半月ほど前だったか、朝日新聞「現場へ!」が『お金は神か』という連載をした。数日前、その連載を振り返るかたちで編集委員の方が「たくさん反響をいただいた。夕刊をお読みいただけなかった読者のために、かいつまんで内容を紹介する・・・」その前置きでサマライズを書いていた。こう記す。
1万円札も元はただの紙切れ。なぜそれを手に入れるために汗を流して働き、危険な投資や一線を越えた犯罪にまで手を染めるのか。求めあがめ、まるで神のような存在なのはなぜか・・・。
僕は投資はしない。一線を越えた犯罪にも手を染めない。しかし、お金欲しさに、文字通り、ドバドバの汗を流して働いている。お金は、元はただの紙切れ・・・それはありふれた修飾語句であって、紙切れにも価値はある。世の中の約束事として、1000と印刷された紙切れを持っていけば1000円分の品物が受け取れる。僕は月に30個ほどの荷物を作る。1個3000円。月額にして9万円。ただし、荷造りそのものにガムテープ、ポリ袋、カッターナイフなどの費用がかかり、運搬のためにガソリン代もかかる。また、それ以前、冬場の栽培のためにビニールを買い、タネ代、チャボたちに飲ませる牛乳代、餌代もかかるから、実質手取りは甘く見積もっても2500円、下手すると2000円くらいになってしまうかもしれない。さらに言うなら、僕は、出荷の野菜を作るため連日、荷造りとは別に5時間以上の労働をしているわけだから費用対効果で言うともっと少額になるかもしれない。まっ、それでも、とりあえず、野菜売り上げは月額7万5000円ほどだと仮定しよう。これに年金12万5000円を足した総額20万円が僕の月の生活費である。その20万円をどう使っているか。新聞代、インターネットと固定電話代、プロパンガス代、固定資産税、健康保険税、車検を含めた軽トラの維持費。これらが固定化された出費だ。残りは・・・楽しみとして使う。例えば太陽光発電の部材、生きたウナギやナマズやニジマス、そして、ちょっと高いが美味であること間違いなしのパンや珈琲、時にはホームセンターでふっと目に留まった花を買う。でもって、今日稼いだカネは明日にはすぐ消えるわけ。しかし、いや、それだからこそか、明日もまた懸命に働く。すなわち、我が労働は何かのモノを手に入れる欲望に根差している、まぎれもない物欲があるのだ。でも、大金を稼ぐ能力がそもそもないのではあるが、いさぎよい諦念みたいなものが一方にはあって、20万円あれば足りるさ、オレの人生、ちゃんと満たされている・・・こう思いつつ暮らしている。
さて、アナタの場合はどうか。月々いくらで生活しているか。その生活に満足しているか。それとも現状に不満を感じ、もっと上に行きたいと願っているか・・・。先に、田舎暮らしにスマホは不要と僕は書いた。スマホだけではなく、都会暮らしには必要だが、田舎暮らしには不要、そういうものは数多い。よく、田舎ではモノが安いという声を聴くが、これは違う。僕が行くスーパーでは肉も魚も都会より高い。しかしそれでも、じっとマンションやアパートに籠ってはいられない、人並にどこかに出かけたい、美味しいものを食べたい、そんな願望がイヤでも募る都会生活ではどうしても出費項目が多くなる。されど田舎暮らしには自前という強味がある、自分の手元や足元で叶えられるという利点がある。
この上の写真は午後4時、今日の荷造りを終え、もうひと働きする前、柿とキウイを口に押し込み、熱い珈琲の入ったカップを左手に持ちながら眺めた西方の風景である。すでに光の途切れたソーラーパネルが3枚見える。そのそばにあるプールの水底にはウナギやニジマス、タナゴがひそんでいる。今月はこの魚たちに僕はけっこう・・・1万8000円くらい出費したのだったか。でも、海育ちの僕だから、魚たちが泳ぐ水の風景にはすこぶる心を癒されるのだ。
生きとし生ける者の生命の糧である水と、おだやかに共存したいと願うことしきりである。井波律子
そのプールの向こう側の赤は紅葉が始まったブルーベリー。そして、ちょっとわかりにくいが、30メートルほど先には白いサザンカの花が咲き誇っている。入園料は不要である、交通費も不要である。それだけじゃない。先だっての3連休、テレビで見た京都嵐山も箱根や軽井沢も観光客で過密していた。この写真の風景にはそれがない。誰にも邪魔されず独占できて、十分に精神の静けさを授かり、明日への希望さえ湧いてくる、まさに、安上がり、かつ充実。田舎暮らしのワンシーンがこの写真なのである。
今夜、また兄から電話があった。冒頭の会話はイチジクだった。面白いことに兄はイチジクに情熱を傾けている。それに関しては百姓の僕よりもずっと詳しい。イチジクの話から、僕が初めて出会った高校時代以来、ずっと、おねえさんと呼んでいる妻の話になった。兄と同い年のおねえさんは2年前から要介護の身。半分は介護施設の世話になり、半分は自宅で兄が面倒みているという。車イスだというから、トイレも入浴もきっと大変なはずだ。しかし兄は全力を注いでいるようだ。高校で躓き、独立自営で躓き、妻の介護は人生三番目の苦渋ということになろうか。しかし電話での兄の声は明るかった。やるべきことをちゃんとやっている・・・そんな自負さえ感じさせる声の響きだった。
【関連記事】
(1)百姓と体力
https://inakagurashiweb.com/archives/6637/
(2)僕は十種競技
https://inakagurashiweb.com/archives/7411/
(3)無理をする技術
https://inakagurashiweb.com/archives/7414/
(4)夏草とミミズと焚き火
https://inakagurashiweb.com/archives/7435/
(5)あの角を曲がって
https://inakagurashiweb.com/archives/7451/
(6)理科のダメな男が電気の完全自給に挑む話
https://inakagurashiweb.com/archives/8301/
(7)ボロ家に暮らす男が積水ハウスのCMに胸をときめかす話
https://inakagurashiweb.com/archives/8877/
(8)猫もいい。犬もいい。鶏がいればもっといい
https://inakagurashiweb.com/archives/9271/
(9)人にはどれほどの金がいるか
https://inakagurashiweb.com/archives/9927/
(10)人間にとって成熟とは何か~メンタルの健康についても考えながら~
https://inakagurashiweb.com/archives/10432/
(11)心をフラットに保って生きる心地よさ~メンタルを健康に保つためのルーティン~
https://inakagurashiweb.com/archives/10864/
(12)周囲の生き物たちと仲良く暮らすこと
https://inakagurashiweb.com/archives/11356/
(13)僕の家族のこと
https://inakagurashiweb.com/archives/11953/
(14)独り身の食生活と女性たち
https://inakagurashiweb.com/archives/12410/
(15)家庭菜園と人生における幸福論
https://inakagurashiweb.com/archives/12775/
(16)人生の惑いをゴミ箱にポイするTips集
https://inakagurashiweb.com/archives/13260/
(17)「生活」と「人生」
https://inakagurashiweb.com/archives/14008/
(18)「生活」と「人生」(2)
https://inakagurashiweb.com/archives/14536/
(19)定年後の田舎暮らしは難しいか
https://inakagurashiweb.com/archives/14954/
(20)少子高齢化の未来
https://inakagurashiweb.com/archives/15319/
(21)田舎の人付き合いは大変か
https://inakagurashiweb.com/archives/15685/
(22)畑から見る東京
https://inakagurashiweb.com/archives/15987/
(23)コロナ禍が意味するもの
https://inakagurashiweb.com/archives/16546/
(24)男というもの
https://inakagurashiweb.com/archives/17139/
(25)「良い」孤独、「悪い」孤独
https://inakagurashiweb.com/archives/17700/
(26)生きる喜び、生きる悲しみ
https://inakagurashiweb.com/archives/18283/
(27)畑の神様
https://inakagurashiweb.com/archives/18857/
(28)気力・活力・体力
https://inakagurashiweb.com/archives/19623/
(29)僕があなたに就農をすすめる理由
https://inakagurashiweb.com/archives/20212/
(30)土食う客人
https://inakagurashiweb.com/archives/21365/
(31)DIE WITH ZERO考
https://inakagurashiweb.com/archives/22634/
(32)冬の愉しみ
https://inakagurashiweb.com/archives/23257/
(33)焚火の効用
https://inakagurashiweb.com/archives/24258/
(34)あかぎれと幸せ-年末年始の百姓ライフ
https://inakagurashiweb.com/archives/24742/
(35)冬と楽観
https://inakagurashiweb.com/archives/25594/
(36)庭先ニワトリ物語
https://inakagurashiweb.com/archives/26109/
(37)自給自足は人生の媚薬
https://inakagurashiweb.com/archives/27219/
(38)土様様
https://inakagurashiweb.com/archives/28284/
(39)走るために生まれた
https://inakagurashiweb.com/archives/29062/
(40)僕の農法
https://inakagurashiweb.com/archives/30436/
(41)深い眠りを得るために
https://inakagurashiweb.com/archives/31844/
(42)僕の農法
https://inakagurashiweb.com/archives/32683/
(43)男の孤独とアレルギー
https://inakagurashiweb.com/archives/34189/
(44)「趣味・好きなこと」を仕事にするのはNGか?
https://inakagurashiweb.com/archives/35199/
(45)地球温暖化を百姓の立場で考える
https://inakagurashiweb.com/archives/36253/
(46)移住にオススメなまち
https://inakagurashiweb.com/archives/37034/
(47)僕の百姓メシ
https://inakagurashiweb.com/archives/38691/
この記事の画像一覧
この記事のタグ
この記事を書いた人
中村顕治
【なかむら・けんじ】1947年山口県祝島(いわいじま、上関町・かみのせきちょう)生まれ。医学雑誌編集者として出版社に勤務しながら、31歳で茨城県取手市(とりでし)に築50年の農家跡を購入して最初の田舎暮らしを始める。その7年後(1984年)の38歳のとき、現在地(千葉県八街市・やちまたし)に50a(50アール、5000㎡)の土地と新築同様の家屋を入手して移住。往復4時間という長距離通勤を1年半続けたのちに会社を退職して農家になる。現在は有機無農薬で栽培した野菜の宅配が主で、放し飼いしている鶏の卵も扱う。太陽光発電で電力の自給にも取り組む。
田舎暮らしの記事をシェアする