だね・・・。そのココロは、毎日ハードな生活をしていながらどこも具合が悪くない・・・。どうぞ皆さん、良い年を。来年もよろしくお願いします。
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中村顕治(なかむら・けんじ)
1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
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