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田舎暮らしの本 7月号

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田舎暮らしの本 7月号

6月3日(月)
890円(税込)

© TAKARAJIMASHA,Inc. All Rights Reserved.

男の孤独とアレルギー/自給自足を夢見て脱サラ農家37年(43)【千葉県八街市】

執筆者:

 今回のテーマは男の孤独とアレルギー。これはそれぞれが独立したテーマであり、かつ、ふたつに何らの関連はない。それをこうして並べたのは、ここ半月あまり、ふたつがずっと交互に、僕の頭の中で浮かんだり消えたりしているからである。ただし、どちらのテーマもあまり明るく楽しいものではないよね。よって、それに費やすのはほどほどにしておいて、田舎暮らしにおける楽しい話、「野菜だより」に半分くらいウエイトをかけて書こうと思う。梅雨の末期、7月の上旬といえば、夏野菜の出来と不出来が明らかになる時である。同時に、白菜、ブロッコリー、カリフラワー、人参など、秋冬の栽培品目を準備すべき大事な時期でもある。我が畑の状況を随時追いながら、読者の参考になることを記していこうと思っている。

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 6月29日。「僕は花粉症である」。東京は33・8度だとテレビが伝えている。これだけ熱いと畑の土とともに、僕の心も燃える。裸になってバンバンと草を取る。こんな草の中で作業する時、虫よけスプレーや腰に引っかけるタイプの蚊取り線香を使う人もいるらしいが、僕にはその必要がない。かゆみ、痛みの感覚がもしかしたら鈍いのかな。ただし問題がひとつある。花粉症だ。毎年鼻づまりに2月から苦しめられる。唯一のアレルギー症状ということになろうが、その理由は明確である。我が家は東と南と西がズラッと杉林なのだ。今はただの厄介者になったが、戦後、木材がカネになるということで地元の人はこぞって植林したのだ。三方が杉・・・いや、じつは北側も杉林だった。距離はちょっと離れてうちから40メートルほどあるが、そこにはもっと広大な他人の杉の土地がある。つまり、僕は杉の中で暮らしているも同然。花粉症は避けがたい運命ということになる。寝ている時の鼻詰まりは苦しく不快なものであるが、でもクスリは飲んだことがない。いずれ、その時がくれば治るんだからと・・・。

 草取りの手を休め、しばし畑の状況を見回る。この上と下の写真はカボチャ。少しばかり細工がしてある。ここは元はソラマメの畑。そこに5本ほどカボチャがひとり生えした。ガッチリとしたなかなかすぐれた苗だ。抜き捨てるのはもったいない。さりとて5本の苗を好きなように這わせてやるだけの面積はない。何か方法はないか。パイプを20本ほど立てた。ネットを張った。さらに何本もロープを渡した。成功だった。すでに20個くらいの実がなっている。我がやることの半分は急な思いつき。しかも丁寧さに欠ける。それでも人生(ちょっと大げさか・・・)やらないよりはやったほうがずっといい。たとえ成功確率2割だとしても、やらなければゼロだものね。

 すごい暑さゆえ、屋上庭園のイチゴに水やりしておかねば。イチゴのプランターの後ろに古いスピーカーが2本ある。もう使い物にならないのでいずれ捨てようと思って投げだしておいたものだ。イチゴの水やりに邪魔なのでどけようとした。そしたら足長バチがわっと舞い上がった。なんと、スピーカーの音の出る穴を巣にしたらしいのだ。まず手を刺された。それに注意を向けているうちに頭に乗ったヤツがいて、それにも刺された。チキショーメ。箒を振り廻して叩き落した。叩き落せなかったヤツはまた戻ってくるだろう。スピーカーの穴にティッシュを何枚も詰め込んだ。それが次の写真である。

 6月30日。「たしかにやるせない時はあったけれど」。午前中は曇り空。しかしランチをすませた頃から昨日と同じ、強烈な蒸し暑さとなった。その暑さの中で草取りと焚火を並行する。この場所にポットまきの大豆を定植するのだ。インゲン、エンドウ、ピーナツ、アズキ、そして大豆。豆類がこれだけあると、連作を避けようとて、せいぜい2年が限度だ。その障害を軽減させるため、僕はこうして灰を作り、畑にすき込むのだ。ポットまきする大豆の種は500。1か所にまとめて植えるのは不可能で、5か所に分散する予定地をこうして順次、連日ドドッと草取りに励んでいるわけだ。

 今日はかなり風が強い。トウモロコシが傾くくらい。それにせっせと土寄せし、汗をかいたところでしばし休憩。四つん這いになり、目を近づけて、おやつのためのヤマモモ、その良品を拾い集めた。手の届くところは摘果した。だがヤマモモの木の高さは10メートルある、全部は無理だ。そのてっぺん方向から不良品9、良品1の割合ですさまじく落下してくるのだ。集めるのは苦労だが、ヤマモモは見かけによらず水分が多い。暑い日の喉の渇きにはドンピシャの果物だ。そうだ、これだけあるんだ、ついでにヤマモモ酒を造ろう。先だって、田舎暮らしの本の読者、僕と同年齢くらいの紳士が畑を見せてくださいと来訪した。車はベンツ。住まいは東京都心。しかし、どこか田舎に移り住み、自分が食べる物くらいは作って暮らしたいとの夢があるらしい。その方がスコットランドウイスキーを2本、手土産に下さった。それを瓶に流し込んだ。うまく仕上がるといいのだが。

 テレビはまたまた男女のもつれを伝えている。22歳の男が18歳の大学生を待ち伏せして刺殺したのだと。よりを戻そうとしたがダメだったので・・・そう彼は言う。男の孤独が見え隠れする。手放したくないほど相手の女性が魅力的だったということもあろう。しかし、僕には、彼女を失ったらもう自分の人生には何も残らないという虚無感が感じられる。僕自身、何度か女にフラレた。やるせない気持ちになった。心が沈んだ。でも、好きな女が自分の前から姿を消したとて、自分の暮らしがカラッポになるわけではなかった。アパートの部屋で飼っているハツカネズミの世話、鎌倉の友人を訪ねていく自転車の遠乗り、親しい仲間たちと行く伊豆半島での野宿旅、健さん主演の「網走番外地」を観ての興奮・・・フラレた哀しみは哀しみとして、でも、他のファクターでなんとかカバーできたと思う。

 今度の事件と前後して、小田急線、京王線で、乗客を刺したり、火を放ったりした男の裁判がテレビで伝えられていた。小田急線内で3人を刺した37歳の男は「自分だけが貧乏くじを引いた。大学を中退後、仕事を転々とし、当時は心がすり切れていた。周りは何不自由なく暮らしているように見えて、自分だけが壁一枚へだてられ、世の中が灰色に見えた」と言う。中央大学の理工学部を中退したというからかなり優れた人物だが、その能力に見合う仕事にはつけず、深夜から早朝にかけ、パン工場でひたすらパンの選別をする仕事をやっていたという。工場管理者の叱責もきびしかったらしい。なるほど、その辛さはわからぬでもないが、自分の孤独感や無力感をいきなり世間に向けるのはどうなのか。京王線の26歳の男は、長く付き合っていた相手が、別れて半年で別な男性と結婚したことに衝撃を受けた、仕事もうまくいかず、ヤケになった、勝ち組の女が憎たらしくなった・・・そう言う。自助努力という言葉で片付けるのは安易すぎるかもしれない。だが、生きていれば誰の人生にも山や谷があるのだ。孤独感にさいなまれることもあるのだ。その山や谷を自分の努力で乗り越えねばならない・・・と言うよりも、大切なことは、精神のあっけらかんさである、目の前にある苦しみや悲しみをうまく誤魔化して消し去るテクニックである。日々の暮らしがスマホ一色だとそれが難しくなるのではないか。

 7月1日。「食物アレルギー」。仕事の合間、イチゴを口に押し込みながら昨日の新聞の「食物アレルギー 児童生徒52万人」という記事のことを思い出した。イチゴはすでに最盛期は過ぎたのだが、小粒なものがけっこう出来ている。それを食べながら、記事の中で僕が注目したのは、花粉症になると果物類のアレルギーを発症しやすいということ。さらには、じんましん、咳、嘔吐など複数の症状が急激に出る全身性のアナフィラキシーが起きることもあるという記述だった。そのアナフィラキシーが、昨年、児童生徒に5万人余りも発生したという。いかなる場合もアレルギーは厄介だが、特に食べる物となれば生活する上での不便さは大きい。

 7月2日。「パリは燃えているか」。昨夜から明け方にかけてかなりの雨が降った。その雨がウソみたいに今日も猛暑となった。脚立をあちこち引っ張り回し、果樹のケアをする。プラムは傷みのきているものを見つけて落とす。ほっておくと他の実に伝染するから。キウイは茂りすぎて日当たりを悪くしている枝を切り落とす。午後1時の気温は32度。うちの畑が燃えている。パリはどうか、燃えているか?  ちょうど今、17歳の黒人男性が警官に射殺され、それに抗議するデモがパリでは激しくなされているが、僕が言う「燃えているか」はそれではない。第二次世界大戦、ヒトラーはパリを焼き尽くせと命令する。これにフランスの地下組織が立ち向かい、爆破を阻止する。その映画のタイトルが「パリは燃えているか」だった。

 汗はとめどなく流れる。額からの汗が地面に落ちてくれるのが普通だが、たまには眼球に流れ込む。そのままでは痛くてしょうがない。眼鏡をはずし、手の、泥のついていない部分をどうにか探し出し、目をこする。よっし、しばし休憩だ。ラズベリー畑に向かう。ラズベリーは6月初めから収穫が始まり、およそ1カ月、その味が楽しめる。今の時期、草丈は2メートル近くあり、それを分け入って果実をつまみとる。茎にはブラックベリーほどの強烈さはないが、それでも裸の肌にチクチクするトゲがある。でも構わず分け入る。食うためにはこんなことくらい・・・。

 「醜形恐怖症」という言葉があることを僕は昨日知った。朝日新聞の「悩みのるつぼ」。弟が自分の顔が醜いと異常なほど気にしている、家族に対して暴力・暴言を吐き、寝ているとき以外は暴れ、叫んでいる、女性からのそんな相談だった。髪は人より多いくらいなのにハゲを気にし、ニキビも気にする。母親はなんとか穏やかにおさめたいと、その息子を美容皮膚科に通わせている・・・。

 回答者の上野千鶴子さんはこう言う。醜形恐怖の人はほんとに醜形なんかじゃなくて、他に問題を抱えていることを表に出せないために目に見える問題に転嫁していることがわかっています・・・。近頃は、時代の影響でもってルッキズムを否定する風潮があるらしい。しかしそれでも、女性はダイエットに走り、瞼を二重にし、肌の手入れに熱心らしい。いや、男とて、ムダ毛を根絶してツルツルの肌にする、日焼け止めのクリームを塗り、日傘さえ差す人もいるらしい。やはり、人は見た目が7割ということなのか。僕もわが身に劣等感を持ったことがある。前にも書いたが、肩幅が狭く、腰回りが細く、貧弱な体である。でも、悩むばかりではどうもならない。自分でなんとかしよう。そう考えて、かれこれ60年。今もって骨組みは細いままだが、全身の駆動力には自信がついた。百姓仕事でオレと同じことがやれる男はそうそういまい・・・ちょっとうぬぼれてみる。外見の美しさはいずれ年齢とともにいかんともしがたくなるだろう。その時、大切なことは見た目ではなく、日々の暮らしでどこまでアクティブに活動できるかだ。骨、筋肉、肺、心臓・・・。

 7月3日。「チンパンジーだって青い空を仰ぐ」。少し灰色の雲がある。しかし、その雲が切れると強烈な光が注ぐ。気温は33度。大豆を植える予定地の草取りにひと汗流した後、ブルーベリーの剪定に励む。今の時期、ブルーベリーはどんどん新しい枝を増やす。勢いよく育つのは嬉しいが、そのままにしたら色づきはじめている実に光が当たらない。実の付いている枝とそうでないのとを識別しながらハサミを動かすのはけっこう大変だが、今日のこの晴れ間にやっておかねばならない。下の写真が剪定を終えた姿である。

 僕は歌舞伎にはまるで知識がないけれど、昨日、新聞のテレビ欄で「猿之助の孤独ともろさ」という言葉を目にして興味を抱き、寝床に行ってテレビをつけた。話題の人物はかなり異才、有能であったらしい。一方で、心を許せる仲間や友人がおらず、順調に我が道を突き進んだぶん、何か障害に行き当たると耐えきれないもろさがあったようだという。それにしても、週刊誌にスキャンダルを書かれたくらいで両親ともども死のうとする、その気持ちが僕にはわからない。まさしく「男のもろさ」なのであろうか。

 見終わって、さて寝るかとテレビを消しかけたらその同じチャンネルが感動的とも言えるドキュメントを流し始めた。26歳になる雌のチンパンジー。彼女はこれまで動物実験に供されるなどして体ひとつ入れるだけの檻でしか暮らしたことがなかった。それを、アメリカの保護団体が救い出した。広大な敷地にグループ分けして、何十頭ものチンパンジーに野生の生活をさせているらしい。そこに26歳のチンパンジーが檻から野原に放たれる日がやってきた。まず僕が驚いたのは、群れのリーダが駆け寄って彼女をハグしたことだ。次の瞬間、ハグされたかたちのまま、彼女は空を見上げた。偶然に目が行ったのではなく、たしかに空を見上げていた。さらに、群れが集う場所に向かうため何メートルか歩いたところで足を止め、もう一度、向こうむきの姿勢のまま首をひねり、空を仰いだ。寝床の僕に解放の喜びが伝わってきた。彼女は今まで空を見たことがなかった。狭い檻に閉じ込められ、まさしくずっと孤独だったのだ・・・。

 思った。このチンパンジーは特殊な事例ではあろう。しかし、我ら人間とて、目には見えなくとも大なり小なり組織という名の「檻」に閉じ込められて生きている。それ自体、悪ではない。むしろ善。自らの食べ物や住居を手に入れるため命の危険にさらされながら狩猟に励んでいた原始の人みたいにならずに済ませてくれているのはその近代の組織である。しかしそこには、時に圧迫があり、摩擦があり、寂寥感もある。組織に属していながら孤独感が募るという皮肉な現象さえある。心が沈む・・・でも、大丈夫だよ、なんとかなるものさ、そう言って、そっと、背中を押してくれるもの、それが青い空、あるいは黒い地面なのだ。空と大地。それはいかなる精神安定剤にも勝る。

 ここから先は僕の推測だが、今の自分の孤立感を帳消しとするため電車内などで事件を起こす人、あるいは自分の命を絶つ人は、青い空を見上げて深く呼吸すること、黒い土を踏みしめて汗をかくこと、それがなかったのではないか。柴崎友香という若い作家が「空間に話しかける」というエッセイを書いていた。夜の道で手ぶらで、一人しゃべりながら歩く人がいる。コンビニやスーパーで誰かと話しながら買い物をしている人がいる。知人の家で音声認識スピーカーに話しかけ、天気を聞いたり家電を動かしたりしているのを見ると感心するのだが、自分はずっとできない気がする・・・柴崎さんはそう書く。原始の人にならずに済んでいる現代社会は人間に一定の幸福をもたらす。しかし他方で「もろさ」をも醸成する。直感と五体をフル稼働させて生きるように仕組まれたはずの人体が、とりあえず指先ひとつの操作で間に合ってしまうという便利社会は、丸い土俵でギリギリ足を残し、うっちゃる、そんなテクニックと力をそぎ落としてしまう・・・ような気が、僕はするのだ。直感と五体をフル稼働させてなんとか生きようとする日々はラクじゃあない、でも精神が行き場を失うこともない。田舎暮らしという生き方には、そうした意味と価値がどうやら秘められている。庭のプールに咲いた赤と黄色の睡蓮の花。それに目をやりながら僕は想ったのだった。

 7月4日。「ニワトリの飼育は権力の象徴であったらしい」。西日本はまたまた大雨に苦しめられているらしい。当方は申し訳ないくらいの夏日である。猛暑の中、サトイモの草取りと土寄せに励む。すでに、小芋となる新芽を出している株もある。前に、ジャガイモは土をかければかけるほど多収穫になるという話を書いたが、その上をいくのがこのサトイモかもしれない。土が浅いと表面にわずかな小さい芋が出来るだけ。高く土を盛ると親玉がドッサリ出来る。今どれだけの小芋があるかは、さっき書いた背の低い芽の存在でわかる。タップリ出来ている株の下に手を入れ、探り掘りすればお盆のころの収穫も可能である。今日はそのサトイモの畝間にもぐって作業を行う。じつはスコップを使えるほどの間隔がないのだ。種芋がいっぱいあったのだ。どんな野菜にせよ、僕は、もう面積いっぱいだから残りは捨ててしまおうという気にならない。捨てられる身の哀れさを先回りして感じてしまう。沈没するタイタニック号から逃れるためのボート。安全な定員は30人。でも自分たちも乗せてくれと叫ぶ人がすぐそばに10人ほどいる。どうするか。おそらく僕は乗せてやる。途中でボートが転覆するかもしれないが、まもなく沈没するタイタニック号に残して立ち去るよりはずっといい・・・。サトイモもそれと同じ。見捨てずなんとか植えてやりたい。結果、スコップを振り回して土を盛るだけの畝幅がなくなった。どうにか畝間に体をもぐらせ、両手で土を盛ったのである。

 相変わらず「ゴトウ」のヒヨコたちは僕の行き先々について回る。仕事の邪魔だが、僕の手の周囲で途切れることなくピヨピヨと発する鳴き声はかわいい。かわいいだけじゃない。ピヨピヨは僕への信号なのである。彼らは勘違いしているフシがある。すなわち、僕の草取りや土寄せは、土の下から出て来るミミズや昆虫の幼虫を掘り出すための、自分たちとの共同作業だと、つまり、自分たちヒヨコとこのジイチャンは一緒になって働いているのだという仲間意識・・・彼らはそう考えている。しきりと発せられるピヨピヨは連帯感の表明なのだ。

 ニワトリに関する面白い記事をふたつ読んだ。まず「弥生時代にニワトリ飼育?」。弥生時代で最大規模の集落跡として知られる奈良県田原本町で発掘された骨が北海道大学の江田教授(動物考古学)の解析でニワトリのものだとわかったという。ニワトリは約3000年前にヨーロッパやオセアニアにいたことは明らかだが、日本列島には弥生時代、朝鮮半島や中国を通じて入ってきたと考えられる。弥生時代の人もニワトリを食用にするために飼育していたのだろうか。前出の江田教授は「とんでもない」と言う。僕がへえっと思ったのは、骨の形状から弥生時代に飼われていたのはほとんどが雄だというのだ。高らかに鳴く雄鳥の声が鏡や剣といった宝物と同じく権力の象徴だったと江田教授は言うのだ。そうか、権力なのか・・・43年前からニワトリを飼い続けているオレは、ならば権力者だったということになるのか・・・。

 もうひとつの記事は写真家・繁延あづさという方の「命の感触」。6年前、当時小六だった長男が「ゲームを買って」というのを無視した。すると息子さんは「ゲームの代わりにニワトリを飼わせて」と言った。渋々承諾したが、「意外にもニワトリ生活は面白かった・・・」。数か月後、産卵を始め、間もなく食べきれないほどに。すると息子さんはこう言った。そろそろ売ろうかな・・・。

 

最初から卵を売って小遣い稼ぎをするつもりであったか!  お金があればゲームも、それ以外も自由に買える。経済力だけが親の言うことを聞かせる武器。これは逆襲なのか。その後も株を始めたり彼の勢いは止まらず、親子の衝突も増え、家出までも。積み上げてきたものが崩れる音がした。そんな中、夫はリストラで失職。“家が壊れる”と思った。それが3年前の夏。

 ニワトリはペットでなくビジネスだった。10代で株などもやるという息子さんはかなり異才の人である。繁延あづささんは続けてこう書く。今の家はあの頃からは想像できないくらい穏やかである・・・。そして最後の1行ですごいオチがつく。なんと、リストラで失職した夫は今、養鶏家なのだと。そうか、困難にぶつかってもメゲない。禍を福に転じさせる・・・人間の才能とはまさしくこれだ。読み終わった僕はそう思った。

 7月5日。「みんな懸命に生きている」。1月にポットまきし、ハウスで育苗したカボチャ。7月になってからずっと、完熟かどうかを尻と首の色をチェックしながらお客さんに送っている。今日の発送荷物は2つ。そしてカボチャはLサイズ。2分割した。うん、いい色に仕上がっているな。

 最近続けて国民年金に関する記事を新聞で目にした。一時かなり低かった加入率がこのところ上昇していること。また政府は、少子高齢化で財政が厳しくなっていることから、これまでの加入義務40年を5年延長することを検討している、そんな記事だった。僕には苦い経験がある。会社を辞めて4年くらいたった頃、まだ百姓仕事は軌道に乗らず、他方、上の子が大学に、下の子が高校に入るという年齢で、手にした会社の退職金はほぼ使い果たした。当時の国民年金の掛け金は1万円くらいだったか。いまにして思えばイージーだったかという気がするのだが、僕は支払い免除の手続きをした。免除期間は数年続いたか。60歳になるとすぐに年金受け取りの手続きをしたのであるが、結果、その数年間の空白はのちに痛い影響を及ぼすこととなった。まあそれでもなんとか現在の暮らしが維持できるのは年金のおかげである。

 みんな懸命に生きている・・・その話をしよう。プラムを好物とするのはカナブンである。こいつらが齧る。傷みが生じる。半分食べられたプラムは腐敗が始まり、接する他の実に腐敗が伝染する。よって、見回りチェックは欠かせない。今日、なんと、1つの実に5匹ものカナブンが群がっているのを見た。僕が手を出すとみんな慌てて飛び去った。しかし1匹だけは飛び立たなかった。写真のごとく体半分がプラムの奥に埋まっている。仲間たちが飛び去ったことも、これではわかるまい。いや、それよりも、僕は想像したのだが、このジューシーな甘さの魅力を途中であきらめるわけにはいかなかったのではないか。なんとしても最後まで食うぞ・・・その下半身に強い食うための決意のようなものが感じられる。

 もうひとつはヤマイモである。少しわかりにくいが次の写真、去年の秋か冬、小さなジャガイモとともに、出荷の時に切り残したヤマイモの頭の部分を大きな桶に投げ込んだ。いずれ畑に植えてやるつもりだったはずだが、もう僕はすっかりそのことを忘れていた。今日、竹の柱に巻き付いているそのツルを見て、こんなところあったのかと知ったのだ。桶の中にはわずかな土があるだけ。そこに横たわったヤマイモ6本のツルが、1メートル離れた竹の柱めがけて伸びて行き、すでに3メートル近いてっぺんまで到達しているのだ。すごいなあと感嘆した。生きるとはこういうことなのだ。カナブン、ヤマイモにも負けず、我らも懸命に生きていこうではないか。

 7月6日。「夏草や兵どもが夢のいま」。東京には青空が広がっています、テレビがそう伝えるのに、当方は昼過ぎまで薄暗い空模様だった。やらねばと思いながらずっと持ち越しになっていたジューンベリー周辺の草を本腰入れて根絶することにした。ジューンベリーそのものは深い草でも平気だが、近くにはアスパラやブルーベリーがあるのだ。雑草という名の草はない・・・牧野富太郎氏の有名な言葉だが、僕がいま、目の前にある草でわかるのはドクダミ、タンポポ、ヤブカラシ、カナムグラ・・・くらいで、他の名は知らない。ただ雑把に雑草と認識する。野菜を含めていかなる植物も、雨が多く、気温の高い今、旺盛に成長するものだが、とびぬけて繁茂するのは雑草たち・・・そう思うのはひがみであろうか。その雑草を抜きながら本歌取り、いや盗作もどきの句が頭に浮かんだ。夏草や兵どもが夢のいま・・・。驚異的なこの繁栄・栄華が霜の降りる季節になるとすっかり姿を消してしまうのだ。

 その草取りをしている途中で足長バチの巣に遭遇した。今日はこれで二度目。最初は太陽光発電のインバーターを交換しようと大きな箱に顔を入れると目の前に巣があった。いずれも高い草などの障害物がなく、見通しのきく場所だから刺されずにすんだが、見えない場所だと決まって攻撃を受け、刺される。ひどい場合には僕は草と一緒に巣を握ってしまう。だから今日は、蜂たちには悪いが、デッキブラシでもって叩きつぶし、なおも僕の頭近くを旋回するものは手近のスコップで打ち落とし、足で踏みつぶした。

 アナフィラキシーショックというのはかなり危険なものであるらしい。最初は平気でも、二度目、三度目となると危険度は増すらしい。幸い僕にはアナフィラキシーはないようだ。この1年で刺されたのはスズメバチに二度、足長バチに五度。体験的には、刺された瞬間の「熱い」感覚はスズメバチより足長バチのほうが強い。僕の処置法は、刺されたらすぐさま水道の場所に行き、石鹸を大きく泡立て、水を流し続けて刺された場所をこする。毒を吐き出させるように、かなり念入りに皮膚をつまむようにしてこすり続ける。それでも痛みと腫れが消えるわけではない。刺された場所が手先であった場合、その晩はパソコンのキーを叩くのも難しく、腫れと痛みは翌日まで残る。

 数えきれないくらい蜂に刺されつつも大事に至らず今日まで来た僕ではあるが、大事に至ってしまったことが二度ほどある。二度ともウルシかぶれ。この下の写真は2年前。大掛かりなヤブの伐採を丸一日やったのだが、作業に邁進するあまり、ウルシがあることも忘れ、翌日には顔全体が熱を持ち、ごらんのような顔となった。ウルシ塗りの職人はかぶれてもあわてず、あえて何度も繰り返してかぶれ、やがて耐性を得て平気な体になると聞いたことがある。

 僕の場合、たった二度だから耐性を獲得するのはまだ無理だったのだな。初めて経験したウルシかぶれは福島の原発事故が発生した秋のことだった。この時も自分の背丈を超えるヤブに入ってナタとノコギリで雑木をバリバリと切った。そして翌日から顔が熱を持ち、腫れあがった。すごく痒かったことも覚えている。それだけじゃない。その後、数日間、起きると枕に大量の頭髪が着いていた。やがてすべてが抜け落ち、丸坊主になった。そのころ、出会って間もないガールフレンドのフネがうちにやって来て、僕の頭を見るなり悲鳴を上げた。単に坊主頭に驚いたのではない。疑念を抱いたのだ。放射能のせいにちがいないと・・・。誰もが放射能は怖いと思ってはいるけれど、フネは特別だった。本気で影響のない北海道か沖縄に移住しようかと考えていたほどだ。それでもってフネは、我が異変はウルシなんかじゃない、放射能のせいだと言い始めた。なるほど、この千葉にも福島からの放射能は飛んできていたであろう。そして、僕がナタとノコギリを持って突入した林やヤブには放射性物質が蓄積していたであろう。だからとて、たった1日、ヤブ開墾でそれを浴びたからとて頭髪がそっくり抜けるなんてこと、あるものか・・・。いったんはフネの疑念を否定しつつも、いや待てよ。僕はオフィスで働く人とは違い、屋外にいる時間が長い。平均して1日9時間。ひどい雨の日以外は帽子をかぶらない。なるほど、理屈からすると僕は原発事故のあの日以後、連日、頭から放射能を浴びたことになるのか・・・ウルシなのか放射能なのか、今もって全く定かではない。抜け落ちた頭髪は半年後にはもとに戻り、体調に異変も生じなかった。だから僕はやはりウルシかぶれだったのだと今も思っているが、されどフネは放射能説を譲らない。

 7月7日。「僕も孤独な老人である」。今年いちばんの暑さか。そう感じるような暑さの中でサツマイモのツル返しと草取りをやる。古いビニールを再利用し、マルチとした。問題は、地形が傾斜していること。よその畑みたいに整然とマルチが張れないこと。結果、畝の高さが一定ではなくなった。低い場所はかわいそう。このままではイモの太りが十分ではなくなるだろう。ビニールをまくる。両手でかき寄せた土を株元に盛ってやる。けっこう難儀な作業であった。最近のサツマイモは種類が豊富、かつ美味い。昔の、ただ腹を満たすだけというイモは貧しき時代の夢物語のごとくである。

 今日も畑以外はどこにも行かず、1日が暮れた。言葉を交わしたのはヤマト運輸の馴染みのドライバーとだけ。「ご苦労さん、よろしく・・・」それだけ。ふだんだと、お隣の奥さんや娘さんと、おはよう、暑いねえ・・・くらいの会話をするのだが、暑い今、隣家はエアコン稼働の音がするのみで誰も表には出てこない。こんな暮らしを孤独と言うのであれば、僕は間違いなく孤独な老人である。しかし無力感や悲しみのようなものは不思議とない。猫のブチと遊びながら会話する。仕事のそばに集合したヒヨコを時に抱き上げ、虫はいたかい、どれどれ、おなかはふくらんでいるかい?  そう声を掛ける。老人の孤独をうまく埋めてくれているということだろうか。

 7月8日。「自分の体の主治医は自分自身である」。台風並みの強い風が1日中吹き続ける。ここ何日かの天気の共通項はその強風と暑さだ。毎朝のランニングの仕上げ、僕はいつもこの杉の大木を押しながら背骨を伸ばしてやる。自分が老人になったと認識するのは背中の曲がり具合だ。百姓仕事は前かがみになってやることが多い。それゆえであろう。

 強風と蒸し暑さの中でトマトの剪定をやる。雨の少ない今年の梅雨をトマトは喜んでいる。3段目までは丁寧にわき芽を摘んだが、あっという間にもしゃもしゃになってしまった。ハサミを使い、花の位置を確認しながらバサバサと切り落とす。収穫はあせらない。文字通りの完熟で食べたい、お客さんにも送りたい。だから皮に亀裂が入るころまで待つ。思えば長い道のりであった。ポットにまいて、ビニールハウスで育苗を開始したのが1月。定植したのが3月。完熟を口に入れるまで180日という長丁場なのだ。この写真のトマトとは別に、もうひとつビニールハウスに植えた30本がある。晩秋までトマトを食べ続けようとの狙いでの第二弾だ。詳しくは明日に。

 最近は筋トレブームなのだとどこかで聞いたことがあるが、読売新聞が伝える「筋トレ個別指導ケガ注意」という記事を僕は興味深く読んだ。トレーナーから個別の指導を受ける「パーソナルトレーニング」。僕がまず驚いたのは16回で65万円という金額だった。そして、バーベルやスクワットで生じる事故は、神経・脊髄の損傷、筋肉・腱の損傷など、その9割は女性で、リハビリに8か月かかったとか歩行困難になったとかの事例もあるという。女性が多いのはどうやらダイエットを目的としているからであるらしい。高い受講料の元を取らねばという気持ちから頑張る、トレーナーの指示に無理にでも従う、そういう事情もあるらしい。そのトレーナーは資格が不要で、医学や栄養学の知識がなくともなれるのだとか。その背後にあるのはビジネス優先の姿勢で、50代の男性は運動器具やサプリメントの購入を何度も勧められ、なんと、肌用クリームが1万円だったと記事にはある。

 自分の肉体の主治医は自分自身である・・・医学雑誌の編集という仕事を18年やった僕はそういう結論を得た。ダイエットであれ筋力アップであれ、それと同じことをここにもあてはめたいと思う。いきなり最高権威に高額を支払って指導を仰ぐのではなく、「じわじわ」と、些細な運動を、しかし堅実に続け、自分の体の変化をよく観察し、少しずつレベルアップする。これが最も賢明な方法だ。たしかに便利な世の中になった。何か知りたいと思えばすぐにスマホが答えてくれる。自分の体を変えたいと思うなら、カネさえ払えばすぐそばにそのためのジムがある。その便利さに阻害されるのが自分自身による発案と観察力だ。手っ取り早く成果を上げるために他人の力を借りる。便利すぎる時代は人間の知恵と努力を封じ込めてしまう・・・僕はそんな気がする。

 7月9日。「もうひとつのアレルギー」。6時40分起床。睡眠6時間。ふだんより眠りは少ないが、体は案外スッキリしている。日中は蒸し暑い。だが、このところずっと強く吹いている風は、この時刻には乾いていてとても心地よい。走り終わって杉の大木に突進する。さあ、今日も気合を入れて行くぜ。

ポットまきの大豆の定植。花が咲き始めたピーナツの土寄せ。午前中はほぼそれに時間を費やした。

 荷造りを終えて、ブルーベリーをつまみ食いしてエネルギーを補給し、トマトのハウスに向かう。昨日書いたように、こちらは秋遅くまでの収穫をめざした第二弾のトマトだ。30本ある。別にピーマンも40本くらい植えてある。春の台風並みの風で倒壊したハウス。その切れ切れのパイプを再利用して、急ごしらえで完成させたこのハウス。台風が来たら、持ちこたえられるかどうか、今は自信がない。今月末には補強しようかと考えている。

 荷造りの時に読んだ、包み紙である新聞の人生相談。高校生である女の子が、自分はどうにも団体行動が苦手ですと投書していた。それを読んで思い出すことがあった。ある作家が、いちばんキライ、苦手なこととしてやはり団体行動を挙げていた。例えば若い頃の、体育祭の練習。教師の指導で大多数の生徒が手足の動きを完全に一致させるよう要求される。それがたまらなく嫌だったと書いていた。読んだ僕は、ああ、オレも同じだなあと思った。幸いアレルギーは花粉症だけだと先に書いたのであるが、じわっと思うに、もうひとつ、団体行動アレルギーというものが自分にはあった。団体行動を「型にはめるもの」、そう言い換えてもよいかもしれない。型にはまること、それに我が心は強い拒絶症状を呈するのだ。

 少し話が飛ぶが、空手には型と自由組手というのがある。型は一種の舞踊。緩やかな動きと瞬発の力を混ぜ合わせた舞踊だと僕は認識する。対する自由組手はボクシングと同じ、ステップを踏みながら自由に体を動かし、2本の腕だけで戦うものだ。僕はその「型」がどうにも苦手で、万年ビリだった。そこでついでに思い出した話をもうひとつする。運動部の合宿で初めて行ったのは伊豆の下田。ある晩、1年上の先輩たちが集まる部屋に僕は呼ばれた。ブスッとした男たちが多い中で、ひとり、いつも笑顔で軽やかな口調のT先輩が言った。中村、おまえはボクシングをやってたんだってな。ちょっと見せてくれ、俺たちを相手に腕前を・・・。尻込みしていたら、いいんだよ、かまわねえんだよ、遠慮はいらない。そう言って先輩たちは座布団を拳に巻き、浴衣の紐でギュっと縛った。僕も同じようにした。先輩の部屋がにわかリングになったのだ。3人の相手と戦った。いわゆるTKOで僕が勝った。

 これは自慢話では全くない。ここで僕が言いたいのはいかに型にはまることが嫌いか、苦手かということだ。型を重視する空手ではついに僕は芽が出なかったのだ。ひるがえって、百姓仕事にも型がある。よく耳にすることだが、今もそんなことがあるのかどうかもわからないのだが、農協の指導で、いつ、どんな元肥を畑に入れるか、いつ消毒するか、収穫はどうするか、定まった型がある。旧来の農家はそれに従う。対して僕のやり方は、悪く言えば無計画、良く言えば敏速な臨機応変で、それこそまさに自分の性格にピタリ合う。だから稼ぎは少なくとも楽しみながらやれる。型にはまらないという生き方は、人生万般、手本に従うよりは自らの負荷は大きいかもしれない。それでも、自分のやりたいようにやれるという自在の満足感が肉体負荷を帳消しにしてくれる。田舎暮らしというのは、まさにその自在の「型」にドンピシャ当てはまる生き方であろうかと僕は思う。

 7月10日。「ナスは水で作れ」。気温の高い日が続いている。今日は35度。畑の地上温は44度。一斉に花を咲かせてきたピーナツの土寄せにまず取り掛かる。すでに花が散って、その花が散ると剣になって土にもぐり、その先端に豆が出来るのだが、すでにもぐっているものもある。もぐるための土が深いほど良質の豆が得られる。鍬やスコップで大まかな土寄せをしたのち、さらに手で土をほぐすようなかたちで寄せてやるのである。

 続いてトウモロコシの防御ネットを張る準備に取り掛かる。5カ所に分散して作ったトウモロコシ。その第一作は、そろそろネットを張ろうと思っていたのに先手を打たれた。数十本をかじられた。腹立ちと無念さが湧いたけれど、少しでも有効にと、傷の少ないものは茹でて自分で食べ、残りはニワトリたちに与えた。タヌキかハクビシンか。その被害は以前よりも増えている。幸い、よそみたいにイノシシやシカはいないが、それでも、せっかくの収穫物をダメにされるだけでなく、種をまいたばかりの、例えば人参の畝を歩かれ発芽不能にされることが頻繁にある。トウモロコシの場合、彼らは熟すまでは手を出さない。だから今回、穂が黄色くなりかけたところでスッポリとネットで覆うつもりでいる。

 夕暮れ、両手にバケツを提げてナスの畑に5往復。雨の少ない梅雨。ほとんどの作物は、雨ばっかりより、こっちの方がずっといいわと喜んでいるが、ナスは別。昔の人は「ナスは水で作れ」と言った。水を十分にやると花の付きがよく、あだ花も少なくなる。夕暮れ、そのナスたちに向かって僕は囁く。さあ、この水をいっぱい飲んで花をいっぱい咲かせてくれ。オレはこれから風呂に入り、ビールで乾きを潤すから・・・。

 朝日新聞「人生の贈りもの」。俳優・橋爪功さんの回が終了した。僕がこの俳優と出会ったのは何十年前になるか、たしか種田山頭火の役を演じるテレビドラマだった。今回の「人生の贈りもの」、その語りで印象に残ったのは「コンチクショー」だった。舞台俳優としてなかなか芽が出ない。トンカチ持って、舞台の大道具を組み立てたりばらしたり。たまに役が回ってきても「兵隊1」とかのチョイ役。

若手の演出家が俺たちを集めて「二塁打くらいじゃダメなんだ、ホームラン打ったら劇団員になれる」ってなことを一席ぶちやがったことを覚えてますよ。コンチキショーと思って・・・。

 これを読んで笑いながら僕は思った。そうだよな、人生、大事なのはコンチクショーの精神だ。それでもって無関係な人を恨んだり傷つけたりするのではなく、コンチクショーを自分の中の火種とする。今は小さくくすぶるばかりの火だが、いつの日か大きく燃え上がらせてみせるぞ・・・すべての人の暮らしに共通する大事な基本だ。

 7月11日。「熱中症とマダニの怖さ」。暑さはさらに増した。関東はどこもかしこも体温を超える温度。スペインではなんと44度だとか。地球温暖化を実感する1日だった。テレビは、朝食時もランチ時も、その熱中症をテーマとしていた。熱中症とは、体内の温度をうまく排出できずに起こる症状。だから、電気代のことなど考えずエアコンを使うべし。タイマー設定をして眠っている途中に切れるようにする人がいるが、それはいけません、朝までずっとONにしておくべきです。エアコンは生命維持装置だと考えてください・・・TVゲストのドクターはそう言っていた。

 エアコンのない僕は、寝室の雨戸とガラス戸をいつも30センチくらい開けて眠る。しかし昨夜は、今年初めて、倉庫にしまってあった扇風機のホコリを払い、朝までずっと回して眠った。エアコンのきいた部屋はたしかに心地よい。スーパーやコンビニに入った時、僕はその素晴らしさを実感する。でも自分の家にエアコンを設置しようとは思わない。快適さに体を慣らすと畑仕事ができなくなるものね。室内外の温度差がない方が体はうまく動く。熱中症を招く原因は何か。いくつかあるが、ドクターが言うように、筋肉量が減ることも大きな要因だ。老人に熱中症が多いのはそれと関係する。筋肉は水分を貯める。筋肉が多いほど体温調節がうまくなされるわけだ。

 荷造りにはいつも3時間を要する。午後1時から4時まで。最も光の照射が激しい時刻に野菜や果物を収穫し、洗い、包んで箱に収める。すさまじく流れる汗・・・しかしこれも熱中症予防には効果がある。流れ出る大量の汗は蒸発でもって体温を下げる作用があるのだ。カボチャを収穫しに行って、ツルがヤブ方向に大きく伸びているのを見て、このままじゃあ雌花が死んでしまうかもしれないな、そう思い、急遽、四つん這いの恰好でもぐりこみ、草を引き抜くことにした。そしてふと思い出した、マダニのこと。中村さんはマダニに刺されたことはないの?  ウン、幸いなことに、まだに・・・冗談を言っている場合ではない。ふるさと山口県でマダニに刺されて亡くなった人がいると新聞で読んだ。また、かつては西日本でしか見られなかったものが最近は関東地域でも確認されるようになった、これも地球温暖化と関係がある、そう新聞で読んで、僕は警戒心を抱くようになったのだ。マダニに刺されるとSFTS(重症熱性血小板減少症候群)という感染症を発症する。なんと致死率は3割だというのだ。「マダニは森林や草むらに生息する。やぶや山に入る時は長袖、長ズボンを着用し、肌の露出を少なくし、虫よけスプレーなどを使うべし・・・」専門家はそうアドバイスをするけれど、僕は無防備なまま、上半身は裸で草にもぐりこむ。もうちょっと警戒心を持つべきかもしれない。

 荷造りを終え、カナカナの鳴き声に包まれながら草取りをした。定植後ずっと動きを見せなかったマクワウリが、この10日間くらいにどんどんツルを伸ばしてきた。そのツルの方向にある草をすべて退治しておこうと思うのだ。子供の頃、夏の果物といえばマクワウリだった。井戸水で冷やして食べた。冷蔵庫があったなら、もっと美味かったに違いない。そんな懐かしさでもって、僕は毎年マクワウリを作る。

 午後6時半、夕暮れが迫ってきた。西の空に流れる雲にはかすか秋の風情さえ感じられる。夏至からすでに3週間。夏至の時には4時25分だった日の出がそれより10分くらいもう遅くなっている。仕事を終えて、僕はいつもストレッチしながら夕刊を読むが、半月前まで難なく読めた午後7時の夕刊の文字が、今はもう7時では読みにくい。季節は巡る。トシを取ると、その季節の巡りがとても速い。百姓は、春夏秋冬、その季節のそれぞれに、手を引かれる、背中を押される、そんな暮らしで生きている。

 さて、そろそろしめくくりとしよう。唐突だが、まず、ギャンブラーを主人公とした「カード・カウンター」という映画を引く。監督・脚本を手掛けたポール・シュレイダーはこう語る。

多くの人にとって、カジノはエキサイティングで騒々しい場所ですが、私は違うイメージを提供したかった。彼らはなぜ1日12時間、週7日間、テーブルの前に座っていられるのか。私はそこに「孤独」を感じ取りました。人生をちゃんと生きないために、煉獄のような場所で時間を費やしているんじゃないか・・・。

 次は今日の朝日新聞「折々のことば」。田舎暮らしが少しでも頭にあるという人には玩味してほしい言葉だ。

どんなことも必ずなんとかなるんです。願った形にはならなくても、思いがけない展開で解決する。服部麻子

できるだけ環境負荷のかからない生活をしようと、家族とともに高知県の山間部に移住した文筆家。仕事上の事情や夫婦の思いもあって、これまで神奈川から米国、インド、京都と生活の拠点を移してきた。人生、どう転んでも大変なんだったら、「変化することにブレーキをかけない」でおこうと。(鷲田清一氏の解説)

 7月12日。「アメリカ国歌に力をもらう」。ランニングし、朝食しながらテレビで大リーグのオールスター戦をちょっとばかり見た。女性歌手が無伴奏で国歌をうたった。さまざまな毀誉褒貶のある国だが、その国歌が伝える美しさ、力強さ、さあ今日も懸命に生きていこうぜというメッセージ性は否定しようがない。本当は大谷が打つ、投げるところまで僕は見ていたかったが、畑仕事が待っている。さあ働こう。本日も猛暑なり・・・。

 

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中村顕治(なかむら・けんじ)

1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

https://ameblo.jp/inakagurasi31nen/

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【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。

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