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田舎暮らしの本 6月号

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田舎暮らしの本 6月号

5月2日(木)
890円(税込)

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君たちはどう生きるか/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(48)【千葉県八街市】

執筆者:

 半月ほど前だったか、朝日新聞「現場へ!」が『お金は神か』という連載をした。数日前、その連載を振り返るかたちで編集委員の方が「たくさん反響をいただいた。夕刊をお読みいただけなかった読者のために、かいつまんで内容を紹介する・・・」その前置きでサマライズを書いていた。こう記す。

1万円札も元はただの紙切れ。なぜそれを手に入れるために汗を流して働き、危険な投資や一線を越えた犯罪にまで手を染めるのか。求めあがめ、まるで神のような存在なのはなぜか・・・。

 僕は投資はしない。一線を越えた犯罪にも手を染めない。しかし、お金欲しさに、文字通り、ドバドバの汗を流して働いている。お金は、元はただの紙切れ・・・それはありふれた修飾語句であって、紙切れにも価値はある。世の中の約束事として、1000と印刷された紙切れを持っていけば1000円分の品物が受け取れる。僕は月に30個ほどの荷物を作る。1個3000円。月額にして9万円。ただし、荷造りそのものにガムテープ、ポリ袋、カッターナイフなどの費用がかかり、運搬のためにガソリン代もかかる。また、それ以前、冬場の栽培のためにビニールを買い、タネ代、チャボたちに飲ませる牛乳代、餌代もかかるから、実質手取りは甘く見積もっても2500円、下手すると2000円くらいになってしまうかもしれない。さらに言うなら、僕は、出荷の野菜を作るため連日、荷造りとは別に5時間以上の労働をしているわけだから費用対効果で言うともっと少額になるかもしれない。まっ、それでも、とりあえず、野菜売り上げは月額7万5000円ほどだと仮定しよう。これに年金12万5000円を足した総額20万円が僕の月の生活費である。その20万円をどう使っているか。新聞代、インターネットと固定電話代、プロパンガス代、固定資産税、健康保険税、車検を含めた軽トラの維持費。これらが固定化された出費だ。残りは・・・楽しみとして使う。例えば太陽光発電の部材、生きたウナギやナマズやニジマス、そして、ちょっと高いが美味であること間違いなしのパンや珈琲、時にはホームセンターでふっと目に留まった花を買う。でもって、今日稼いだカネは明日にはすぐ消えるわけ。しかし、いや、それだからこそか、明日もまた懸命に働く。すなわち、我が労働は何かのモノを手に入れる欲望に根差している、まぎれもない物欲があるのだ。でも、大金を稼ぐ能力がそもそもないのではあるが、いさぎよい諦念みたいなものが一方にはあって、20万円あれば足りるさ、オレの人生、ちゃんと満たされている・・・こう思いつつ暮らしている。

 さて、アナタの場合はどうか。月々いくらで生活しているか。その生活に満足しているか。それとも現状に不満を感じ、もっと上に行きたいと願っているか・・・。先に、田舎暮らしにスマホは不要と僕は書いた。スマホだけではなく、都会暮らしには必要だが、田舎暮らしには不要、そういうものは数多い。よく、田舎ではモノが安いという声を聴くが、これは違う。僕が行くスーパーでは肉も魚も都会より高い。しかしそれでも、じっとマンションやアパートに籠ってはいられない、人並にどこかに出かけたい、美味しいものを食べたい、そんな願望がイヤでも募る都会生活ではどうしても出費項目が多くなる。されど田舎暮らしには自前という強味がある、自分の手元や足元で叶えられるという利点がある。

 この上の写真は午後4時、今日の荷造りを終え、もうひと働きする前、柿とキウイを口に押し込み、熱い珈琲の入ったカップを左手に持ちながら眺めた西方の風景である。すでに光の途切れたソーラーパネルが3枚見える。そのそばにあるプールの水底にはウナギやニジマス、タナゴがひそんでいる。今月はこの魚たちに僕はけっこう・・・1万8000円くらい出費したのだったか。でも、海育ちの僕だから、魚たちが泳ぐ水の風景にはすこぶる心を癒されるのだ。

生きとし生ける者の生命の糧である水と、おだやかに共存したいと願うことしきりである。井波律子

 そのプールの向こう側の赤は紅葉が始まったブルーベリー。そして、ちょっとわかりにくいが、30メートルほど先には白いサザンカの花が咲き誇っている。入園料は不要である、交通費も不要である。それだけじゃない。先だっての3連休、テレビで見た京都嵐山も箱根や軽井沢も観光客で過密していた。この写真の風景にはそれがない。誰にも邪魔されず独占できて、十分に精神の静けさを授かり、明日への希望さえ湧いてくる、まさに、安上がり、かつ充実。田舎暮らしのワンシーンがこの写真なのである。

 今夜、また兄から電話があった。冒頭の会話はイチジクだった。面白いことに兄はイチジクに情熱を傾けている。それに関しては百姓の僕よりもずっと詳しい。イチジクの話から、僕が初めて出会った高校時代以来、ずっと、おねえさんと呼んでいる妻の話になった。兄と同い年のおねえさんは2年前から要介護の身。半分は介護施設の世話になり、半分は自宅で兄が面倒みているという。車イスだというから、トイレも入浴もきっと大変なはずだ。しかし兄は全力を注いでいるようだ。高校で躓き、独立自営で躓き、妻の介護は人生三番目の苦渋ということになろうか。しかし電話での兄の声は明るかった。やるべきことをちゃんとやっている・・・そんな自負さえ感じさせる声の響きだった。

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  • 猛暑で苗作りに失敗、どうにかリベンジが成功した白菜。
  • 天気予報を信じて干したのだが、冷たく湿っぽい洗濯物に…。
  • サツマイモのシルクスイート。へこみが多くいびつだが、丁寧に、溝に埋まっている土と汚れを取る。
  • 寒空にスクッと空を向くソラマメに元気をもらう。
  • 時無し大根の葉っぱ。とても柔らかく美味しい。
  • 畑から戻り、ゆであがっているジャガイモの皮を取る。背中を曲げ、静寂、そして早く風呂に入り酒を飲みたいという焦り。それが混在したひとときだ。
  • ヘッドランプを灯し、野菜たちに防寒を施す。
  • サトイモに寒い思いをさせたくない。春3月まで収穫を続けたい・・・やるべきはひたすら土盛りである。
  • 箱いっぱいのフェイジョアとキウイ。
  • 可食部はわずか。しかし洒落た味わいのフェイジョア。
  • 雨に濡れた6畳サイズのカーペット。引きずって来るところから上に乗せるまで1時間を要した。すべて中の野菜に寒い思いをさせまいとの愛である。
  • 暴風で真横にダウンしたプラム。あれから4年、カウント7で見事に立ち上がった。
  • 伐採枝は重いだけではない。長い距離をあれこれに引っ掛かりつつ、足元の野菜を踏まぬよう、苦労して焚火の現場に到達する。
  • まさに寒さはこれからが底。そんな季節にビワは花を咲かせる。
  • たかだか10度くらいで寒いなんて言っちゃダメよ・・・ビワの花はそう呟いているかも。
  • 店でいつも衝動買いするのは花。その名も知らぬままに買う。若い頃、女の子に衝動惚れする性格、それが今も尾を引いているか。
  • 荷作り後の清掃。すぐやればいいのはわかっている。しかしゴミの優先順位は低い。
  • 朝の光が輝く。光の中でパンを口に運ぶ。熱い珈琲を飲む。幸せとは存外シンプルなものである。
  • ランニング歴50年。最高タイムは30キロで1時間52分。フルマラソンはなんとかギリギリのサブスリー。人生とは、走り続けること。
  • 土を載せたスコップを振って腰を回転させること200回、300回。これで筋力が増すのなら慢性的な腰痛には目をつぶろう。
  • フードドライヤーに並べたキウイ。半日ほどで完成だ。
  • 真っ暗な畑でランプをつけてやる仕事。明るい時刻以上にモチベーションが高くなる。
  • 俺を音楽室に連れ込みパンチをくれた高校の番長め。いつか互角のパワーになって挑戦するぜ・・・。
  • 厳寒を前に花開くイチゴ。赤い実の季節だけでなく、イチゴは二度おいしい・・・見る者の心に。
  • 花がある、水がある、魚が泳いでいる。田舎暮らしの夕暮れ。孤愁の味わいが増す。

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この記事を書いた人

中村顕治

中村顕治

【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

Website:https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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