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田舎暮らしの本 6月号

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田舎暮らしの本 6月号

5月2日(木)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

君たちはどう生きるか/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(48)【千葉県八街市】

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 11月19日「年収が高ければ高い人ほど歩行速度が速くなる」。素晴らしい朝である。風がなく、太陽がいっぱい。昨日の天気とは天と地の差だ。冷たい雨の中でも僕は普段通りに働くが、気分高揚、労働へのモチベーションが上がるのは、やはり今日のような天気だ。さて今日は久しぶりに500メートルの周回コースをランニングする。サツマイモの素揚げを作るのだ。電気の天ぷら鍋を熱くしておき、ランニングのシューズを履いて、さて出発というギリギリの瞬間に用意したイモを投げ込む。それでちょうど、1周したところでイモはうまく揚がっている。我が食用とするイモ、それは商品にならない、小さくて、いくつもの溝(へこみ)のあるものだ。今年の天候のせいか、本来の性質か、シルクスイートという品種はへこみが多くいびつだ。それを丁寧に、溝にビシリと埋まっている土と汚れを取る。ザックリ切ってしまえば作業は速いが、それだとイモに無駄が出でしまう。けっこう繊細で根気のいる作業だが、僕は苦にならない。食べるものを無駄にしたくないという百姓精神。それと、走り終えたら熱い珈琲とパン、そしてこのサツマイモがオレを待ってるぜという楽しみからである。で、溝に埋まった汚れと土、それを包丁の先で細かく取りながら思い出した話がある。20代の女子学生の人生相談。

完璧主義の自分に苦しんでいます。小さい頃から「人の3倍努力しろ」と言われてきました。そのため誰よりも勝ちにこだわり、努力を重ねました。目標に対して必ず成功してきました。大学受験で合格するためにすべてを犠牲にして勉強しました。しかし、いつか心がぼろぼろになってきました。100ではなくて80を目指せばいいことはわかっています。しかしできません。それじゃ失敗すると思うからです・・・。

 百姓である今の僕も、どちらかと言えば完璧主義者であるかもしれない。例えばどうしても今日やってしまいたいと思っていたことが、すっかり日が暮れてしまったり、急な雨が降ってきたりして難しくなってしまう場面。そこに無理を通すのだ。暗い中、自分で掘ったヤマイモの穴に落ちそうになったり、冷たい雨にぬれたりしながらなんとかやろうとする。しかし、ここらが限界だなあと状況を見定めたなら、いくらかの無念さはあるけれど、手を引く。仕上がりは80点。でも僕は思う。100点は取れなかったが、80点だって悪くはないぞ・・・100点にこだわるこの女子学生はその点での柔軟性がない。80点では「失敗だ」と考える。そこに彼女の苦しみの根源がある。僕なら、今日は80点だった。20点が果たせなかった。でも明日があるさ、足りない20点は明朝一番でやればいいのだ、合わせて100点だ・・・この精神が若い彼女にもあったなら、きっと人生が楽しくなる、心がボロボロになったりはしない。人生、自分で自分の性格に苦しむということほどつまらないことはない。肝要なこと。それは、きっちり手綱を締めてムチを入れる時。ゆるやかに精神を解放する時。これをうまく使い分けられるようになれば誰もが毎日を楽しく過ごせる。

 面白いデータがあるのを知った。今朝ランニングをしながら思い出した。ドコモ・ヘルスケア社というところが腕時計型の活動計を使ってまとめたデータによると、年収が高くなればなるほど歩行速度が速くなり、年収1千万以上の人は平均の人よりも1.2倍歩くのが速かったのだという。そうなのかあ・・・でも、逆も真なりかもだぜ。年収はダントツに低い僕。だが歩くのは速い。スーパーに行った時なんか、前の人の歩みののろさに耐えられず、いつも何人も追い越してしまう。

 年収の話が出たので、ついでに学歴の話も。阿部恭子著『高学歴難民』(講談社現代新書)、姫野桂著『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)、この2冊を合わせて紹介している書評を読んだ。評者・東京女子大学学長の森本あんり氏はこう書く。

世の中は「夢を諦めるな」「挑戦し続けよ」というメッセージであふれている。だが、大学の教員なら誰もが知っている。研究職を目指す学生の中には別の道に進んだ方がいいと思われる人がいることを。この2冊の書にはどちらにも心塞がれるような事例のルポが並んでいる。博士課程を修了しながら非常勤の掛け持ちで収入は月10万、追い詰められて振り込め詐欺や万引きに、あるいはセックスワークに走る人、学歴至上主義の両親に育てられ、「無駄に高学歴」と蔑まれてアルバイトもクビになる人、勉強好きでもないのに学費を出してくれると言われて法科大学院へ進んだが、司法試験に受からず、MBA(みじめ・ぶざま・あわれ)と揶揄される人・・・。名の通った大学を卒業しながら発達障害で人間関係につまずく例も多い。学歴コンプレックスのある上司や同僚に苛められて職場を去る人。遅刻や忘れ物が多いと責められ鬱病になり、家族のもとでニート化する人・・・。

 そうか、高学歴の人も大変なんだなあ。まずそう感心する。次に、みじめ・ぶざま・あわれの「MBA」がとてもよく出来たシャレなので笑う。つい先日、韓国の大学共通テストのニュースをテレビで見たばかりだが、あの国では大学入試が一生を左右するというのに驚くとともに、遅刻しそうになった受験生をパトカーが送り届けるというのにも僕は驚く。と同時に、大学入試なんておよびじゃないという韓国の若者たちの未来をもちょっと案じる。学歴とはなんだろう。たぶん、知識として当人の頭にインプットされた情報量だと言い換えてもよいのではないか。問題は、その情報量を社会に出てどこまで生かせるかであろう。法学部だった僕には、何が何でも司法試験に合格するのだという同級生がいた。彼は大きなひな壇形式の教室で常に一番前の席に座っていた。僕は・・・いちばん後ろの席で半分寝ていた。当然ながら、それで「不可」をもらう科目がいくつかあった。熱心にやっていたのは、部活、麻雀、女の子との遊び・・・勉強とは縁遠い青春時代だった。

 就職した出版社では、編集技術のイロハのイから、同僚に笑われ、上司に叱られつつ、だんだんに覚えた。おそらく人並と言えるレベルに達するまで10年近くかかったのではないか。そして、会社を辞めて百姓になっても、やはりイロハのイからのスタートだった。栽培技術を解説する本はかなり読んだ。しかし、百姓暮らしとは、90%が自分の手足を動かし、試行錯誤し、目の前に展開される状況を観察し、記憶にとどめ、次に生かす、それでほぼ占められる。いわゆる「机上の論」というものがほとんど役立たない世界であると僕は思う。それにしても、せっかくの高学歴が生かせず、かえって高学歴ゆえに苦労するという現実は辛そうだなあ。そういう人に、もし何かの縁でうちの畑に来てもらい、ヤマイモ掘りやヤブの開拓をやってもらうチャンスがあったら、どんな感想を漏らすだろうか。手足に傷を負ったり、メガネがズリ落ちたりするくらいの汗が額から流れ落ちる、それをいくらかでも生きている手応え、快感だと受け止められるだろうか・・・。高学歴ゆえに苦しむという人がいる一方で、学歴コンプレックスで苦しむ人もいる。前にも触れたことがある、脱サラ農業を8年で挫折した人物。彼は事あるごとに一流大学出の人物に刃を向ける。例えば、彼には東大出の部下がいた。あるときトイレの便器にスマホだか何んだかを落として泣いていた。そのエピソードでもって、東大出なんてそんなもんだよと言う。あるいは、慶大の経済を専門とする教授の公開講座に参加したそうだ。その教授が示した数式だかデータだかに「誤り」を見つけた彼は挙手してそれを指摘した。すると教授は烈火のごとく怒り、自分の誤りを認めなかった。そこで言う。慶應なんてそんなものだよ・・・。この人物は、僕の時代ならば三流とされた私大の出である。僕は思うのだ。いいじゃないの、二流だろうが三流だろうが。懸命に生きて、社会生活でちゃんと楽しく暮らしていけるのならばそんなことはどうでもいい。それより困るのは、大学を卒業してから何十年も、いまだ学歴コンプレックスを引きずったまま生きていることだよ。それで苦しむ、生活が乱れることだよ。その言動から、彼がいかに苦しんでいるか、チャランポランに暮らしているかが僕にはよく伝わってくる。ココロを入れ替えよ。せっかくの脱サラだったんだ、やるべきことはただひとつ、自分の農業をしっかり立て直すこと。東大だの慶大だのに刃を向けたりせず・・・。

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